第67話 カチワリと、小さな交換
第67話 カチワリと、小さな交換
紬は、昨日作ったキノコを並べながら考えていた。
「持ち歩けるご飯、欲しいよね……」
森へ出るときは、どうしても食事のことを考えてしまう。
今までは果物や木の実をその場で食べたり、帰ってから食べたりしていた。
でも。
「お昼ご飯を持っていけたら、もうちょっと遠くまで行けるんだけどな」
そう呟きながら、保存してある食料を見る。
お米はない。
小麦もない。
パンを作る材料もない。
「……うーん」
そこで、目に入ったのがカチワリだった。
硬い殻に覆われた、大きな木の実。
中身は、焼くと栗や焼き芋みたいな味がする。
そして、食べた感じは少しほくほくしていた。
「だったら、潰したら……」
パンみたいにできるんじゃない?
そんな考えが浮かんだ。
もちろん、うまくいくかは分からない。
でも、せっかく材料があるのだ。
「やってみよう」
紬はカチワリを二つ持つと、殻をぶつけた。
ゴン。
もう一度。
ゴン。
さらに力を込める。
ゴンッ。
「……硬い」
何度か繰り返して。
バキッ!
「おっ」
ようやく殻が割れた。
中身を取り出し、カチワリの殻を器代わりにして潰していく。
石を使って、少しずつ。
ごり、ごり。
「……結構、大変」
それでも諦めずに続ける。
ある程度細かくなったところで、塩を少し。
それから、ミナハーブとタニムも細かく刻んで加えた。
「香りは、いい感じ」
水をほんの少しずつ加えて混ぜる。
すると。
「……お?」
粉っぽかったカチワリが、少しずつまとまっていった。
「なんか、もちもちしてる」
これはいけるかもしれない。
紬はそこへ、細かく刻んだ燻製の魚を混ぜ込んだ。
魚の香りが、ふわっと広がる。
「これなら、お昼ご飯にもなりそう」
葉っぱを広げ、その上に生地を置く。
包んだものを火で温めた平たい石の上へ。
その上からカチワリの殻をかぶせる。
「……これで蒸せるかな」
火加減を見ながら、しばらく待つ。
やがて。
葉っぱの隙間から、ほんのりと湯気が上がった。
「おお……!」
紬は思わず身を乗り出した。
しばらくして火から下ろし、葉っぱを開く。
中から出てきたのは、丸くまとまったカチワリの生地。
魚とハーブの香りが、ふわっと広がる。
「……できた」
少しだけ割ってみる。
中まで火が通っている。
紬は一口食べた。
「……うん」
カチワリのほのかな甘さ。
燻製の魚の塩気。
ミナハーブとタニムの香り。
「思ったより、ちゃんとご飯だ」
紬は嬉しそうに笑った。
ふと、手元の本を開く。
白いページに、文字が浮かんでいた。
【料理名】カチワリの惣菜蒸しパン
【材料】
カチワリ
ミナハーブ
タニム
塩
燻製魚
葉
【調理法】
カチワリを細かく潰し、ミナハーブ、タニム、塩を加える。
水を少量加えて混ぜ、燻製魚を加える。
葉で包み、加熱する。
【効果】
体力回復・小
【状態】
良好
「……ちゃんと載った」
自分で名前をつけたわけではない。
作った料理を、本が記録してくれている。
「カチワリの惣菜蒸しパン、か」
紬はその名前を、もう一度眺めた。
「これなら森に持っていける」
紬はもう一つ作った。
こちらはルーチェの分。
「ルーチェも食べる?」
「ギョ!」
すぐに返事が返ってきた。
「はいはい」
紬は笑いながら、ルーチェの前にも葉っぱを置いた。
ルーチェは一口食べる。
「……ギョ」
そして、もう一口。
「気に入った?」
「ギョェ!」
「よかった」
*
昼を過ぎた頃。
紬は森へ向かう準備をしていた。
「カチワリ、もう少し集めておこうかな」
冬に向けて、保存できる食料は多いほうがいい。
木を見ると、まだいくつも実が残っている。
「こんなにあるのに、他の動物はあんまり食べないんだよね」
考えてみれば、カチワリはかなり大きい。
殻もものすごく硬い。
人間なら両手を使って割れるけれど、手の小さな動物には扱いづらいのかもしれない。
「ルーチェ、あれ取れる?」
「ギョ?」
紬が木を指差す。
ルーチェは上を見上げた。
そして。
バサッ。
枝へ飛び上がった。
少しして。
「ギョェー!」
ドスン。
カチワリが一つ落ちてきた。
「わっ」
紬が慌てて避ける。
ドスン。
もう一つ。
さらに。
ドスン。
ドスン。
「……四つ」
地面に転がるカチワリを見て、紬は苦笑した。
「ありがとう、ルーチェ」
「ギョ」
紬は籠に一つずつ入れていく。
その少し後ろ。
木の陰から、白い小さな影が動いた。
白い子ネズミ。
その隣には、小さなリス。
二匹は少し離れたところから、紬たちを見ていた。
「……?」
ルーチェが振り返る。
「ギョ?」
二匹は慌てて木の陰へ隠れた。
「どうしたの?」
「ギョ……」
ルーチェは少しだけ首を傾げた。
けれど、紬は気にせずカチワリを籠へ入れていった。
*
家に戻った紬は、カチワリを割っていた。
「よいしょ……」
カチワリ同士を持ち上げる。
ゴン。
「まだか」
もう一度。
ゴン。
「……硬い」
力を込めて。
ゴンッ。
バキッ!
「おっ」
ようやく殻が割れた。
中から、食べられる部分が顔を出す。
その様子を。
白い子ネズミと、小さなリスが少し離れたところから見ていた。
「……?」
紬が顔を上げる。
そこに二匹がいた。
「来てたの?」
二匹は動かない。
じっと、紬を見る。
「……カチワリ?」
すると。
リスが一歩前へ出た。
そして口元から、小さなものをぽとりと落とした。
「……?」
紫色と白色のストライプ、丸くて、少しいびつな形。
「これ……お芋?」
紬が近づいて見る。
白い子ネズミとリスは、じっと紬を見ている。
「……もしかして」
紬は昨日のことを思い出した。
白い小鳥が葉を持ってきて、その代わりにカチワリをあげたこと。
そして今日。
二匹も何かを持ってきた。
「……お返し?」
二匹は答えない。
ただ、カチワリを見ている。
「ふふっ」
紬は思わず笑った。
「そっか」
カチワリを小さく割る。
そして二匹が食べやすいように、小さな欠片を一つずつ転がした。
ころ。
ころ。
二匹は少し警戒しながら近づく。
白い子ネズミが先に口にくわえた。
リスもすぐに続く。
二匹は少し離れたところまで戻ると、夢中になってカチワリを食べ始めた。
「……おいしい?」
「チュッ」
「ふふ」
紬はニヤニヤが止まらない、可愛のだ。
隣では、ルーチェが二匹と紬を交互に見ている。
「ギョェェ……」
なんとも言えない声だった。
「なに?」
「ギョ……」
紬には、その意味は分からない。
でも。
なんとなく、呆れているような気がした。
「いいじゃん」
紬は笑いながら、紫色の派手な芋らしきものを手に取った。
「これも、ちゃんと食べられるものだし」
白い子ネズミとリスは、もう一度こちらを見る。
そして。
紫色の小さな芋と、カチワリ。
その間に、小さな繋がりができていた。
「……明日も、何か持ってきてくれるかな」
紬がそう呟くと。
森の奥から、風が吹いた。
木々の葉が、さらさらと揺れる。
今日もまた。
少しだけ、森との距離が近くなった気がした。




