第66話 秋のキノコ狩り
第66話 秋のキノコ狩り
紬が家の外へ出ると、少し離れた木の陰から、何かがこちらを見ていた。
白い、小さな子ネズミ。
その隣には、小さなリス。
「……またいる」
最近、森で見かけることが増えてきた。
白い子ネズミと、小さなリス。
いつも少し離れたところから紬を見ている。
近づこうとすると逃げるけれど、完全に姿を隠してしまうわけでもない。
「そんなに気になるのかな?」
一歩近づく。
すると二匹は、ぴくっと身体を動かした。
けれど、すぐには逃げない。
「……」
紬も、それ以上は近づかなかった。
無理に仲良くなる必要はない。
動物には動物の距離感がある。
「じゃあ……」
紬は家の中へ戻った。
そして、カチワリの木の実を少しだけ取り出す。
硬い殻を割り、中の実を小さく砕く。
「これくらいでいいかな」
砕いたカチワリを二つ。
家の入り口から少し離れた場所に置いた。
「食べたかったら、どうぞ」
白い子ネズミとリスを見る。
「無理に来なくていいからね」
そう言って、紬は家の中へ戻った。
しばらくして。
木の陰から、白い鼻先がひょこっと出る。
その後ろから、リスも顔を出した。
二匹は置かれたカチワリをじっと見ている。
白い子ネズミが、一歩。
また一歩。
ゆっくりと近づいていく。
リスもその後ろからついてくる。
そしてカチワリの前で立ち止まった。
くんくん。
白い子ネズミが匂いを嗅ぐ。
前足で、ちょん。
「……」
紬は家の中から、そっと様子を見ていた。
食べるかな。
そう思ったけれど。
二匹はそのまま木の陰へ戻ってしまった。
「あれ?」
紬は首を傾げる。
「まだ食べないんだ」
まあ、いいか。
置いておけば、そのうち食べるかもしれない。
紬は今日の予定を考えた。
「さて……」
籠を手に取る。
「午後からは、キノコ狩りだね」
◇
昼を少し過ぎた頃。
紬は籠を背負い、森の中へ入っていった。
秋の森は、少しずつ色を変えている。
まだ緑の葉も多い。
けれど、赤や黄色になった葉も増えてきた。
地面には落ち葉が積もり始めている。
歩くたびに、
カサ。
カサカサ。
乾いた音が足元から聞こえてくる。
「秋だなぁ」
少し前まで、森には夏の気配が残っていた。
今は朝晩の空気が冷たくなり、昼間の森にも秋の匂いがする。
紬は足元を注意深く見ながら歩いた。
「キノコ、キノコ……」
木の根元。
倒木の陰。
湿った落ち葉の下。
探してみると、思った以上にいろいろなキノコが見つかった。
「あった」
茶色くて、ころんと丸いキノコ。
紬はしゃがみ込む。
「どれどれ……」
《知識と生存》を開く。
【名称】コロコロタケ
【分類】菌類
【状態】良好
【食用】可
【調理】焼く・炒める・煮る
【味】香ばしく、ほのかな甘み
「おお」
名前も分かる。
食べられる。
「これはいいね」
紬は傷んでいないものをいくつか採った。
籠へ入れる。
「次」
少し先には、白っぽい小さなキノコが生えていた。
これも確認する。
【名称】シロユキタケ
【分類】菌類
【状態】良好
【食用】可
【注意】加熱してください
【保存】乾燥保存可
「これも食べられる」
しかも乾燥保存できる。
「冬に向けて、乾燥できるものはありがたいな」
紬はシロユキタケも少し採った。
さらに進む。
今度は、赤い傘をしたキノコが目に入った。
「……これは」
見るからに怪しい。
でも、見た目だけで決めつけるわけにもいかない。
《知識と生存》で確認する。
【名称】アカツノダケ
【分類】菌類
【状態】良好
【食用】不可
【毒性】強
【注意】摂取不可
【用途】不明
「やっぱりダメか」
紬は手を伸ばしかけて止めた。
けれど。
「……」
少し考える。
この森には、食べられるものだけではなく、食べられないものもたくさんある。
そして、その中には調理方法によって食べられるものもある。
「これから、少しずつ調べてみようかな」
もちろん、すぐ食べるつもりはない。
研究するためだ。
紬はアカツノダケをほんの少しだけ採取し、食用のキノコとは別の袋へ入れた。
「食用」
コロコロタケ。
「加熱」
シロユキタケ。
「研究」
アカツノダケ。
「うん。分けておけば大丈夫」
籠を覗き込む。
少しずつ、キノコが増えていく。
「キノコ狩り、思ってたより楽しいかも」
そんなことを言いながら歩いていると。
カサ……。
落ち葉を踏む音が聞こえた。
「ん?」
紬は顔を上げた。
少し先。
赤や黄色の落ち葉が積もった場所を、白い身体がゆっくり歩いている。
「あ……」
アルブレーヴだった。
白い体毛。
二本の角。
その身体が、赤や黄色の落ち葉の上を歩いている。
カサ。
カサ……。
静かな森に、落ち葉を踏む音だけが響く。
「アルブレーヴ」
紬が声をかける。
アルブレーヴが顔を上げた。
「こんにちは」
「……ふんす」
「今日も元気そうだね」
紬は笑った。
赤や黄色の葉。
その上を歩く白い鹿。
その姿を見ていると、紬の頭に昔の記憶が浮かんできた。
「……なんか、こういう歌あったよね」
昔、学校で覚えた歌。
百人一首だった気がする。
「奥山に……紅葉踏み分け……」
紬は少しずつ思い出す。
「鳴く鹿の……声聞く時ぞ……秋は悲しき」
アルブレーヴを見る。
……鳴いていない。
「……紅葉かどうかは分からないけど」
紬は足元を見る。
「赤と黄色の落ち葉を踏み分けてる鹿さん、だね」
「ふんす」
「あと、鳴かないね」
「……」
アルブレーヴは何も言わない。
「まあ、鹿さんだからって、いつも鳴くわけじゃないか」
紬は小さく笑った。
すると。
アルブレーヴが何かを見つけたように、顔を下げた。
「?」
落ち葉の間に、青と白の縞模様をしたキノコがある。
「それ……キノコ?」
アルブレーヴはそのキノコへ近づく。
そして。
むしゃ。
「……」
もう一口。
むしゃむしゃ。
「ちょっと待って!」
紬が慌てて駆け寄った。
「それ、食べて大丈夫なの?」
紬は青と白の縞模様をしたキノコを見る。
かなり特徴的な見た目だ。
《知識と生存》を開く。
【名称】ワラワラノコ
【分類】菌類
【状態】食べかけ
【食用】不可
【毒性】中
【症状】摂取すると2~3日間、笑いが止まらなくなる
【注意】生食不可。適切な加熱調理により毒性が失われ、食用可能となります
「…………」
紬は本を見る。
もう一度見る。
そしてアルブレーヴを見る。
「……食用、不可」
アルブレーヴ。
むしゃむしゃ。
「……食べてる」
アルブレーヴは何事もなかったように食べ続けている。
「しかも普通に食べてる……」
紬は首を傾げた。
「これ、笑いが止まらなくなる毒なんだ」
アルブレーヴを見る。
「……鹿さん、笑ってないね」
「ふんす」
「平気なんだ……」
どうやらアルブレーヴにとっては、問題のないものらしい。
もしかすると、人間と魔獣では毒に対する耐性が違うのかもしれない。
それとも、アルブレーヴ自身が特殊なのか。
紬にはまだ分からない。
「でも、生では食べない方がいいね」
紬はワラワラノコを見る。
名前の意味も、なんとなく分かる気がする。
「ワラワラ……笑うからかな?」
「ふんす」
「……そういうことにしておこう」
紬は周囲を見回した。
近くにも、青と白の縞模様をしたワラワラノコが生えている。
「これ、調理すれば食べられるんだよね」
もう一度、本を確認する。
「じゃあ、持って帰ろう」
キノコ狩りに来たのだ。
食べられるものが見つかったなら、採らない理由はない。
ただし。
「ちゃんと火を通すこと」
紬は自分に言い聞かせるように呟いた。
ワラワラノコをいくつか採る。
食用のキノコとは別の場所に入れた。
「これでよし」
アルブレーヴは、まだ残っていたワラワラノコを食べている。
「鹿さんは、そのままで大丈夫なんだね」
「ふんす」
「……便利だなぁ」
紬は苦笑した。
それからも、森の中を歩き続けた。
新しいキノコを見つけるたびに、本で確認する。
食べられるもの。
加熱すれば食べられるもの。
そして、今のところ食べられないもの。
中には、まだ詳しい調理方法まで分からないものもあった。
「いつか、ちゃんと調べたいな」
毒性のあるキノコも、ほんの少しだけ採取する。
もちろん、食材とは完全に分ける。
「どんな毒なのか」
紬は小さな袋を見る。
「どうすれば毒がなくなるのか」
分かれば、これからの生活に役立つかもしれない。
冬になれば、採れる食べ物は減る。
今のうちに、食べられるものを増やしておくことは大切だ。
「知ってるだけで、食べられるものが増えるなら……」
紬は笑った。
「調べておいて損はないよね」
籠の中には、秋の森の恵みが少しずつ増えていった。
コロコロタケ。
シロユキタケ。
ワラワラノコ。
そして、研究用のアカツノダケ。
「今日はこのくらいかな」
紬は籠を背負い直した。
ふと振り返る。
アルブレーヴがまだいる。
「じゃあ、私は帰るね」
「ふんす」
「またね、アルブレーヴ」
白い鹿は、赤や黄色の落ち葉の上に立ったまま、紬を見送っていた。
紬は森を歩いて帰る。
カサ。
カサカサ。
足元で落ち葉が鳴る。
秋の森は、少しずつ冬へ向かっていた。
◇
家が見えてきた。
「ただいまー」
紬は家の中へ入る前に、ふと朝のことを思い出した。
「そういえば……」
カチワリ。
白い子ネズミとリスに置いておいた。
「食べたかな?」
紬は家の入り口近くへ戻った。
カチワリを置いた場所を見る。
「……あれ?」
ない。
二つとも、きれいになくなっている。
「食べたんだ」
紬は嬉しくなった。
「よかった」
でも。
その場所には、朝にはなかったものが置かれている。
「……?」
小さな木の実。
そして、小さなキノコ。
「これ……」
紬はしゃがみ込んだ。
そっと拾う。
木の実を見て、キノコを見る。
そして森の方へ視線を向けた。
木の陰。
ほんの少しだけ。
白い顔が見えた。
その隣には、小さなリス。
二匹とも、紬を見ている。
「……」
紬は二匹を見つめた。
「もしかして……お返し?」
白い子ネズミが、ぴくっと鼻を動かす。
リスも小さく身体を動かした。
でも、逃げない。
「……ありがとう」
紬が笑う。
すると。
白い子ネズミが、一歩だけ前へ出た。
リスも、その後ろから顔を出す。
「ふふ」
まだ、近くには来ない。
触れることもできない。
でも。
朝より少しだけ距離が近い。
「じゃあ、また何か置いておくね」
二匹は答えない。
けれど、紬には何となく伝わった気がした。
森の小さな住人たちとの、最初のやり取り。
カチワリを渡して。
木の実とキノコをもらう。
それだけのこと。
でも、紬にとっては嬉しかった。
「……なんか、物々交換みたい」
「ギョ?」
屋根の上から、ルーチェの声がした。
「ルーチェも見てたの?」
「ギョェー」
「ふふ」
紬は笑いながら、今日採ってきたキノコの籠を持ち上げた。
「こっちは私の収穫」
そして、手のひらに乗せた小さな木の実を見る。
「こっちは森からのお土産かな」
夕方の光が、森の木々を照らしている。
赤い葉。
黄色い葉。
その間から、白い子ネズミと小さなリスがこちらを見ている。
まだ名前も知らない。
まだ触れることもできない。
それでも。
少しずつ。
森の中に、紬の居場所が増えていく。
「さて……」
紬は家の中へ入った。
「キノコ、どうやって食べようかな」
「ギョ!」
ルーチェが元気よく鳴く。
「ワラワラノコはちゃんと加熱しないとダメだからね」
「ギョ」
「笑いっぱなしになったら大変だよ」
「ギョェー」
「……ルーチェ、分かってる?」
返事の代わりに、虹色の羽がぱたぱたと揺れた。
秋の森で見つけた、たくさんのキノコ。
そして。
森の小さな住人たちから届いた、小さな贈り物。
冬へ向かう季節の中で。
紬の暮らしには今日もまた、
新しい「知識」と、
小さな「繋がり」が増えていた。




