第64話 冬の蓄え準備
第64話 冬の蓄え準備
「……寒くなってきたなぁ」
布団の中から顔だけを出して、モゾモゾする。
夏の頃は、朝起きてもそれほど寒さを感じなかった。
けれど今は、布団から出る前に一瞬だけ迷う。
それだけ、季節が進んでいるということだ。
「そろそろ、本格的に冬支度しないとな」
紬は布団から出ると、まず部屋の中を見回した。
大きな変化はない。
けれど、少し前まで何もなかった場所に、いろいろなものが増えている。
タイタンサーモンの皮を縫い合わせて作った布。
革で作った肩紐。
そして、スタンプボアの革で作った二重の扉。
部屋の隅には、紅暖晶華から取った晶花石。
ほんのりとした暖かさが、部屋の中に残っている。
「うん……」
紬は小さく頷いた。
「前より、だいぶ冬に近づいてきた感じがする」
そう言いながら、隣の部屋へ向かった。
まずは食料だ。
収納しているものを、一つずつ確認していく。
「カチワリの木の実」
大きな実を使った器の中には、まだ食べられる部分が残っている。
「アカツブもある」
赤い実は、保存してあるものと、乾燥させたものに分けている。
「キノコは乾燥済み」
紬が以前作った干しキノコも、きちんと残っていた。
「ミナハーブ、カモルン、タニム……」
薬草やハーブ類も、それぞれ分けて保存している。
そして――
「紅暖晶華も、少し乾燥させてある」
昨日採ってきた花の一部も、保存用にしていた。
茶にすれば、体の内側からじんわりと温まる。
冬には、かなり役立ちそうだ。
「タイタンサーモンの燻製もあるし……」
棚を確認して、紬は少し安心した。
魚。
キノコ。
木の実。
野菜。
ハーブ。
そして、スタンプボアの肉。
「……お肉があるの、やっぱり大きいな」
紬は思わず笑った。
つい昨日まで、肉なんてほとんど存在しなかった。
それが今では、冬の保存食として考えられるほどある。
「……保存方法、ちゃんと考えないとな」
生肉のままでは長くは持たない。
燻製にしたり、乾燥させたり。
食べる分を小分けにしておく必要もある。
「よし」
紬は新しく作った籠をいくつか並べた。
「食べるものと、保存するものを分けよう」
大きな籠には乾燥させたもの。
別の籠には、すぐに食べるもの。
さらに別の場所には、冬までなるべく手をつけない保存用。
「こうしておけば分かりやすい」
籠を並べ終えると、紬は満足そうに頷いた。
「……なんか、ちゃんとした食料庫みたい」
以前なら、食べ物を見つけたら食べる。
保存できそうなら保存する。
それだけだった。
でも今は違う。
何がどれくらいあるのか。
いつ食べるのか。
どう保存するのか。
そんなことまで考えるようになっている。
「私、ちょっと進歩したかも」
「ギョ」
「ん?」
振り返ると、ルーチェが籠の中を覗き込んでいた。
「食べ物じゃないよ」
「ギョェ」
ルーチェは不満そうに鳴いた。
「……あとで何かあげるから」
「ギョ!」
途端に機嫌が直った。
「分かりやすいなぁ……」
紬は苦笑した。
食料の整理を終えると、今度は家の外も確認する。
軒下には、冬用に集めた薪が積んである。
雨に濡れないようにまとめてある。
「薪も、これだけあれば……今のところ大丈夫かな」
そう言いながら、紬は家の中を振り返った。
寝室にはタイタンサーモンの皮で作った布。
革の二重扉。
晶花石。
保存食。
薪。
「……結構あるな」
ふと、そんな言葉が口から出た。
この世界に来たばかりの頃。
紬が持っていたものなんて、仕事帰りの鞄と少しの食料。
それだけだった。
水を探して。
食べられるものを探して。
寝る場所を作って。
火を起こして。
雨や風を避けることだけで精一杯だった。
それが今では。
食料を分類して。
保存方法を考えて。
冬の寒さまで想像している。
「……私、ちゃんと暮らしてるんだな」
紬は小さく呟いた。
すると、急に別のことが気になった。
「でも……」
家の中を見回す。
「足りないものも、結構あるな」
まず思いついたのは――
「鍋」
紬は指を一本立てた。
「鍋、欲しい」
今はカチワリの器を使っている。
スープを作ることはできるけれど、もう少し大きくて丈夫な鍋があれば便利だ。
「それから……」
二本目。
「テーブル」
三本目。
「椅子」
「……椅子も欲しいなぁ」
今は基本的に床に座っている。
それが悪いわけではない。
けれど、食事をする場所くらいは、もう少しちゃんとしたものにしたい。
「冬服も欲しいし」
手を見る。
「手袋も欲しい」
足元を見る。
「靴も、もう少し暖かいやつが欲しい」
考え始めると、どんどん出てくる。
食料を乾燥させる場所も欲しい。
収納も増やしたい。
屋根も、もっとちゃんとしたものにしたい。
「……やりたいこと、いっぱいあるなぁ」
「ギョ」
ルーチェが首を傾げる。
「うん」
紬は笑った。
「でも、一個ずつだね」
その日の昼。
紬は火を起こした。
大きな部屋にある、一段高くなった平らな石。
そこが、今の紬の調理場だ。
薪がぱちぱちと音を立てる。
紬はスタンプボアの肉を串に刺した。
「今日は焼くだけ」
火にかざす。
肉から脂が落ちて、
ジュッ。
「おお……」
香ばしい匂いが広がった。
しばらくすると、表面がこんがりと焼けてくる。
「いただきます」
紬は串を持って、一口。
「……うん」
噛む。
「美味しい」
火の暖かさ。
焼けた肉の香り。
そして、満腹になるという安心感。
紬は火の向こうにある家の中を眺めた。
壁。
棚。
食料。
薪。
布。
革。
晶花石。
どれも、最初からあったものじゃない。
自分で拾って。
作って。
考えて。
少しずつ増やしてきたものだ。
「最初は、生き残ることしか考えてなかったのにな」
紬はもう一口、肉を食べる。
「今は……」
テーブルが欲しい。
椅子が欲しい。
鍋も欲しい。
暖かい服も欲しい。
「……普通に生活したくなってる」
そのことに気づいて、紬は少しだけ笑った。
生きるための場所だった。
雨を避けるための場所だった。
寒さをしのぐための場所だった。
でも今は。
ここで食事をして。
ここで眠って。
ここを少しずつ使いやすくして。
冬を越した、その先のことまで考えている。
「ここを……もっと家にしたいんだな、私」
「ギョ」
隣でルーチェが鳴いた。
「……うん。そうだね」
紬は火に薪を一本くべた。
ぱちっ、と小さな火の粉が跳ねる。
外では、秋の風が森の木々を揺らしている。
冬は、もう少し先。
だから今は、焦らなくていい。
足りないものを一つずつ。
必要なものを一つずつ。
この場所で、できることを増やしていけばいい。
「よし」
紬は残った肉を見た。
「まずは……お肉の保存からだね」
「ギョェ!」
「食べる分じゃないよ」
「ギョ……」
「だから、その顔やめて」
紬は笑った。
火のそばで。
今日もまた、静かな一日が過ぎていく。
生き延びるために始めた生活は。
いつの間にか――
暮らすための生活へと、少しずつ変わっていた。




