第63話 紅暖晶華(コウダンショウカ)
第63話 紅暖晶華
紬は、早く目を覚ました。
「……寒い」
布団の中から顔だけを出して、紬は小さく呟いた。
秋も、だいぶ深まってきた。
昨日までは、森の中で赤く咲く紅暖晶華に夢中になっていたけれど、こうして朝を迎えると、冬が少しずつ近づいていることを実感する。
「そうだ」
紬は起き上がる。
昨日持ち帰った紅暖晶華。
せっかくだから、今日は少し使ってみよう。
花を何本か取り出し、カチワリの器に入れる。
「これ……普通のお茶みたいにしてみようかな」
火を起こし、湯を沸かす。
沸いたお湯を、紅暖晶華の花へゆっくりと注いだ。
すると――
じわり。
花の赤が、お湯の中へ溶け出していく。
「おお……」
透明だったお湯が、少しずつ赤く染まっていく。
やがて、綺麗な赤色の飲み物になった。
「紅茶みたい」
香りも、ほんのり甘い。
紬は器を両手で持ち、少しだけ口をつける。
「……ん?」
もう一口。
「……甘い」
砂糖を入れたわけではない。
それなのに、ほんのりとした甘みがある。
紅茶に似ているけれど、紅茶とは少し違う。
「美味しい」
紬はもう一口飲んだ。
すると。
「……あ」
身体の内側が、じんわりと温かくなってきた。
お腹のあたりから広がるような暖かさ。
それがゆっくりと胸へ、腕へ、足へと広がっていく。
「ぽかぽかする……」
寒かった指先まで、少しずつ暖かくなっていく。
「これ……すごいな」
紬は器を置くと、すぐに《知識と生存》を開いた。
紅暖晶華について調べてみる。
すると、新しい情報が表示された。
【名称】紅暖晶華茶
【別名】レッドドリンク
【分類】飲料
【属性】火魔・光
【状態】良好
【味】ほんのり甘く、紅茶に似た味
【効果】身体を火属性の力で包み、外部からの寒気を穏やかに遮断する
【持続時間】約6時間
【危険性】なし
【備考】冬のお供として適しています
「レッドドリンク……」
紬は表示をじっと見る。
「分かりやすい名前だな」
思わず笑ってしまう。
けれど、その下に書かれた効果には驚いた。
「身体を火属性の力で包む……」
紬は自分の腕を見る。
炎が出ているわけではない。
熱いわけでもない。
ただ、身体の周りを薄い暖かさが包んでいるような感覚。
「だから寒く感じにくいのか」
約六時間。
朝に飲めば、昼過ぎくらいまでは持つ。
「冬のお供……」
紬はもう一度、レッドドリンクを見る。
「これは……かなり使えるんじゃない?」
冬の寒さを考える。
朝に一杯。
外で作業をする。
昼を過ぎたら、もう一杯。
「これなら、冬も少し楽になりそう」
「ギョ」
いつの間にか、ルーチェが紬の隣にいた。
「飲む?」
「ギョ!」
紬は少しだけ笑って、器を差し出す。
ルーチェは器を覗き込む。
赤い液体。
しばらく眺めたあと、
「ギョ……」
少しだけ首を傾げた。
「まあ、飲めるかどうかは分からないけどね」
「ギョェ」
「そんな顔しても、まだ試してないからね」
紬は笑いながら器を戻した。
さて。
飲み物として使えることは分かった。
でも、ここで一つ問題がある。
「……これ、冬までどうやって残そう」
紅暖晶華は、今は花の状態だ。
このまま置いておけば、いつまでも使えるとは限らない。
「せっかくなら、長持ちさせたいよね」
紬は考えた。
そして、いつものようにシンプルな方法を試してみることにした。
「乾燥させよう」
紅暖晶華の花を、細かく刻んでいく。
大きなまま干すよりも、細かくしたほうが乾きやすい。
刻んだ花を薄く広げる。
風通しのいい場所を選び、乾燥させる。
「これなら保存できそう」
紅暖晶華を少しずつ乾燥させておけば、必要な分だけ取り出して、お湯に入れられる。
「冬に毎回、花を探しに行かなくてもいいし」
紬は乾燥途中の紅暖晶華を眺める。
「よし。これは保存用」
次に紬が手に取ったのは――
赤い小さな結晶。
「……こっちも調べてみよう」
昨日、紅暖晶華の根元から採った晶花石。
昨日は花を見つけたことに夢中で、こちらは詳しく調べていなかった。
「晶花石……」
紬は手のひらに乗せる。
赤く、透明感のある小さな結晶。
指先で触れると、ほんのりと暖かい。
「やっぱり暖かいんだよね」
《知識と生存》を開く。
【名称】晶花石
【分類】植物由来結晶
【状態】良好
【属性】火魔・光
【効果】周囲を穏やかに温める
【危険性】なし
【備考】紅暖晶華の根元に形成される特殊な結晶
「植物由来なんだ」
紬は晶花石を眺める。
「魔石とは違うんだね」
黒い魔石とは違う。
これは紅暖晶華から生まれた、植物の結晶。
「じゃあ……実際に置いてみよう」
まずは、大きな部屋の床。
晶花石を一つ置いてみる。
「これで……どうかな」
しばらく待つ。
すぐには何も変わらない。
「うーん……」
紬は晶花石の近くの床に手を置いた。
「……あ」
ほんの少し。
ほんのりと暖かい。
「暖かくなってる」
火のそばほどではない。
けれど、確かに冷たくない。
「すごいな……」
次は寝室。
紬は晶花石を部屋の隅に置いた。
「ここなら邪魔にならないし」
そして一度、部屋の外へ出る。
少し時間を置いてから、もう一度寝室へ戻った。
「……ん?」
さっきより空気が柔らかい。
冷たい感じが少し減っている。
紬は部屋の隅を見る。
そこには、赤い晶花石が静かに置かれていた。
「これ……部屋を暖めてるんだ」
晶花石そのものが熱いわけではない。
けれど、周囲へ穏やかに暖かさを広げている。
「寝室に置くの、いいかも」
紬は晶花石をもう一つ取り出した。
今度は反対側の隅へ。
「二つ置いたら……」
しばらく待つ。
やっぱり、部屋の中が少し暖かい。
「うん」
紬は満足そうに頷いた。
「これなら冬も使える」
そのとき。
布団の上から、
「ギョ……」
ルーチェが顔を出した。
どうやら晶花石の暖かさが気に入ったらしい。
「……そこ、暖かい?」
「ギョ」
「そっか」
ルーチェはそのまま、晶花石の近くで丸くなる。
「気に入ったんだ」
「ギョ……」
小さな鳴き声。
紬は思わず笑った。
紅暖晶華は、お茶にすれば身体を暖めてくれる。
乾燥させれば、冬まで保存できる。
そして、根元にできる晶花石は、部屋を穏やかに暖めてくれる。
「飲み物と、暖房……」
紬は寝室を見回した。
「紅暖晶華って、冬にすごく便利な植物なんだな」
窓の外を見る。
秋の森は、少しずつ色を変えている。
赤。
黄色。
橙色。
季節はゆっくりと、冬へ向かっていた。
「寒くなる前に、できることはやっておこう」
紬は乾燥させている紅暖晶華を見た。
そして、寝室の隅でほんのり輝く晶花石を見る。
「これで、冬の準備が一つ増えた」
「ギョ」
隣でルーチェが鳴いた。
「うん。まだまだ準備することはあるけどね」
紬は笑う。
冬は、もうすぐそこまで来ている。
でも。
今の紬には、少しだけ心強いものが増えていた。
赤い花と。
赤い飲み物と。
小さな、暖かな結晶。
紅暖晶華は、静かに冬を迎える準備を始めていた。




