↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/136

第62話 追憶の赤

第62話 追憶の赤


 紬は、いつものように目を覚ました。


「……んー……」


 布団の中で少しだけ伸びをする。


 昨日作った革の扉は、思った以上に冷たい風を防いでくれていた。


 外は秋。


 朝晩は少しずつ冷えてきている。


 けれど、まだ冬というほどではない。


「今日は……何しようかな」


 紬は起き上がり、朝食を済ませる。


 ふと、昨日のことを思い出した。


 革の加工。


 新しい扉。


 小さな革袋。


 そして、その中にしまった二つの石。


 ルーチェがくれた青い宝石と、スタンプボアから見つかった黒い魔石。


「……そういえば」


 紬は外を見る。


 石垣内部は、まだ歩いていない場所がたくさんある。


 この石垣の中が、思っていた以上に広いことは分かっている。


 それでも、まだ全部を見て回ったわけではない。


「ちょっと探検してみようかな」


「ギョ」


 屋根の上から返事が返ってきた。


「ルーチェも行く?」


「ギョェー!」


「じゃあ、決まりね」


 紬は小さな籠を背負った。


 今日は何かを採ることが目的ではない。


 ただ、まだ知らない場所を見てみたかった。


 * * *


 森の中を歩く。


 いつもの道とは少し違う。


 木々の間を抜け、小川の流れを横目に見ながら、さらに奥へ進んでいく。


 落ち葉が増えていた。


 踏むたびに、


 かさ。


 かさ。


 と、小さな音がする。


「秋だなぁ……」


 木々の葉も少しずつ色を変えている。


 赤。


 橙。


 黄色。


 まだ緑を残している葉もある。


 同じ森なのに、少しずつ景色が変わっていく。


 そんなことを考えながら歩いていると――


 ふと、木々の向こうに明るい場所が見えた。


「……ん?」


 紬は足を止めた。


 森の中に、ぽっかりと開いた場所。


 木々に囲まれた、小さな空間だった。


 その先へ一歩進む。


 そして。


「…………」


 紬は、言葉を失った。


 目の前に広がっていたのは――


 一面の赤。


 赤い花が、地面を埋めるように咲いている。


「……わぁ」


 思わず声が漏れた。


 細く伸びた茎。


 その先で、幾重にも細い花弁を広げている。


 それはまるで、小さな花火が地面から一斉に打ち上がっているようだった。


 赤い花。


 色づき始めた秋の森。


 そして、その間を抜ける柔らかな風。


 さらに――


 ふわり。


 風に乗って、金色の粉が舞い上がった。


「……?」


 紬が目を細める。


 赤い花の間から舞い上がった花粉が、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。


 金色の粒が、空中をゆっくり流れていく。


「綺麗……」


 花畑そのものが、光っているように見えた。


 紬はしばらく、その場から動けなかった。


 やがて、そっと一歩踏み込む。


「……あれ?」


 足元から伝わってくる感覚に気づく。


 暖かい。


 地面が、ほんのりと温かかった。


「ここ……暖かい?」


 もう一歩。


 やっぱり暖かい。


 秋の森を歩いてきたせいで冷えていた足が、じんわりと温まっていく。


「なんでだろう……」


 紬はしゃがみ込んで、花を眺めた。


 そのとき。


 《知識と生存》が淡く光った。


【名称】紅暖晶華

【分類】植物

【状態】良好

【属性】火魔・光

【食用】可

【利用】食用・茶

【効果】体を内側から温める

【花粉】光属性を含む

【備考】群生地周辺の空間を穏やかに温める性質があります


「紅暖晶華……」


 紬は花を見つめる。


「食べられるんだ」


 ちょっと意外だった。


 こんなに綺麗な花なのに。


「お茶にもできるのかぁ」


 冬に向けて、温かい飲み物はありがたい。


 しかも、体の内側から温めてくれるらしい。


「これは……覚えておこう」


 紬がそう呟いた、その横で。


「ギョ……」


 ルーチェが花畑へ入っていった。


 そして。


 ごろん。


「……」


 ごろん。


「ルーチェ?」


 さらに、ごろん。


 赤い花を少し押し分けながら、気持ちよさそうに転がっている。


「ふふっ」


 紬は笑った。


「そんなに気持ちいいの?」


「ギョ……」


 どうやら、かなり気に入ったらしい。


 ルーチェはそのまま、花の中で目を閉じた。


「……寝ちゃった?」


 紬も少し離れた場所に腰を下ろした。


 地面が暖かい。


 まるで春の日だまりのようだった。


「……あったかいなぁ」


 紬は両手を後ろについて、ゆっくりと空を見上げた。


 けれど、視線を戻せば――


 赤。


 右を見ても赤。


 左を見ても赤。


 足元も赤。


 視界のどこを切り取っても、赤い花がある。


 それなのに、息苦しくない。


 むしろ穏やかだった。


 風が吹く。


 金色の花粉がふわりと舞う。


 赤い花の上を、光の粒が流れていく。


「……綺麗だね」


 紬は小さく呟いた。


 その瞬間。


 ふと、前の世界のことを思い出した。


 似たような花を、知っている。


 ――彼岸花。


 でも。


 紬は、その名前があまり好きではなかった。


 綺麗な花なのに。


 死人花。


 幽霊花。


 そんな、不吉さを感じさせる別名もある。


 昔から、死やあの世と結びつけられてきた花。


 もちろん、そう呼ばれてきた理由も知っている。


 でも。


 あんなに綺麗な花なのに。


 どうして、そんな名前で呼ばれるんだろう。


「私は……曼珠沙華って呼ぶほうが好きだったな」


 紬は赤い花を見ながら呟いた。


 同じ花なのに。


 「曼珠沙華」と呼ぶと、少し違って聞こえる。


 情熱。


 独立。


 あきらめ。


 悲しい思い出。


 また会う日を楽しみに。


 いろんな意味を持つ花。


 少し寂しくて。


 でも、どこか強くて。


 そして何より――


「花火みたいなんだよね」


 細い花弁が四方へ伸びた姿。


 夜空に咲く花火とは違う。


 地面に咲く、小さな花火。


「だから私は、彼岸花より曼珠沙華って呼ぶほうが好き」


「ギョ……」


「……聞いてた?」


「ギョ」


「どっち?」


 紬は笑った。


 ルーチェは答える代わりに、またごろんと転がった。


「ふふっ」


 紬はそのまま、しばらく花畑に座っていた。


 何かを探すわけでもない。


 何かを作るわけでもない。


 ただ、赤い花を眺めていた。


 やがて。


「……そろそろ帰ろうかな」


 紬が立ち上がろうとしたときだった。


「あれ?」


 目の端に、何かが光った。


 ルーチェが転がっていた場所。


 倒れた花の下。


 土の中から、赤いものが少しだけ顔を出している。


「……石?」


 紬はしゃがみ込んだ。


 指で土を払う。


 ころん。


 手のひらに乗ったのは、赤く透き通った小さな石だった。


「綺麗……」


 真珠くらいの大きさ。


 けれど、普通の石とは違う。


 ほんのり赤く輝いている。


 そして。


「……あったかい」


 触れているだけで、じんわりと温もりが伝わってくる。


 《知識と生存》が光った。


【名称】晶花石

【分類】植物由来晶石

【状態】良好

【属性】火魔・光

【発熱】あり

【効果】周囲を穏やかに温める

【発生】紅暖晶華の根元

【備考】紅暖晶華と共生する晶石


「晶花石……」


 紬は花を見る。


 どうやら、この花の根元にできるものらしい。


「もしかして……」


 倒れた花の根元を確認する。


 確かに、土の中に小さな窪みがあった。


「一株に一個……なのかな」


 周囲を見渡す。


 赤い花はたくさん咲いている。


 けれど、晶花石が見えるものはほとんどない。


 長い時間をかけて、根元に作られるものなのかもしれない。


「……じゃあ、花をもらうなら」


 紬は考えた。


「晶花石も一緒にもらおう」


 必要な分だけ。


 花だけを持っていくより、そのほうが自然な気がした。


「花も、少しだけもらおうかな」


 紬は紅暖晶華を六本、丁寧に摘んだ。


 そして、それぞれの根元を確認する。


「……あった」


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 採った花の根元から、赤く透き通った晶花石を取り出していく。


 さらに――


「あ」


 ルーチェがごろんごろんして倒してしまった花。


 その根元にも、晶花石があった。


「これも、もらっていいよね?」


「ギョ」


「じゃあ、いただきます」


 倒れた花も、傷んでいないものを拾う。


 その分の晶花石も、そっと土から取り出した。


 全部で、いくつか。


 これなら寝室にも、居間にも置けそうだ。


「……冬に使えるかも」


 紬は晶花石を籠にしまった。


 それから、もう一度花畑を見る。


 まだたくさんの紅暖晶華が咲いている。


「また来ようね」


「ギョ」


 ルーチェが短く鳴いた。


 * * *


 家に戻った紬は、さっそく紅暖晶華の花を使ってお茶を淹れてみることにした。


 花を少し乾燥させ、湯を注ぐ。


 ふわり。


 穏やかな香りが立ち上った。


「……いい匂い」


 カップを両手で包み、一口。


「……」


 すぐに熱くなるわけではない。


 けれど、少しすると。


「……あったかい」


 胸の奥から、じんわりと温かさが広がっていく。


 冷えていた指先まで、少しずつ温まっていくような感覚。


「これ、寝る前にいいかも」


 外へ出る前に飲んでも良さそうだ。


 紬はもう一口飲んだ。


「……冬に重宝しそう」


 そして、持ち帰った晶花石をいくつか部屋の隅へ置いていく。


 寝室の隅。


 居間の隅。


 それぞれから、ほんのりとした暖かさが広がっていく。


「これも……いいなぁ」


 強い熱ではない。


 でも、近くにいると空気が少し柔らかく感じられる。


「冬が楽しみになってきたかも」


 紬は笑った。


 そして、温かいお茶を持ったまま窓辺へ座った。


 外を見る。


 風が吹いた。


 ざわざわと木々が揺れる。


 一枚。


 また一枚。


 赤く染まった葉が、空からゆっくり舞い落ちてくる。


 橙色の葉。


 黄色い葉。


 まだ緑を残した葉。


 いくつもの色が重なって、森全体が秋色に染まっていた。


「……綺麗」


 紬はお茶を一口飲んだ。


 身体の中はぽかぽかしている。


 部屋の隅では、晶花石が静かに温もりを放っている。


 その隣では――


「……ギョ……」


 ルーチェが小さくあくびをした。


「ふふっ。眠いの?」


「ギョ……」


 ルーチェは紬の隣で丸くなった。


 紬も、もう一度窓の外を見る。


 赤。


 橙。


 黄色。


 風に舞う葉。


 そして、少しずつ深まっていく秋。


 冬は、もう少し先。


 だから今は。


 もう少しだけ、この秋を楽しもう。


 窓の外では、赤い葉がひらひらと舞い散っていた。


 森の中に、秋が満ちていた。


 それは、どこか懐かしくて。


 とても綺麗な、秋の一日だった。


(※作中に登場する紅暖晶華は、現実の曼珠沙華をモデルにした異世界の植物です。現実の曼珠沙華には毒がありますので、実際の花を食べたり、根を掘ったりしないようご注意ください。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。