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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第61話 革から始まる冬支度

第61話 革から始まる冬支度


 紬は、いつもより少し冷たい空気を感じながら目を覚ました。


「……寒くなってきたなぁ」


 布団の中で丸まりながら、ぼんやり天井を見る。


 夏の頃は、朝から暑さに負けそうになっていた。


 それが今では、布団から出る前に一度考えてしまう。


 そろそろ、本格的に冬の準備を始めたほうがいいかもしれない。


「冬……かぁ」


 そう呟いてから、昨日のことを思い出した。


 スタンプボアの皮。


 昨日、沢で肉を処理したあと、残った皮をどうするか考えた。


 そして、以前どこかで読んだ記憶を頼りに、脳漿を使った鞣し方を試してみた。


 皮から余分な肉や脂、汚れを落とし、沢の水で洗う。


 そのあと、脳漿を塗った。


 塗った面を内側にして、毛のある面が外側になるように皮を二つ折りにする。


 そして、そのまま葉で包んで持ち帰った。


「一晩置いたんだよね」


 紬は起き上がると、昨日の皮を置いてある場所へ向かった。


 葉に包まれた大きな塊。


 見た目だけなら、何が入っているのか分からない。


「さて……どうなってるかな」


 紬はしゃがみ込み、葉を一枚ずつ外していく。


 最後の葉を外す。


「……お?」


 昨日よりも、少し柔らかくなっている。


 触ってみると、昨日のような硬さが少し抜けていた。


「一晩置いたからかな」


 紬は皮を持ち上げる。


 まだ完全に柔らかいわけではない。


 けれど、確実に昨日とは違う。


「よし。次の作業だ」


 皮を持って、紬は沢へ向かった。


 もちろん、ルーチェもついてくる。


「ギョ」


「おはよう、ルーチェ」


「ギョェー」


 朝の挨拶を交わしながら、二人で森を進んでいく。


 沢に着くと、紬は皮を広げた。


「まずは綺麗にしよう」


 昨日の作業で残っていたものや、余分なものを落とす。


 沢の水に浸け、手で擦る。


 水が少し濁る。


「うんうん……」


 何度か水を流しながら、丁寧に洗っていく。


 皮の表面を確認し、裏返す。


「こっちも」


 じゃぶじゃぶ。


 じゃぶじゃぶ。


 何度か繰り返しているうちに、水がだんだん綺麗になっていった。


「これならいいかな」


 紬は皮を持ち上げ、水を切る。


 ずしり。


「……重い」


「ギョ」


「分かってるよ。大きいもんね」


 ルーチェが首を傾げる。


 紬は皮を抱え直した。


「次は燻すんだったはず」


 燻煙。


 それが最後の仕上げになる。


 紬は皮を持って、家の周りにある大木へ向かった。


 以前から水をもらったり、葉を使ったりしている大木。


 今日も静かに枝葉を揺らしている。


「ここならいいかな」


 紬は大木の葉を集める。


 燻製に使ったことのある葉。


 火にかけると、ほんのり甘く、穏やかな香りの煙を出す。


「これで燻してみよう」


 小さな火を起こす。


 その近くに葉を置き、煙が皮を包むように調整していく。


 ふわぁ……。


 白い煙がゆっくりと立ち上る。


「……いい匂い」


 紬は煙の流れを見ながら、皮の様子を確認した。


 すると――。


「……あれ?」


 黒っぽかった皮の色が、少しずつ変わっている。


 煙の向こう。


 黒。


 それが、ゆっくりと茶色へ。


「色が変わってる……」


 紬は驚きながら、皮を見つめた。


 大木の葉から出る煙が、皮全体を包み込む。


 やがて、黒かった皮は落ち着いた茶色へと変わっていった。


「すごい……」


 紬はそっと皮に触れた。


 その瞬間。


《知識と生存》が淡く光った。


【名称】スタンプボアの皮

【分類】魔獣素材

【状態】良好

【属性】光

【防菌】あり

【防魔】あり

【防虫】あり

【備考】大木の葉による浄化と光属性の作用により、性質が変化しています。


「……防菌?」


 紬は表示を読む。


「防魔……防虫……」


 思わず大木を見る。


「もしかして、この葉の浄化の力が関係してるのかな」


 以前から大木の葉には、浄化する力があることは分かっていた。


 でも、まさか革にまで作用するとは思わなかった。


「便利すぎない?」


「ギョ」


「だよね」


 紬は笑った。


 そのときだった。


 バサバサバサッ!


「ん?」


 上空から羽音が聞こえる。


 紬が顔を上げると、ルーチェが飛んでいった。


「ルーチェ?」


 少し離れたところまで飛んでいく。


 そして――。


 しばらくすると。


 バサバサバサッ!


 今度は何かをくわえて戻ってきた。


「……?」


 ルーチェが紬の前に降りる。


 ぽとっ。


「……葉っぱ?」


「ギョ!」


 ルーチェは、もう一度飛び立った。


「え?」


 また少しすると戻ってくる。


 ぽとっ。


 葉っぱ。


「……もしかして、持ってきてくれてるの?」


「ギョェー!」


「ありがとう」


 紬は笑いながら、ルーチェの頭をそっと撫でた。


「ちょうど燻す葉っぱが欲しかったんだ」


「ギョ!」


 ルーチェは胸を張るように羽を広げる。


「ふふっ」


 紬は追加された大木の葉を火にくべた。


 煙が少し濃くなる。


 ふわぁ……。


 甘い香りが辺りに広がった。


「よし」


 しばらく燻し続ける。


 やがて、皮全体が綺麗な茶色になった。


「……できた」


 紬は皮を持ち上げる。


 昨日までの黒い皮とは、まるで別物だった。


 丈夫そうで、それでいて以前より扱いやすい。


「これなら……使える」


 紬は満足そうに頷いた。


 皮を持って家へ戻る。


 家に着くと、まず扉を見る。


 今まで使ってきた簡易的な扉。


 枝や葉、蔓を組み合わせたものだ。


 秋の今は、それほど困っていない。


 でも。


「冬になったら……これ、寒いよね」


 紬は扉を見つめた。


 隙間から風が入り込む。


 今ならまだ大丈夫。


 けれど、冬の冷たい風が吹き始めたら、家の中までそのまま入ってきそうだ。


「……何かできないかな」


 そこで、完成した革を見る。


「これ……使えるかも」


 紬はブルーバンブーを何本か持ってきた。


 扉と同じくらいの大きさになるように切る。


 それを組み合わせ、四角い枠を作った。


「よいしょ……」


 蔓でしっかりと固定する。


「こんな感じかな」


 できあがった枠を、今までの扉の内側へ持っていく。


 次に革を二枚に分ける。


 それぞれの上部に穴を開ける。


 そこへ蔓を通し、ブルーバンブーの枠へ縛り付ける。


 一枚は枠の手前。


 もう一枚は枠の奥。


 革同士が重なるようにする。


「……よし」


 枠を扉の内側に固定する。


 外側には、今までの簡易扉。


 その内側に、もう一つの革の扉。


 少し空間がある。


「二重になった」


 紬は完成した内扉を眺めた。


「ちょっと家っぽくなったかな」


 ルーチェが屋根の上から、


「ギョ」


「でしょ?」


 紬は笑った。


 さっそく試してみる。


 外側の扉を開ける。


 内扉の革を押す。


 ぐいっ。


「……」


 ぐいぐい。


「……入りにくい」


「ギョ」


「分かってるって」


 革は思ったより重い。


 それを二枚重ねているから、押し分けるのに少し力がいる。


 なんとか中へ入る。


 振り返る。


 革がゆっくりと元の位置へ戻っていく。


 ぱたん。


 外から風が吹いた。


 けれど――。


「……あ」


 今までとは違う。


 冷たい風が、直接入ってこない。


「すごい」


 紬は革に手を当てる。


「ちょっと入りにくいけど……」


 もう一度、外を見る。


「冬なら、こっちのほうがいいよね」


 簡単には出入りできない。


 でも、寒さを防ぐためなら我慢できる。


「よし。内扉、完成」


 次に紬が目を向けたのは、背負い籠だった。


「……そういえば」


 肩に掛ける部分。


 今まではツタを使っていた。


 荷物が少ないときは問題ない。


 でも、たくさん入れると肩に食い込む。


「これも革にしたら……」


 残った皮を細長く切る。


 ツタを外し、代わりに革を取り付けていく。


 しっかりと固定する。


「よし」


 完成した籠を背負う。


「……」


 一歩。


 二歩。


 家の中を歩いてみる。


「……あ」


 肩に当たる感じが違う。


「こっちのほうが楽」


 紬は肩紐を触った。


「ツタより幅があるからかな」


 これなら、これから森へ食料を取りに行くときも少し楽になる。


「もっと早く思いつけばよかったなぁ」


 紬は笑った。


 そして最後に。


 残った小さな革を見つめる。


「これなら……」


 手のひらに乗るくらいの大きさ。


 紬は針と糸を用意した。


「小さいポーチでも作ろうかな」


 革を折り、端を合わせる。


 少しずつ縫っていく。


 何度かやり直しながら形を整える。


「……よし」


 小さなポーチが完成した。


 手のひらより少し大きいくらい。


「何を入れようかな」


 紬は考える。


 そして、大事にしまってあるものを思い出した。


 一つは、ルーチェがくれた青い宝石。


 もう一つは、昨日スタンプボアから見つけた黒い魔石。


「これにしよう」


 青い宝石を入れる。


 続けて、黒い魔石も入れる。


「これなら失くさないね」


 ポーチの口を閉じる。


 そのとき。


「ギョ?」


「ん?」


 ルーチェが近づいてきた。


 ポーチをじっと見ている。


「これ?」


「ギョ」


「ポーチだよ」


 ルーチェが首を傾げる。


 そして――。


 くちばしで、つん。


「ちょっと、ルーチェ?」


 さらに、つんつん。


 そして。


 ずぼっ。


「……え?」


 ルーチェの頭が、ポーチの中へ入った。


「…………」


「ギョ」


 ポーチの中から声だけがする。


「ルーチェ?」


「ギョェー」


 もぞもぞ。


 そして、頭だけポーチから出した。


「……何してるの?」


「ギョ!」


 そのままポーチを頭に被った状態で、


 てくてく。


「……」


 てくてく。


「…………」


 紬は思わず笑った。


「ふふっ……何それ」


「ギョ!」


 ルーチェは楽しそうに歩き回る。


「気に入ったの?」


「ギョェー!」


「でも、それは頭に被るものじゃないよ」


「ギョ!」


 どうやら聞く気はないらしい。


「もう……」


 紬は笑いながらルーチェを見ていた。


 やがてルーチェがポーチを頭から外す。


 ぽすっ。


 床に落ちたポーチを、紬が拾う。


「……小さいけど、ちゃんと使えるね」


 青い宝石と魔石が入っている。


 紬は大切そうにポーチを閉じた。


 そして――。


 ふと、横を見る。


 まだ革が残っている。


「……」


 かなりある。


 特に、スタンプボアの手や足の部分だった皮が、まとまって残っていた。


「こんなに残ったかぁ」


 紬は残った革を広げる。


 茶色く綺麗に仕上がった皮。


 扉にも使った。


 背負い籠にも使った。


 小さなポーチも作った。


 それでもまだ余っている。


「これ……何か作れそうなんだけど」


 紬は革を眺めながら首を傾げた。


「うーん……」


 すぐには思いつかない。


 けれど、捨てるつもりはなかった。


「まあ、取っておこう」


 いつか必要になるかもしれない。


 そう思って、革を丁寧に丸める。


 家の中の隅へ置いた。


 新しく作った革の内扉が、風を受けて小さく揺れる。


 外側には、今までの簡易扉。


 その内側には、茶色い革の扉。


 背負い籠には、新しい革の肩紐。


 そして、手元には小さなポーチ。


「……少しずつだけど」


 紬は家の中を見回した。


「冬の準備、できてきたな」


 外では、秋の風が木々を揺らしている。


 冬はまだ先。


 それでも、季節は少しずつ進んでいる。


「さて……」


 紬は残った革をもう一度見る。


「次は、何を作ろうかな」


 まだ答えは出ない。


 けれど。


 考える時間も、紬にとっては悪くなかった。


 今日もまた一つ。


 異世界での暮らしが、少しだけ形を変えた。

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