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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第59話 冬支度と薬草の実験

第59話 冬支度と薬草の実験


 紬は、いつもより少し早く目を覚ました。


「……寒くなってきたなぁ」


 寝床から出ると、朝の空気がひんやりとしている。


 少し前までは、朝になれば暖かな空気が部屋の中に入り込んできた。


 けれど最近は違う。


 外から入ってくる風に、少しずつ冷たさが混じっている。


「秋も、だいぶ進んできたのかな」


 紬は入口の向こうを見る。


 まだ葉が落ちるほどではない。


 それでも、季節が変わり始めていることは、肌で分かるようになってきた。


「そろそろ、本格的に冬の準備をしないとね」


 昨日のスタンプボアの肉を見る。


 食べる分は、昨日のうちに焼肉にした。


 残りはかなりの量がある。


「これは燻製にしよう」


 迷う必要はなかった。


 タイタンサーモンを燻製にした時に、すでに経験している。


 保存食にするなら、今回も燻製がいい。


「塩は、必要な分だけ」


 紬は塩の入った袋を見る。


 貴重な塩を大量に使うわけにはいかない。


 タイタンサーモンの時と同じように、最低限の塩で味を整えていく。


「よし」


 肉を切り分け、燻製の準備をする。


 昨日までなら、魔獣の肉を保存食にするなんて考えもしなかった。


 でも今は違う。


 目の前にあるものを、どうすれば長く使えるか。


 どうすれば冬を越せるか。


 少しずつ、そういうことを考えるようになっていた。


 燻製器に火を入れる。


 煙がゆっくりと立ち上がる。


 今回も巨大樹の葉を使ってみる。


 ふわり。


 ほんのり甘い、穏やかな香りが広がった。


「うん。この匂い、やっぱり好き」


 紬は煙の様子を確認しながら、肉をじっくり燻していく。


 急ぐ必要はない。


 冬はまだ先だ。


 少しずつ保存食を増やしていけばいい。


「これで肉は大丈夫かな」


 燻製器を確認してから、紬は黒い皮へ目を向けた。


「……こっちはどうしよう」


 スタンプボアの皮。


 黒くて厚く、かなり丈夫そうだ。


 昨日、肉を包んで運ぼうとした時にも、その頑丈さは十分に分かった。


「これ、ちゃんとなめせたら使えそうなんだけどなぁ」


 敷物。


 防寒具。


 もしかしたら、何かを包む材料にもできるかもしれない。


 紬は《知識と生存》を開いた。


 皮の利用について調べてみる。


「……なめす、か」


 いくつか方法が表示される。


 ただ、今ある道具や材料だけでは難しそうだった。


「うーん……これは後でいいかな」


 今すぐ必要というわけでもない。


「材料が揃ったら、また考えよう」


 紬は皮を乾いた場所へ移した。


 そして次に、部屋の隅へ目を向ける。


 そこには、今まで集めてきた薬草が並んでいた。


「さて……」


 紬は小さく息を吐く。


「今日は、こっちをやろう」


 薬草の実験。


 今までにも何種類か試してきた。


 けれど、まだ使い道が分かっていないものもある。


「まずは一つずつ」


 紬は《知識と生存》を開いた。


 薬草を一つ手に取る。


 名前。


 状態。


 属性。


 効果。


 使い道。


 一つずつ確認していく。


「なるほど……」


 カモルン。


 タニム。


 ロリエーヌ。


 それぞれに違った性質がある。


 同じように見えても、組み合わせ方によって効果が変わるものもあるらしい。


「植物って奥が深いなぁ」


 紬は小さく感心した。


 そして、少量ずつ薬草を取り分ける。


 石の上に置き、別の石で細かくする。


 ごり。


 ごりごり。


「……地味だな」


 思わず呟く。


 それでも、こういう作業は嫌いではない。


 少しずつ変化していくのを見るのは面白い。


 細かくした薬草を湯に入れる。


 しばらく待つ。


 ふわりと香りが立ち上った。


「お茶みたい」


 一口飲む。


「……うん」


 劇的な変化はない。


 けれど、《知識と生存》には小さな変化が表示されていた。


【効果】体の状態を整える

【治癒】小


「へぇ……」


 紬は目を輝かせる。


「じゃあ、これはどうかな」


 別の薬草を試す。


 今度は別のもの。


 さらに別のもの。


 湯に入れてみる。


 混ぜてみる。


 少しだけ冷ましてみる。


「……これは苦い」


 顔をしかめる。


「こっちは……」


 一口。


「すっぱい」


 もう一つ。


「……何これ」


 紬は黙った。


 アルブレーヴが、少し離れたところから紬を見ている。


「……笑ってない?」


 ふんす。


「絶対、今ちょっと面白がってるよね?」


 ふんす。


「……まあいいけど」


 紬は気を取り直す。


 今度は、巨大樹の湧水を使ってみることにした。


 薬草をすり潰す。


 少量の湧水を加える。


 さらに別の薬草を加える。


 混ぜる。


 確認する。


 また少し調整する。


 何度か試しているうちに――


【名称】キズぐすり・中級

【分類】薬品

【状態】良好

【効果】傷を治癒する

【治癒】中


「……できた」


 紬の手が止まる。


「できた……!」


 思わず顔がほころんだ。


「キズぐすり、中級」


 完成した薬をじっと眺める。


「これなら、ちょっとした傷なら何とかできそう」


 ふと、アルブレーヴを見る。


 白い鹿は、こちらを見ている。


「……あ」


 紬は少し考える。


「そういえば、アルブレーヴって……」


 アルブレーヴが首を傾けた。


「薬草に詳しいのかな?」


 ふんす。


「……否定しないんだ」


 紬が笑う。


 アルブレーヴは答える代わりに、薬草の並んだ場所へ近づいた。


 そして、その中の一つへ鼻先を近づける。


 ちょん。


「これ?」


 ふんす。


「これを試してみろってこと?」


 アルブレーヴは、もう一度その薬草に鼻を近づけた。


 紬は首を傾げる。


「……本当に詳しいのかな」


 アルブレーヴは何も言わない。


 もちろん、人の言葉を話すわけでもない。


 ただ、こうして時々紬の近くへ来て、様子を見ている。


 紬は薬草を手に取った。


「……様子を見に来てるのかな?」


 アルブレーヴは答えない。


「まあ、違うかもしれないけど」


 紬は小さく笑う。


 まだ、この鹿のことをよく知っているわけではない。


 どうして自分のところへ来るのかも分からない。


 それでも。


 こうして何度も顔を合わせていると、少しだけ不思議な親しみを感じるようにはなっていた。


「じゃあ、これも試してみようかな」


 紬はアルブレーヴが選んだ薬草を手に取った。


 そして、次の実験を始める。


 今度は少し危険な材料だ。


 マガイガイ。


 そして、ロリエーヌの花と葉。


 カモルン。


「毒を持って、毒を制する……って感じかな」


 もちろん、適当に混ぜるつもりはない。


 ほんの少しずつ。


 組み合わせを変える。


 量を変える。


 順番を変える。


 そのたびに《知識と生存》で確認する。


 失敗。


「うーん……違う」


 別の配合。


 失敗。


「これも駄目か」


 ロリエーヌの花を少し減らす。


 葉を加える。


 カモルンを加える。


 巨大樹の湧水で薄める。


「……どうかな」


 確認する。


 違う。


「まだかぁ」


 また調整する。


 その横で、アルブレーヴが静かに見ている。


「そんなに見られると、ちょっと緊張するんだけど」


 ふんす。


「……まあ、いいか」


 紬はもう一度、薬草をすり潰した。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 試していく。


 そして――


 ようやく。


《知識と生存》の表示が変わった。


【名称】ポイズンポーション・小

【分類】特殊薬品

【状態】良好

【効果】毒による症状を軽減する

【解毒】小

【対象】軽度の毒

【備考】毒性素材を利用した特殊な解毒薬


「……できた」


 紬は目を丸くした。


「ポイズンポーション……」


 名前だけを見ると、どう考えても毒にしか思えない。


 けれど、表示されている効果は解毒。


「毒を使って、毒を抑える薬なんだ」


 紬は瓶を光に透かしてみる。


「面白いなぁ……」


 これなら、もし毒に遭遇した時にも使えるかもしれない。


 もちろん、強い毒には効果がない。


 それでも。


「ないよりは、ずっといいよね」


 紬は少量を葉の上へ薄く伸ばした。


「これ、乾かしたらどうなるかな」


 薬を薄く塗った葉を、風通しのいい場所へ置く。


「保存できる形になったら便利なんだけど」


 まだ結果は分からない。


 それも、これからの実験だ。


 紬は薬草を片付けながら、ふと外を見る。


 朝よりも少し高くなった太陽。


 冷たくなってきた風。


 そして、燻製器から立ち上る煙。


「……冬、来るんだなぁ」


 食料は少しずつ増えている。


 薬も作れるようになってきた。


 寝床も、少しずつ暖かくなっている。


 まだまだ足りないものは多い。


 それでも。


 以前の自分とは、少し違う。


 知らない世界で、何も分からずに立ち尽くしていた頃とは違う。


 分からないことがあれば調べる。


 試してみる。


 失敗したら、また試す。


 そうやって少しずつ、自分で生きるための方法を増やしている。


「アルブレーヴがいる時は、頼らせてもらえばいい」


 紬は、少し離れたところにいる白い鹿を見る。


 でも。


「自分でできることも、増やしておこう」


 アルブレーヴは紬を見た。


 そして、ふんすと鼻を鳴らす。


「……うん」


 紬も小さく笑った。


 アルブレーヴが何を考えているのかは、まだ分からない。


 どうして時々、こうして様子を見に来るのかも分からない。


 薬草に詳しいのかどうかだって、まだ分からない。


 分からないことばかりだ。


 けれど。


 分からないからこそ、少しずつ知っていけばいい。


 紬は、葉の上で乾き始めた薬を確認した。


「冬支度、まだまだやることいっぱいだな」


 外では、秋の風が木々を揺らしている。


 燻製器からは、ゆっくりと煙が立ち上る。


 その煙に乗るように、巨大樹の葉の甘い香りが風へ溶けていく。


 冬は、少しずつ近づいている。


 だから紬も。


 一日ずつ。


 一つずつ。


 この世界で生きていくためのものを、増やしていくのだった。

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