第55話 森の恵みと、薬の材料
第55話 森の恵みと、薬の材料
紬は、少しひんやりとした空気の中で目を覚ました。
「……寒くなってきたなぁ」
布団から出ると、肩をすくめる。
少し前までなら、朝の空気もまだそれほど冷たくなかった。
けれど最近は、目を覚ました瞬間に季節が進んだことを感じる。
秋。
そして、その先には冬が待っている。
「冬支度……まだまだやることあるなぁ」
紬は伸びをすると、今日の予定を考えた。
まずは食料。
秋は森の恵みが多い。
木の実やキノコ。
魚もまだ獲れる。
冬になる前に、できるだけ保存できるものを集めておきたい。
それから。
「薬の材料も、探してみようかな」
紬は《知識と生存》を手に取った。
先日のシロエナガのことが、頭を通り過ぎる
傷を治すことはできた。
アルブレーヴの力もあったから……
でも、毒については何も分からなかった。
「知らないって、やっぱり怖いよね」
だからといって、いきなり知らない植物を食べるわけにはいかない。
むしろ逆だ。
食べられるもの。
触っても大丈夫なもの。
薬に使えるかもしれないもの。
毒があるもの。
少しずつ知っていく。
「今日は、その辺を調べてみよう」
籠を持って、家の外へ出る。
「ルーチェ、行こう」
「ギョ」
屋根の上にいたルーチェが羽を広げる。
ふわり。
虹色の羽が朝の光を受けて輝いた。
「……綺麗だなぁ」
紬は少しだけ見とれてから、歩き出した。
まずは石垣の内側。
この辺りなら、もう何度も歩いている。
家の周り。
川沿い。
大木の近く。
ネギを植えた場所。
少しずつ、自分の庭のようになってきた。
「これ……」
紬は小さな白い花を見つけた。
しゃがみ込み、《知識と生存》を開く。
【名称】不明
【分類】植物
【状態】良好
【食用】不明
「うーん……」
名前までは分からない。
でも、触っても問題はなさそうだ。
紬は少し考えてから、花を一輪だけ摘んだ。
「とりあえず、持って帰ろう」
籠へ入れる。
その隣には、細かな葉をつけた植物があった。
葉を指先で軽く触る。
「……これ、なんか見たことある」
元の世界で見たハーブに少し似ている。
香りを確認する。
「うん。ちょっと違うけど……ハーブっぽい」
《知識と生存》を開く。
ページに文字が浮かんだ。
【名称】カモルン
【分類】植物
【状態】良好
【食用】可能
【薬効】病気などへの耐性を高める
【効果】病魔を弱め、身体を癒す
【備考】カモミールに類似
「カモルン……」
紬はもう一度、葉と花を見る。
「カモミールみたいだから、カモルンなのかな」
なんとなく納得して、籠へ入れる。
ページをさらに読む。
【花言葉】
【逆境に耐える】
【逆境で生まれる力】
【清楚】
【あなたを癒す】
【仲直り】
「……仲直り?」
紬は少しだけ首を傾げた。
「面白い花言葉だなぁ」
カモルンを眺めていると、なぜか少し気持ちが落ち着いた。
「お茶にしても美味しそう」
でも、まずはちゃんと調べてから。
次の植物を探す。
しばらく歩くと、今度は細かな葉をつけた植物が目に入った。
「これも……似てる」
元の世界で見たタイムに似ている。
葉を軽く触ると、爽やかな香りがした。
「いい匂い」
《知識と生存》を開く。
【名称】タニム
【分類】植物
【状態】良好
【食用】可能
【効果】気分の向上
【生命力】上昇
【用途】煮込み料理、ハーブティー、防虫、サシェ
【備考】タイムに類似
「へぇ……」
料理にも使える。
お茶にもできる。
虫よけにもなる。
「便利じゃん」
紬は少し嬉しくなって、必要な分だけ摘んだ。
【花言葉】
【勇気】
【活動力】
「これもいいね」
籠の中にタニムを入れる。
食べ物だけではない。
こういう植物を知っておくと、生活が少しずつ便利になっていく。
「薬だけじゃなくて、料理にも使えるし」
紬は籠の中を覗き込んだ。
まだ少ししか入っていない。
でも、なんとなく嬉しい。
そして。
少し離れた場所に、大きな木があった。
「……大きい」
ローリエに似た葉。
紬は近づいて、葉を一枚確認する。
「これ……月桂樹みたい」
《知識と生存》を開く。
【名称】ロリエーヌ
【分類】樹木
【状態】良好
【食用】葉のみ可能
【特徴】ローリエに類似
【葉の作用】他の植物の作用を変えない
【花の作用】他の植物の作用を打ち消す
【花の毒性】強
【注意】花は摂取禁止
「……花は危ないんだ」
紬は木に咲いている花を見る。
葉と花。
同じ木なのに、性質が全然違う。
さらにページを見る。
【葉】
【栄光】
【勝利】
【栄誉】
【私は死ぬまで変わりません】
【花】
【裏切り】
【不信】
「……なんか、意味深だなぁ」
紬は苦笑した。
葉は料理に使えそうだ。
でも花は触らない。
「花は採らないでおこう」
葉だけを少し採り、籠へ入れた。
その後も、紬は食べられそうな木の実やキノコを探した。
見つけたものは《知識と生存》で確認する。
食べられるものは籠へ。
分からないものは、その場に残す。
知らないものを、無理に持ち帰らない。
それは、もう紬の中で当たり前になっていた。
しばらく歩いて。
紬は石垣の近くまで戻ってきた。
籠の中を見る。
「結構集まったなぁ」
食料。
ハーブ。
花。
薬の材料になりそうなもの。
「もう少し外側も見てみようかな」
石垣の向こうを見る。
以前、アルブレーヴが見せてくれた光景が頭をよぎった。
外には危険なものがいる。
紬も、それはもう知っている。
「……でも、近くなら」
一歩。
石垣の外へ向かう。
そのときだった。
どこからともなく。
白い鹿が現れた。
「……あれ?」
紬は目を瞬かせた。
少し離れたところに、アルブレーヴが立っている。
「アルブレーヴ?」
白い角が、ゆっくりと動いた。
「……ついてくるの?」
アルブレーヴは答えない。
ただ、紬が歩き始めると。
静かに、その後ろをついてきた。
「……」
紬は少しだけ振り返る。
昨日までなら、不思議に思ったかもしれない。
でも。
52話で見せてもらった、あの光景を思い出す。
石垣の外。
そこにいる、動物ではない何か。
そして、危険な森。
「もしかして……心配してくれてるのかな」
アルブレーヴは何も言わない。
ただ、紬の少し後ろを歩いている。
「ありがとう」
紬は小さく笑った。
その横を、ルーチェが飛んでいく。
「ギョ」
「うん。気をつけようね」
今日は三人で。
石垣のすぐ外側を歩くことにした。
遠くへは行かない。
危険を感じたら戻る。
それだけは決めておく。
そして。
「……あれ?」
白っぽい木の実が見えた。
その木を見上げる。
「これって……」
《知識と生存》を開く。
ページが、淡く光った。
【名称】クロトゲノキ
【分類】樹木
【果実】白色
【用途】薬品材料
【備考】フルエールポーションの材料
「フルエールポーション?」
紬が首を傾げる。
すると、上から。
「ギョッ!」
ルーチェが飛び込んできた。
「わっ!」
バサバサと羽ばたきながら、木の枝に止まる。
そして。
くちばしで枝をつついた。
ぽとっ。
「……落ちた」
白い実が地面に転がる。
「ルーチェ、取ってくれたの?」
「ギョ!」
「ありがとう」
紬は実を拾い上げた。
そして、木に咲いている花にも気づく。
「花も……」
紬はそっと手を伸ばした。
こうして。
秋の森での、小さな探索が続いていった。




