閑話 冒険者の秋
閑話 冒険者の秋
冒険者にとって、秋は忙しい。
いや。
一年で一番、忙しい季節だ。
朝。
冒険者ギルドは、すでに大勢の冒険者でごった返していた。
「次、Fランクの方!」
「はい!」
「薬草採取、三件。薪拾い、二件。木の実の採取、一件!」
「全部もらいます!」
「次、Eランク!」
「はい!」
受付嬢たちは、次から次へと依頼書を冒険者へ渡していく。
この時期は、とにかく仕事が多い。
森の木々が実り、食べ物が増える。
冬に備えて薪も必要になる。
薬草も、木の実も、食料になる植物も。
冬を越すために必要なものが、一斉に集められる季節なのだ。
そのため、秋の冒険者ギルドでは、普段のように依頼を選んでいる暇などない。
受付嬢から、自分のランクに合わせた仕事を渡される。
「次、Dランク!」
「はい!」
「北の森・浅層で食用キノコの採取。あと、ボーンズラビットの討伐!」
「了解!」
冒険者は嫌な顔一つせず、依頼書を受け取る。
むしろ――
「よっしゃ!」
嬉しそうに拳を握る者までいる。
なぜなら。
秋は、一年で一番の稼ぎ時だからだ。
冬が来る前。
街では、食べ物も薪も大量に必要になる。
冒険者ギルドも、この時期に集められるものはできる限り買い取る。
普段なら見向きもされないような木の実や薪まで、冬前なら立派な収入になる。
「今年は薪の買い取り、去年より高いらしいぞ!」
近くにいた冒険者が、仲間へ声をかける。
「マジか!」
「食料も高くなるってよ!」
「じゃあ、今日は寝る暇ねぇな!」
「寝るのは冬でいいだろ!」
「それもそうだ!」
ギルドの中に笑い声が響く。
大人だけではない。
街の子供たちまで、この時期になると薪拾いに駆り出される。
もちろん、危険な森の奥へ入るわけではない。
街の近くや、安全が確認された場所で拾える薪を集めるのだ。
小さな手に、少し大きな薪を抱えて。
それをギルドへ持ってくる。
秋は、街全体が冬に向かって動き始める季節だった。
そして冒険者たちにとっては――
冬を楽にするために、今、一番働く季節でもあった。
そんな冒険者たちの中に、一人の男がいた。
「……今年も忙しいな」
四十歳を少し過ぎた男が、ギルド内を見回す。
少し日に焼けた顔。
腰には使い込まれた剣。
いくつもの古い傷跡もある。
長年、冒険者として生きてきた男だった。
名前はガルド。
Aランク冒険者であり、数人の仲間をまとめるパーティーリーダーでもある。
「秋だからな」
隣にいたロックが笑う。
「いや、秋だからって多すぎだろ」
ガルドが依頼書の山を見る。
「これくらいがちょうどいい」
「お前、本当に好きだよな。秋の仕事」
「稼げるからな」
「それだけか?」
「それだけだ」
ガルドが笑う。
「……たぶん」
ロックが呆れたように肩をすくめる。
「ほら、行くぞ」
ガルドたちは受付へ向かった。
けれど、その前に。
「タイタンサーモンの依頼、あるな」
ガルドが一枚の依頼書を手に取った。
「上流での採取か」
ミーナが横から覗き込む。
「今年も上がってきたみたいね」
「タイタンサーモンの糸もあるぞ」
ガルドが別の依頼書を持ち上げる。
「そっちは買い取りが高いんだよな」
ロックが言う。
「素材として人気だからな」
「なら、こっちも受けるか?」
「そうするか」
ガルドは依頼書を確認する。
「ボンヌオドールもある」
ミーナが別の依頼書を手に取った。
「葉だけね」
「ああ。根は残せって書いてある」
「毎年やらかすやつがいる……」
トーマが溜め息をつく。
「薬草は採り方を間違えると、来年困るからな」
「そういうことだ」
さらに依頼書を並べる。
アカツブ。
カチワリの木の実。
食用キノコ。
薬草。
薪。
秋に採れるものが、次々と依頼になっている。
「……本当に多いな」
若い仲間のニルが呟いた。
「だから秋は稼ぎ時なんだ」
ガルドが笑う。
「働けるだけ働くぞ」
「ほどほどにしてくれよ」
トーマが苦笑した。
そのとき。
「ガルドさん」
今度こそ、受付から声がかかった。
「ん?」
振り向く。
そこにいたのは、一人の受付嬢だった。
「シエルか」
「はい」
シエル。
上級冒険者対応を担当している受付嬢だ。
ガルドとは長い付き合いで、彼がどんな冒険者なのかもよく知っている。
「今年も秋が来ましたね」
「そうだな」
「依頼、たくさんありますよ」
「見れば分かる」
「そうですか」
シエルは小さく笑った。
「では、こちらを」
差し出された依頼書を、ガルドが受け取る。
「……なんだ?」
「少し別のお話があります。蒼き風への指名依頼です。」
シエルの声が、少しだけ低くなった。
「別室へお願いします」
「……分かった」
ガルドは仲間たちを見る。
「ちょっと行ってくる」
「おう」
ガルドはシエルの後を追った。
――――
ギルドの奥。
普段はあまり使われない小さな部屋。
扉が閉じる。
シエルは、一枚の地図を机の上へ広げた。
「今回の依頼です」
「……」
ガルドが地図を見る。
そこには、広大な森が描かれていた。
森の周囲には、いくつもの国がある。
けれど、森そのものはどの国にも属していない。
「帰れぬ森……か」
「はい」
シエルが頷く。
「今回、調査依頼が出ました」
「討伐じゃないのか?」
「違います」
シエルは依頼書をガルドへ渡す。
「確認してほしいのは、魔物の数です」
「数?」
「正確な数を数える必要はありません」
シエルは地図の一点を指差した。
「去年と比べて、魔物が増えているのか」
「……」
「それを確認してほしいんです」
ガルドの表情が少し変わる。
「戦わなくてもいい?」
「はい。可能な限り戦闘は避けてください」
「なるほど」
「今回の目的は調査です。魔物を倒すことではありません」
帰れぬ森。
その名を知らない冒険者は少ない。
どの国にも接している、あまりにも広大な森。
森の奥へ進むほど、地図に記されていない場所が増えていく。
そして――
低ランクの冒険者が入ることは、禁止されている。
危険だからだ。
森の中には、普通の動物だけではない。
魔物もいる。
しかも、その数や種類について、すべてが把握されているわけではない。
「だからAランク、か」
「はい」
シエルが答える。
「できるだけ戦闘を避け、状況を確認して帰還する。そういう依頼です」
「報酬は?」
シエルは少しだけ間を置いた。
「……かなり高額です」
ガルドが依頼書を見る。500万ロギ。
「だろうな」
危険な森。
長期間の調査。
そして、何が待っているのか分からない。
高額になるのも当然だった。
「それと、もう一つ」
「まだあるのか?」
「もし見つけたら、採取してきてほしいものがあります」
シエルが別の紙を出した。
「クロトゲノキの実」
「白い実のやつか」
「はい」
「フルエールポーションの材料だな」
「よく知っていますね」
「冒険者だからな」
ガルドは地図を見る。
「見つけたら採取。採取分はプラスになるが、ただし調査が最優先」
「その通りです」
シエルは頷いた。
「無理に探す必要はありません」
「分かった」
ガルドは依頼書を持ち上げる。
「……どれくらいかかる?」
「最短でも片道二週間です」
「二週間…行き帰りで一月か…」
ガルドが天井を見上げる。
「長いな」
「帰れぬ森ですから」
「それもそうか」
――――
ギルドの一室。
ガルドたちは依頼書を囲んでいた。
「一月かぁ……」
ロックが腕を組む。
「最短で、だろ?」
「ああ」
「なら、もっとかかる可能性もある」
ミーナが地図を見る。
「食料は多めに必要ね」
「水もだ」
トーマが続ける。
「薬も普段より持っていこう」
「ロープ、火打ち道具、野営道具……」
ニルが必要なものを指折り数える。
「予備の靴も必要だな」
「地図も新しいものを買おう」
「魔物避けも持てるだけ持っていく」
次々と必要なものが出てくる。
ニルが依頼書を見る。
「報酬……すごいですね」
「だからこそ、準備に金をかけてもいい」
ガルドが答える。
「生きて帰ってこその報酬だ」
「それにしても……」
ロックが依頼書を見る。
「タイタンサーモンの依頼、どうする?」
「受けたい」
ガルドが即答した。
「だよな」
「秋のタイタンサーモンだぞ」
ガルドが真剣な顔をする。
「嫁に持って帰りたい」
「また嫁さんか」
ミーナが笑う。
「いいだろ」
「いや、いいけど」
「うまい魚が手に入ったら、食わせてやりたいだろ」
「はいはい」
仲間たちが笑う。
「でも、一月だぞ?」
「……」
ガルドが黙る。
「帰る頃には、秋が終わってるかもしれない」
「保存できないかな?」
ニルが言う。
「難しいだろ」
「じゃあ、帰ってから買えば?」
「秋のタイタンサーモンがいいんだよ」
ガルドは腕を組んだ。
「脂が乗ってるからな」
「そこなの?」
「そこだ」
また笑い声が響く。
けれど。
笑い終えたガルドは、依頼書へ目を落とした。
「……まあ、仕方ない行けたら川も寄ろう、食べるくらいいいだろ」
帰れぬ森。
簡単な依頼ではない。
だからこそ、準備が必要だ。
「受けるなら、今日から準備だな俺も、一旦家族に長期依頼の話をする。」
「ああ」
「食料班、どうする?」
「俺がやる」
ニルが手を上げる。
「薬は?」
「私が見るわ」
ミーナが答える。
「野営道具は俺とトーマで確認する」
ロックが言い、トーマが頷く。
「分かった」
それぞれが準備するものを決めていく。
報酬は高い。500万ロギ、破格だ。
けれど、それだけ危険もある。
誰も、そこを忘れてはいなかった。
「じゃあ」
ガルドが立ち上がる。
「シエルに返事してくる」
「おう」
――――
ギルドの受付。
「シエル」
「はい」
シエルが顔を上げる。
「どうしますか?」
ガルドは少しだけ笑った。
「……あの依頼」
机の上に置かれた依頼書を見る。
「俺たち蒼き風が受けるよ」
「帰れぬ森の調査依頼ですね」
「ああ」
シエルは静かに依頼書へ目を落とした。
そして、正式に受理する。
「……分かりました」
シエルは顔を上げた。
「ガルドさん。お気をつけて」
「おう」
ガルドは短く答えた。
そして、仲間たちの待つ部屋へ戻っていった。
秋の冒険者たちの仕事は、まだ始まったばかりだった。
⸻
今回登場したパーティー
蒼き風
ガルド:125歳
Aランク冒険者。パーティーリーダー・剣士。
ミーナ:350歳
弓使い。エルフと人間のハーフ。
ロック:85歳
熊の獣人、盾役。
トーマ:90歳
魔法使い。
ニル:75歳
最近Aランクになった冒険者。




