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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第52話 動物じゃないナニカ

第52話 動物じゃないナニカ


「……教えてくれる?」


 紬がそう尋ねると、アルブレーヴはしばらく何もせず、静かに紬を見つめていた。


 ルーチェも、じっと小鳥を見る。


「……?」


 何かを考えているのだろうか。


 紬には分からない。


 やがて。


 アルブレーヴの角が、淡く光った。


 次の瞬間。


 紬の頭の中に、景色が広がった。


 ――石垣の内側。


 そこには、穏やかな森があった。


 木々の間から柔らかな光が差し込み、葉が風に揺れている。


 地面には、いくつもの小さな草花。


 その間を、小さな動物が歩いていた。


 木の実を拾うもの。


 草を食べるもの。


 水辺で喉を潤すもの。


 木の根元で丸くなり、眠っているもの。


 どの動物も、急いでいない。


 怯えてもいない。


 ただ、そこにある命を受け取りながら。


 食べて。


 眠って。


 起きて。


 また歩く。


 そんな当たり前の日々を過ごしている。


 小さな鳥が枝に止まり、羽を膨らませる。


 そのすぐ下では、別の動物が丸くなって眠っている。


 風が吹く。


 木の葉がさらさらと揺れる。


 誰も、それを恐れない。


 静かで。


 穏やかで。


 温かな場所。


 紬は、その景色をただ見つめていた。


「……きれい」


 思わず声が漏れる。


 そこにあるのは、特別な出来事ではない。


 ただ、生き物たちが安心して暮らしている。


 それだけだった。


 けれど。


 その「それだけ」が、とても大切なもののように感じられた。


 やがて景色が動き始める。


 森の中を進んでいく。


 木々の間を抜ける。


 そして――石垣が見えた。


 見慣れた石垣。


 紬が暮らしている場所を囲む、あの石垣だ。


 その石垣の内側には、淡い光が満ちていた。


 光は地面から立ち上がるように広がり、石垣に沿って大きな輪を作っている。


 まるで、透明な壁。


 見えないけれど、確かにそこにある。


 動物が近づいても、その光の壁を越えることはない。


 けれど。


 景色が変わる。


 光の壁を越える。


 そして――石垣を飛び越える。


 その瞬間。


 空気が変わった。


 森そのものは、さっきと同じように見える。


 木々もある。


 草もある。


 秋の色に染まった葉もある。


 けれど。


 どこか違う。


 重い。


 息をするだけで、空気が身体にまとわりつくような感覚。


 そして。


 木々の向こうから、大きなものが現れた。


 黒い。


 とても大きい。


 四本の足で地面を踏みしめながら、ゆっくりと歩いている。


 その姿は、熊に似ていた。


 けれど――熊ではない。


 身体の形が、どこかおかしい。


 脚が太すぎる。


 爪が長い。


 頭部も、紬が知っている動物とは違っていた。


 ただ歩いているだけなのに。


 その存在だけで、森の空気が震えているように感じる。


「……」


 紬は言葉を失った。


 さらに景色が進む。


 一匹。


 二匹。


 その先にも、別の生き物がいる。


 鹿に似たもの。


 狼に似たもの。


 猿に似たもの。


 鳥に似たもの。


 けれど、どれも紬が知っている動物とは違っていた。


 身体の一部が不自然に大きかったり。


 脚の数や形がおかしかったり。


 角がねじれていたり。


 翼が歪んでいたり。


 どこかが欠けているようなものまでいる。


 それなのに。


 共通しているものがあった。


 ――生気がない。


 歩いている。


 動いている。


 生きている。


 なのに。


 そこに「生きよう」というものが感じられない。


 ただ、ゆっくり。


 ただ、重たそうに。


 何かに引かれるように歩いている。


 紬は、その光景を見つめた。


「……なんで」


 声が震える。


「どうして……」


 怖い。


 確かに怖い。


 けれど、それ以上に。


 悲しい。


 そんなふうに感じた。


 隣を見る。


 いつの間にか、ルーチェがいた。


 いつもなら元気に飛び回っている虹色の羽が、今日は小さく縮こまっている。


「……ルーチェ」


 ルーチェは、少し悲しそうにその景色を見ていた。


「……ギョ」


 小さな声。


 紬には、その声の意味は分からない。


 けれど。


 何となく。


 今は、ルーチェのそばにいたいと思った。


 紬はそっとルーチェを抱き寄せる。


「……大丈夫」


 そして、もう一羽。


 眠っている小鳥も、そっと抱き上げる。


「この子も」


 小さな身体を、優しく胸元へ寄せる。


 なぜそうしたのか。


 紬自身にも、よく分からなかった。


 ただ。


 今見た景色を、この二羽に重ねたくなかった。


 ルーチェが小さく身を寄せる。


「ギョ……」


 その声は、やっぱり少し悲しそうだった。


 アルブレーヴは、そんな二人を静かに見つめていた。


 そして。


 もう一度、角が淡く光る。


 別の景色が広がった。


 石垣の外。


 秋の森。


 赤い実。


 黄色い実。


 木の実。


 キノコ。


 枝いっぱいに実った果実。


 地面にも、落ちた木の実がいくつも転がっている。


 秋の森は、豊かだった。


 食べ物がたくさんある。


 けれど。


 そのすぐ向こうには、あの黒い影がいる。


 動物たちは周囲を警戒しながら、実りを探している。


 一匹の小さな動物が、木の実をくわえる。


 そして、急いで森の奥へ走っていく。


 別の動物は、何度も周囲を見ながら草を食べている。


 危険はある。


 それでも、外へ出る。


 食べるために。


 生きるために。


 そして――冬を越すために。


 アルブレーヴから送られてきたイメージが、ゆっくり消えていく。


 紬はしばらく何も言えなかった。


「……そっか」


 ようやく、小さく呟く。


「外は危ないけど……食べ物は、いっぱいあるんだ」


 アルブレーヴが、静かに紬を見る。


「だから、みんな外へ行くの?」


 返事はない。


 ただ、その瞳が静かに細められた。


 紬は考える。


 安全な石垣の内側。


 豊かな実りのある外側。


 その間にある、見えない光の壁。


 そして、その向こうにいる魔物。


「……なるほど」


 全部は分からない。


 魔物がなぜあんな姿をしているのかも。


 なぜ無気力なのかも。


 あの光の壁が何なのかも。


 まだ、何も分からない。


 でも。


「外に行くなら……気をつけないとね」


 紬は小鳥を見た。


 それから、ルーチェを見る。


「ルーチェも」


「ギョ……」


 ルーチェが小さく鳴く。


「……私も」


 紬は苦笑した。


「この前みたいに、無茶しないようにしないと」


 自分の膝を触る。


 もう痛くはない。


 それでも、さっきまでそこにあった傷を思い出す。


 森は、優しいだけじゃない。


 けれど。


 怖いだけでもない。


 食べ物があって。


 眠れる場所があって。


 小さな命が、安心して暮らしている場所もある。


 そして、その外には。


 知らないものが、たくさんいる。


「……まだまだ、知らないことだらけだなぁ」


 紬は小さく笑った。


 ルーチェが、紬の腕の中でもぞりと動く。


「ギョ」


「うん」


 紬は、その小さな頭をそっと撫でた。


「少しずつ、知っていこう」


 外の森では、秋の風が木々を揺らしていた。


 豊かな実りを抱えながら。


 その奥に潜むものを、静かに隠すように。

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