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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第51話 小さな命の、その先

第51話 小さな命の、その先


 紬は、目の前に置かれた赤い液体を見つめていた。


 先ほどまで黒かった液体。


 アルブレーヴの角から放たれた光が混ざったことで、今は深い赤色へと変わっている。


「……これが、薬?」


 そっと器を持ち上げる。


 液体は、わずかに揺れていた。


 紬は一度、深呼吸をする。


「お願い……効いて」


 そして、本を開いた。


 白いページに、文字が浮かび上がる。


【名称】アルブレーヴの特別レシピポーション

【分類】特殊ポーション

【属性】光

【状態】良好

【効果】魔獣の毒による中毒症状を治癒

【対象】光属性の生物

【使用方法】全身に満遍なく塗布

【治癒の証】液体が透明になる

【備考】アルブレーヴの光の力を含む


「……魔獣の毒に効く」


 紬は文字を何度も確認した。


「よかった……」


 ようやく、少しだけ肩の力が抜ける。


 でも。


 まだ安心するには早い。


 紬は器を置き、小鳥のそばへ移動した。


「ごめんね。ちょっと触るよ」


 白い羽毛に、そっと液体を塗っていく。


 傷の周り。


 翼。


 背中。


 お腹。


 できるだけ全身へ、薄く伸ばしていく。


 すると――。


 赤かった液体が、少しずつ色を失っていった。


「……あ」


 赤。


 薄い赤。


 そして――。


 透明。


 紬の目の前で、液体が完全に透明になった。


「……透明になった」


 紬は本を見る。


 表示は変わっていない。


 けれど。


 小鳥の呼吸が、少しずつ穏やかになっている。


「……効いたんだ」


 紬は、その場に座り込んだ。


「よかったぁ……」


 今度こそ、大きく息を吐いた。


 小鳥は目を閉じたまま。


 けれど、さっきまでの苦しそうな呼吸ではない。


 すぅ……。


 すぅ……。


 静かな寝息が聞こえる。


「……寝てるんだ」


 紬は、ほっと息を吐いた。


 けれど、本当に大丈夫なのだろうか。


 紬はもう一度、《知識と生存》を開いた。


 小鳥へ意識を向ける。


 白いページに、文字が浮かび上がった。


【種族】シロエナガ

【属性】光

【状態】安定

【傷】治癒済み

【中毒】治癒済み

【体力】低下

【備考】休息が必要


「……安定」


 紬は、その文字をじっと見る。


「傷も……治ってる」


 中毒も治癒済み。


 体力は落ちているけれど、今は休めばいい。


「よかった……」


 今度こそ、紬は大きく息を吐いた。


 張りつめていたものが、ようやくほどけていく。


 その瞬間だった。


「……っ」


 膝に、じわりと痛みを感じた。


「……あれ?」


 紬は自分の膝を見る。


 そういえば。


 森の中を走っている途中、転んだんだった。


「……私も怪我してたんだ」


 今まで小鳥のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。


 よく見ると、膝だけではない。


 頬にも細い擦り傷。


 腕にも、枝に引っかけた跡がいくつも残っている。


「……痛い」


 安心したからだろうか。


 さっきまで気にならなかった傷が、急に痛く感じ始めた。


「私も薬塗らなきゃ」


 紬が傷を確認していると――。


「ギョ……」


 小さな声が聞こえた。


「ん?」


 ルーチェを見る。


 ルーチェは紬の腕を見て、それから頬を見る。


「ギョ……ギョー……」


 いつもの大きな声ではない。


 心配しているような、小さな声。


「ルーチェ?」


 ルーチェは、紬の怪我を指すように翼を動かした。


「……ああ」


 紬は少し笑う。


「これ?」


「ギョ」


「大丈夫だよ。これくらいなら――」


 そう言いかけたときだった。


 アルブレーヴが、紬の前へ歩み出た。


「……?」


 白い角が、ゆっくりと動く。


 そして――。


 ふるり。


 角が振られた瞬間。


 白い光が、ひとつ飛び立った。


「わ……」


 小さな光。


 それは、まるで蝶々のようだった。


 ひらひらと空中を舞いながら、紬へ近づいてくる。


 頬へ。


 腕へ。


 そして、膝へ。


 傷のある場所へ、そっと触れる。


 すると――。


 しゅわっ。


 白い光が、傷に触れた瞬間、溶け込むように消えた。


「……え?」


 紬は頬に手を当てる。


 痛くない。


 腕を見る。


 擦り傷がない。


「……膝も?」


 恐る恐る触れてみる。


 さっきまで痛かった場所。


 そこにも、傷は残っていなかった。


「……治ってる」


 紬は何度か膝を動かしてみる。


「痛くない……」


 思わずアルブレーヴを見る。


 白い獣は、静かに紬を見つめていた。


「アルブレーヴ……」


 紬は、自分の頬と腕、それから膝をもう一度確認する。


「治してくれたの?」


 アルブレーヴは答えない。


 ただ、ゆっくりと瞬きをした。


「……ありがとう」


 紬は小さく笑った。


「私まで助けてもらっちゃったね」


「ギョ……」


 ルーチェも、ほっとしたように小さく鳴いた。


 小鳥の寝息が、静かな部屋に響いている。


 そして、紬は小鳥に視線を向けて、考える。


「……この子、どうして怪我したんだろう」


 助けることに必死で、そこまで考える余裕がなかった。


 けれど、本には確かに書かれていた。


【原因】魔物による負傷


「……魔物ってなんだろ?」


 紬は首を傾げた。


 この世界に来てから、知らないことばかりだ。


 だったら――。


 紬は、隣にいる二人を見る。


「そういえば、この子たち……やけに賢いんだよね」


 ルーチェ。


 そして、アルブレーヴ。


 言葉は通じなくても、意思はちゃんと伝わる。


「だったら……」


 紬は二人を見つめた。


「この子がどうして怪我したのかも、知ってるかな」


「ルーチェ、知ってる?」


「ギョ……」


 ルーチェがアルブレーヴを見る。


 紬も、その視線を追う。


「アルブレーヴも……知ってる?」


 白い獣は、静かに紬を見つめている。


 紬は少しだけ姿勢を正した。


「……教えてくれる?」


 部屋の中が静かになる。


 小鳥の寝息だけが、かすかに聞こえていた。

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