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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第49話 小さな命

第49話 小さな命


 紬は、ルーチェの後を追って走っていた。


「待って、ルーチェ!」


 雑木林の中を抜けていく。


 足元には枯葉や小さな枝が落ちている。


 転ばないように足元を確認しながら、それでもルーチェを見失わないように走る。


「ルーチェ、どうしたの?」


 いつものルーチェとは、明らかに様子が違う。


 飛んでは、少し先へ進み。


 また立ち止まって、きょろきょろと周囲を見回している。


 何かを探している。


 そんな様子だった。


「何を探してるの……?」


 紬には分からない。


 それでも、ルーチェが何かを求めていることだけは伝わってくる。


 しばらく追いかけていると――


「ギョェー!!」


 ルーチェが突然、大きな声で鳴いた。


「えっ?」


 紬が顔を上げる。


 その先に――


 石垣が見えた。


「……石垣?」


 ルーチェはそのまま地面へ降り立った。


 そして、


「ギョエ……ギョエ……」


 鳴きながら、枯葉をかき分け始める。


「ルーチェ?」


 紬が追いつく。


 ルーチェは一度だけ紬を振り返った。


 そして――


「ギョエェェェ!!」


 ひときわ大きく鳴いた。


「どうしたの?」


 紬はルーチェへ近づいていく。


 すると――


「……え?」


 ルーチェの足元。


 枯葉の中に、何かがいる。


 白いものが、小さくうずくまっていた。


「小鳥……?」


 紬は驚いて、しゃがみ込む。


 そっと近づく。


 その身体に――


 赤いものが見えた。


「……血だ」


 白い羽に、赤い血がついている。


「どうしたの……?」


 紬は小鳥へ手を伸ばしかけて、止める。


 怖がらせないように。


 傷つけないように。


 小鳥は目を閉じたまま、動かない。


 よく見ると、胸がほんの少し上下している。


「……息、してる」


 けれど、その呼吸はとても浅い。


 紬はルーチェを見る。


 ルーチェは小鳥のそばから離れず、紬をじっと見つめていた。


「……助けて、って言ってるの?」


「ギョ……」


 ルーチェが小さく鳴いた。


 紬には、それが返事のように聞こえた。


「分かった」


 紬は急いで持っていたタオルを取り出す。


 小鳥の身体をそっと包み込む。


 できるだけ揺らさないように。


 できるだけ温かく。


「大丈夫だからね」


 小鳥は目を覚まさない。


 紬はその身体を両手で支えながら、ゆっくりと立ち上がった。


「ルーチェ!」


「ギョ!」


「家まで案内して!!」


 紬が叫ぶ。


 ルーチェはすぐに羽を広げた。


「ギョエッ!」


 飛び立つ。


 紬もその後を追った。


 腕の中には、小さな命。


 その命を助けるために――


 紬は走り出した。


* * *


 ルーチェは、家までの最短距離を選ぶように飛んでいた。


「待って、ルーチェ……!」


 紬は、その後を必死に追いかける。


 雑木林の中を駆け抜ける。


 足元には枯葉や小さな枝が落ちている。


 転ばないように足元を確認しながら、それでもルーチェを見失わないように走る。


 枝が腕や頬に当たる。


「っ……」


 両手は塞がっている。


 抱えている小鳥を揺らさないようにすることだけで精一杯だった。


 枝で腕や頬にかすり傷ができても、そんなことを気にしている余裕はない。


「ルーチェ……!」


「ギョッ! ギョエ!」


 ルーチェが振り返り、急かすように鳴く。


「分かってる……!」


 紬は息を切らしながら、それでも足を止めない。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 自分の荒い呼吸音が耳に響く。


 苦しい。


 それでも走る。


 ルーチェがまた前へ向き直る。


「ギョエ!」


 まるで、あと少しだと伝えているようだった。


 紬は大きく息を吸い、呼吸を落ち着かせようとする。


 けれど、足は止めない。


 腕の中の小鳥を見下ろす。


「大丈夫だから……もう少しだけ待ってて」


 小鳥は目を閉じたまま、かすかに胸を上下させている。


 その姿を確認すると、紬はもう一度前を向いた。


 そして――


「……見えた!」


 前方の木々の向こうに、石壁と家が見えてきた。


 あと少し。


 紬は最後の力を振り絞る。


 ルーチェが先に家へ向かって飛んでいく。


 紬もその後を追い――


 急いで家の中へ駆け込んだ。


 するとルーチェが、いつもの寝床へ向かって飛んでいった。


 嘴と足を使って、自分の寝床をずるずると引っ張り出す。


「……ルーチェ?」


「ギョッ! ギョエ!」


 紬を振り返り、寝床のそばで鳴く。


「そこに寝かせるの?」


「ギョ!」


 紬は急いで駆け寄った。


 タオルに包んだ小鳥を、そっと寝床へ寝かせる。


「ゆっくり……」


 小鳥の傷に触れないよう、慎重に身体を横たえる。


 ルーチェはすぐに小鳥のそばへ寄った。


 そして、タオルごと小鳥を包み込むように身体を寄せる。


「……温めてるの?」


「ギョ……」


 小さな身体を傷に触れさせないようにしながら、ルーチェがじっと小鳥のそばにいる。


 紬はその姿を見つめた。


「……どうしよう」


 頭の中が真っ白になる。


 血が出ている。


 呼吸も浅い。


 目も開かない。


「どうしたら……」


 こんなとき、どうすればいい?


 元の世界なら病院へ連れていく。


 けれど、ここには病院なんてない。


「……私が、何とかしないと」


 紬は慌てて立ち上がった。


 まだ消えていなかった火へ薪をくべる。


 ぱちっ。


 炎が大きくなる。


「お湯……」


 何かに使えるかもしれない。


 紬は大木の水を汲みに行く。


 急いで水を持ち帰ると、火にかける。


 しばらくすると、湯気が立ち始めた。


「よし……」


 紬はお湯を用意すると、急いで《知識と生存》を開いた。


「お願い……何か、使えるもの……」


 ページをめくる。


 薬草。


 薬。


 傷。


 治療。


 今まで集めてきた知識の中に、小鳥を助けられるものがないか。


 紬は必死にページを探した。


「傷……治療……薬……」


 今まで調べたもの。


 採ってきたもの。


 何か使えるものがないか、必死に探す。


「あった!」


 目に入ったのは――


 マナハーブ。


 そして、ボンヌオドール。


「これなら……」


 紬は二つを手に取った。


 時間がない。


 考えている暇もなかった。


 まずは、すでに火にかけて沸かしていた大木の水の中へ、マナハーブとボンヌオドールを入れてみる。


「お願い……」


 少し待つ。


 湯気が立ち上る。


 紬は急いで本を開いた。


「どう……?」


 ページが淡く光る。


【状態】通常のお茶

【薬効】なし

【備考】加熱により薬効が失われている


「……え?」


 紬は固まった。


「薬効……なくなった?」


 マナハーブも。


 ボンヌオドールも。


 どちらもただのお茶になってしまっている。


「……駄目か」


 紬は唇を噛んだ。


 すぐに次の方法を考える。


「熱が駄目なら……」


 今度はカチワリの器を取り出した。


 二つの植物を入れる。


 石を使って、すり潰していく。


 ゴリ……。


 ゴリ……。


 緑色の葉と、ボンヌオドールが混ざっていく。


「混ぜたら……どうかな」


 紬は本を開いた。


 ページが光る。


【状態】ポーションのなり損ない

【効果】不安定

【使用】推奨しない


「……」


 紬は頭を抱えた。


「なり損ないって……」


 どうすればいい。


 小鳥は今もルーチェの寝床で横たわっている。


 時間がない。


「熱は駄目」


 一度目。


「そのまま混ぜるだけでも駄目」


 二度目。


 紬はカチワリの器を見つめる。


 中には、すり潰した二つの植物。


 そして――


「……水?」


 紬は大木の水を見た。


 いつも飲んでいる水。


 その水について、本にはいくつもの情報が書かれていた。


「大木の水なら……」


 紬は器を手に取る。


 そして、少しずつ水を加えていく。


 一滴。


 また一滴。


 緑色だった中身が、ゆっくりと水と混ざっていく。


「……ん?」


 色が変わった。


 緑から――


 淡い水色へ。


「水色……?」


 紬は目を見開く。


 急いで本を開いた。


 ページが淡く光る。


【名称】初期ポーション

【状態】良好

【効果】小規模な外傷の治療

【治癒範囲】約10cm程度の切り傷

【備考】傷口へ直接塗布すること


「……あった」


 紬の顔が上がる。


「これなら……!」


 器を持って、急いで小鳥のもとへ向かう。


「ルーチェ!」


「ギョ!」


 ルーチェは小鳥のそばに寄り添ったままだった。


「ちょっとだけ、どいてね」


 紬はそっと小鳥を包んでいたタオルを開く。


「……」


 白い羽の中に、赤い傷が見える。


「これか……」


 紬は震える手を抑えながら、初期ポーションを指先に取る。


「痛いかもしれないけど……」


 小鳥の傷に、そっと塗る。


 できるだけ刺激しないように。


 少しずつ。


「お願い……効いて」


 水色の液体が、白い羽の間へ染み込んでいく。


 紬は息を止めるようにして、その様子を見つめていた。


 ルーチェも、じっと小鳥を見つめている。


 小さな胸が、かすかに上下していた。


 しばらくすると――


 赤い血がにじんでいた傷から、血が出なくなった。


「……!」


 紬は目を見開く。


「止まった……」


 確かに、出血が止まっている。


 ポーションは効いている。


 けれど――


「……あれ?」


 小鳥は目を覚まさない。


 胸は上下している。


 けれど、その呼吸はまだ荒い。


「どうして……?」


 紬は小鳥の身体にそっと触れる。


 まだ温かい。


 生きている。


 なのに、目を開けない。


「傷は治ってるのに……」


 紬は急いで本を開いた。


「お願い……もう一度調べて」


 小鳥へ手をかざす。


 ページが淡く光った。


【種族】シロエナガ

【属性】光

【状態】衰弱

【傷】回復中

【原因】魔物による負傷

【症状】中毒症状発生


「……中毒?」


 紬の顔から、少しずつ表情が消えていく。


「魔物による……怪我……」


 さっきの爪痕が頭をよぎる。


 小鳥が逃げてきた理由。


 白い羽についた血。


 そして、今も続いている荒い呼吸。


「毒……ってこと?」


 紬は小鳥を見る。


「でも……どうしたらいいの?」


 ページをめくる。


 薬。


 治療。


 毒。


 解毒。


 必死に探す。


 けれど、今の紬には何を使えばいいのか分からない。


「解毒するには……何が必要なの?」


 ページをめくる。


 まためくる。


 それでも答えが見つからない。


「……分からない」


 紬の手が止まった。


 小鳥の荒い呼吸だけが聞こえる。


「傷は治せたのに……」


 紬は小鳥の小さな身体を見つめる。


「これ以上、何をすればいいの……?」


 答えが出てこない。


 知識の本を開いているのに。


 いつもなら、知らないことを教えてくれる本なのに。


 今は――


 目の前の小さな命を助ける方法が分からない。


「……どうしよう」


 紬はその場に座り込んだ。


 小鳥を包んだタオルに、そっと手を添える。


「お願い……」


 声が小さくなる。


「どうしたらいいの……」


 ルーチェは何も言わず、小鳥のそばに寄り添っていた。


 部屋には、火が薪を燃やす小さな音と――


 小鳥の荒い呼吸だけが残った。

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