第47話 冬を包むもの
第47話 冬を包むもの
紬は、ブルーバンブーのベッドの上に広げた赤い糸を眺めていた。
淡い赤色の糸に、白い鹿さんの毛を少しずつ巻き込みながら、かぎ針を動かしていく。
一目。
また一目。
「……うん。だいぶ大きくなってきた」
編み目を指先で確認する。
赤い糸の中から、白い毛がふわふわと顔を出している。
見た目にも暖かそうだ。
紬はそのまま、しばらく編み続けた。
けれど――
「…………」
一目。
もう一目。
「……ちょっと飽きてきたかも……」
紬は、かぎ針を止めた。肩を回しながら
「ずっとこればっかりは疲れるなぁ」
まだ完成までは少しかかりそうだ。
紬は編みかけのブランケットを横へ置いてぼーとする
ふと思いつく。
「……そうだ」
タイタンサーモンの皮。
それから、これまでカチワリを食べたときに取っておいた、中の繊維。
「これで掛け布団、作れるんじゃない?」
皮を大きく繋げて袋にする。
そこへカチワリの繊維を詰めれば、ふっくらした掛け布団になりそうだ。
「……うん。やってみよう」
思いついたら、じっとしていられない。
「カチワリ、もう少し取ってこようかな」
紬は籠を手に取った。
「ついでに食料も探して、薪も拾ってこよう」
今日は、ちょっとした散歩だ。
* * *
森へ入ると、秋の風が頬を撫でた。
夏よりも少しひんやりしている。
木々の葉も、少しずつ色を変え始めていた。
「秋だなぁ……」
紬は空を見上げる。
日差しはまだ暖かい。
けれど、朝夕には冬の気配を感じるようになってきた。
「冬が来る前に、色々準備しないとね」
「ギョ」
ルーチェが返事をするように鳴いた。
紬は森を歩きながら、食べられそうなものを探していく。
いくつか見つけたものを籠へ入れ、薪になりそうな枝も拾っていく。
そして――
「あった」
カチワリだ。
ごつごつとした茶色い殻。
「これなら、もう少し綿が取れる」
一つ。
さらに探す。
二つ。
そして少し離れた場所で、もう一つ。
「三つあれば、結構取れるかな」
カチワリを籠へ入れる、結構な重さになるが何とか持てる
薪を拾いながら歩いていると――
「……ん?」
拾い上げた枝の先に、何かが付いていた。
透明に近い、少し黄色がかったもの。
ドロッとしている。
「何これ……?」
紬は顔を近づける。
ゆっくりと垂れそうになっている。
「……樹液?」
周囲を見回す。
すると、少し先に同じような木があった。
幹から、ドロッとしたものが流れ出している。
「この木から出てるんだ」
紬は近づいて、木を見上げた。
そして本を開く。
ページが淡く光った。
【名称】ブージー
【分類】樹木
【特徴】年に一度、秋になると樹液を分泌する。
【生態】樹液で自身を包み、冬の寒さから身を守る。
【その他】樹液は冬の間、動物の保存食となる。
【味】美味しくはない。
【循環】春になると樹液は溶け、木の養分となる。
「へぇ……」
紬は木を眺めた。
「自分で冬支度するんだ」
秋に樹液を出し、それで身体を包む。
その樹液は、冬の間は動物たちの食料になる。
そして春になれば溶けて、木自身の養分になる。
「ちゃんと無駄がないんだなぁ」
感心しながら樹液を見ていると、紬はふと思った。
「これ……何かに使えそう」
そこで、籠の中のカチワリを見る。
「そうだ」
紬はカチワリを一つ取り出した。
ゴッ。
ゴッ。
パキッ。
硬い殻が割れる。
中の実と繊維を取り出す。
空になった殻を手に取って、樹液が垂れてきそうな場所へ置いた。
「これなら器になるよね」
少し離れて確認する。
「ここなら、樹液が溜まりそう」
紬は満足そうに頷いた。
「次に来たとき、見てみよう」
そして籠を持ち直す。
「よし。帰ろう」
「ギョ」
* * *
家へ戻った紬は、まず編みかけのブランケットを手に取った。
「よし。こっちを先に終わらせよう」
かぎ針を動かす。
一目。
また一目。
赤い糸に白い鹿さんの毛を巻き込んでいく。
そして――
「……できた」
最後の一目を編み終えた。
紬はブランケットを両手で持ち上げる。
ふわっ。
淡い赤色の中に、白い毛が細かく混ざっている。
光が当たると、赤い糸が柔らかく輝いた。
「……綺麗」
紬はその場でブランケットを大きく広げた。
そして、そのまま身体に巻きつける。
くるん。
「……あったかい」
白い毛が頬に触れる。
ふわふわしていて気持ちいい。
紬はブランケットに包まれたまま、少しだけその場に立っていた。
「これ、いいな……」
思わず笑みがこぼれる。
でも――
「……もう一個、作らないと」
紬はブランケットをそっと畳んだ。
次は掛け布団だ。
タイタンサーモンの皮を広い場所へ運ぶ。
何枚も並べてみる。
「これだけだと小さいな」
だから、一枚ずつ繋いでいく。
針はない。
紬は黒曜石を手に取った。
皮の端に、少しずつ穴を開けていく。
ぷつ。
ぷつ。
穴の位置を揃える。
次に、タイタンサーモンの糸を撚って作った紐を取り出した。
「これで繋げよう」
開けた穴へ紐を通す。
きゅっ。
また次の穴へ。
きゅっ。
一枚ずつ。
時間をかけて繋げていく。
「……結構、大変」
それでも少しずつ形になっていく。
やがて――
大きな長方形の皮になった、紬はそれを半分に折る。
「ここを繋げれば……袋になる」
周囲を同じように紐で繋いでいき、最後に、袋をひっくり返した。
「よし」
これで中へ詰められる、紬はこれまで集めておいたカチワリの繊維を持ってきた。
さらに、今日取ってきた三個分も加える。
「結構あるな」
これまで少しずつ貯めてきたものが、かなりの量になっている。
紬は、それを少しずつ袋へ入れていった。
ぎゅっ、ぎゅっ、袋がふくらんでいく。
「まだ入る」
さらに詰める。ふっくらしてきた。
けれど、触ってみると――
「……やっぱり硬い」
カチワリの繊維は、そのままだと細かな繊維が絡み合っている。
「これ、ほぐさないと駄目だよね」
紬は少し考えた。
そして、木の棒を手に取る。
「……叩いてみよう」
袋を床に置く。
そして――
ボスッ。
「……」
もう一度。
ボスッ。
木の棒で袋全体を軽く叩いていく。
ボスッ。
ボスッ、ボスッ。
「……このくらいかな」
紬は袋の中へ手を入れた。
「あ……」
さっきより柔らかい。
絡み合っていた繊維がほぐれて、ふんわりしている。
「いい感じ」
もう少しだけ叩く。
ボスッ。
ボスッ。
全体を確認して――
「うん。これなら大丈夫」
最後に袋の口を閉じる。
黒曜石で穴を開け、そこへ撚ったタイタンサーモンの糸を通していく。
きゅっ。
一つ。
また一つ。
少しずつ口を閉じていく。
そして最後の穴を通し終える。
「……完成」
紬は大きな掛け布団を両手で持ち上げた。
思っていたよりも、ずっとふっくらしている。
「ちゃんと掛け布団になった」
紬は嬉しそうに笑った。
その隣には、赤い糸と白い鹿さんの毛で作ったブランケット。
どちらも、自分の手で作ったものだ。
紬は二つを並べて眺めた。
「これなら……冬も越せそう」
* * *
夜。
外から吹いてくる風は、昼間よりずっと冷たくなっていた。
紬はベッドへ入る。
まず、赤い糸と白い鹿さんの毛で作ったブランケットを身体に掛ける。
ふわっ。
柔らかな毛が肌に触れる。
「……気持ちいい」
紬はブランケットに頬を寄せた。
昼間、身体を包んだときと同じ、優しい肌触り。
その上から、カチワリの繊維を詰めたタイタンサーモンの皮の掛け布団を重ねる。
ずしりとした重みが加わり、身体の周りに暖かな空気が閉じ込められていく。
「……暖かい」
すぐそばでは、ルーチェも丸くなっている。
「ルーチェも暖かい?」
「ギョ……」
小さな返事に、紬は少し笑った。
外では秋の風が木々を揺らしている。
けれど、ここにはちゃんと温もりがある。
「これなら……冬も大丈夫かな」
そう呟いて、紬はゆっくりと目を閉じた。
森の中。
ブージーの木の根元では――
ぽたり。
カチワリの殻へ、樹液が一滴落ちた。
静かな秋の夜に、小さな音だけが響いていた。




