第5話 昔に思い馳せる黒い輝き、騒がし隣人
# 第5話 昔に思い馳せる黒い輝き、騒がし隣人
「ギョエー」
鳥の鳴き声が近い
紬はパッと目を開けると足元に虹色鳥がいる
「ヒッ!!」
小さな悲鳴をあげると
バサバサと虹色鳥は飛び立ちド派手な尾をクジャクのように広げていた
攻撃などはしてこないが、はよどっか行けと鳥の顔が言っている、案外知性があるのかもしれない
「ギョウェェー!」
「もうちょとお邪魔させてよー!」
バッグに入っているアカツブの欠片1粒を1つ鳥の近くに転がすと、虹色鳥は胡散臭い顔をして(私にはそう見える)
アカツブを突っつき咥えて上の枝に飛びたった。
「なんか、頭良さそ…」
とつぶやくと上から
「ギョー」
と返事が帰ってきた迂闊なこと言えないなぁと思い
「……早く引っ越さないとな……」
枝の隙間から下を見る
昨日掃除した石壁が見える
まだ屋根はない
それでも、昨日より少しだけ綺麗になった石壁は、もうただの廃墟には見えなかった
「今日も、少しずつやろう」
紬は木から降りる。
途中にある大きなサルノコシカケに足をかける。
地面に降りる。
昨日よりも、ほんの少しだけ降りるのが上手くなった気がした。
*
地面に降りると、紬はバッグを確認した。
食料は少しずつ減っている
にんじん
じゃがいも
キャベツ
クッキー
飴
塩
そして、森で見つけたアカツブ
「朝はこれにしようかな」
赤い実を一つ取り出す。
紬は少し迷ってから、《本》を開いた。
【名称】アカツブ
【食用】可
【味覚情報】取得済 甘酸っぱい
「うん。大丈夫」
赤い実を口に入れる
「……酸っぱい」
けれど、そのあとに少し甘さが残る
「おいしい〜」
みかんほどではないけれど、一個食べるとそれなりにお腹にたまった。
「これ、朝ご飯にちょうどいいかも」
残りのアカツブを眺め
全部食べることはしないで
少しずつ大事に食べる
「さて……」
今日やることを考える
昨日の最後に決めたことは
刃物を探す。
「まずは、これだな」
紬は石壁へ向かった。
*
石壁の中には、朝の冷たい空気が残っていた。
紬は昨日見つけた炉の跡へ向かった。
黒く煤けた石。
その周りには、まだ落ち葉が残っている。
「もう少し掃除しよう」
落ち葉を手でかき分ける。
土の中から小さな石がいくつも出てくる。
その中に――
「……ん?」
一つだけ、妙に楕円の黒い石があった。
拾い上げてみると
朝の光が当たると、表面がガラスのように光った。
「普通の石じゃない……かも」
《本》を開いて確認する
黒い石に触れる。
【名称】黒曜石
【状態】破片
「黒曜石……」
名前には聞き覚えがあった。
確か、昔何かで見たことがある。
「黒曜石って……割ると、刃物みたいになるんだっけ」
少し大きめの石を拾い
黒曜石を地面に置き
慎重に石を振り下ろす。
カン。
もう一度。
カン。
カン。
突然、
パキッ。
「……!」
黒曜石が割れた。
その一部が、鋭く尖っている。
枯れ草を使って先端を確認する。
スッ。
枯れ草が切れた。
「……切れる」
紬は少し驚いた。
「でも……」
欠片を見つめる。
「手を切りそう」
紬は黒曜石の破片を布で包んだ。
「これ、使えるかもしれない」
*
昼前。
紬は黒曜石の破片を持って沢へ向かった
森の中は、朝の光で少しずつ明るくなっていた
葉の隙間から差し込んだ光が、地面にまだらな模様を作っている
風が吹き
葉と葉が擦れ合い、さらさらと音を立てた。
足元には湿った土の匂いがある
沢のせせらぎが心地よい
「……綺麗」
その時だった。
水の中に、黒いものが見えた。
「……あれ?」
手を伸ばして拾う。
濡れた石が、朝に見つけたものと同じように黒く光っていた。
「これ……」
《本》を開く。
【名称】黒曜石
【状態】自然石
紬は目を丸くした。
「やっぱり黒曜石だ」
沢の中には、他にもいくつか黒い石が混じっている。
「川にもあるんだ……」
一つだけ拾ってバッグに入れ
そして、水を汲む
ペットボトルいっぱいに水を入れる
「ふー、いい発見出来たー!」
と一息ついてふと
紬は自分の服を見下ろした
仕事帰りのままの白いシャツ
土がところどころついている
ジーンズの裾も泥で汚れていた
スニーカーも、かなり汚れている
「……結構ひどいな」
昨日からずっと森を歩き回っている
「そりゃ、汗もかくよね」
紬は沢から少し離れた木陰へ移動し
バッグの中から着替えとタオルを出し
木陰で服を脱いでサッと濡らしたタオルで身体を拭く
「冷たっ……」
まず顔を拭く
全身を、いそいで拭いて
用意してあった着替えを着る
「……気持ちいい」
服も沢の水でザバザバと洗い、
大きめの岩にぺたんと張りつけ乾かす
風もあるのでそれなりに乾くだろう!
頭も濡れたタオルで拭いていく
さっぱりして乾かしている服を横目に
沢を眺める。
「なかなかいい場所に来たかも」
水があるし
作業もできる
身体を拭くこともできる
木陰もある
少し歩けば食べられるものもある
ただの沢だった場所が、少しずつ生活の一部になっていた。
*
石壁へ戻ると
持って帰った黒曜石を炉跡の近くに置く。
そして、朝に作った黒曜石の刃を手に取る。
「……これなら、切れるかな」
近くにある木の表面に黒曜石の刃を当ててみる
スッ。
「……!」
表面に浅い傷がついた。
もう一度。
スッ。
少しずつ削れていく
「切れる……」
でも、思ったより難しい。
黒曜石の刃は薄く、力を入れすぎると割れてしまいそうだった。
「焦らないほうがいいな」
今日はここまでにする。
試しは出来た方法も分かった。
隣には、乾かしているフクベがある。
まだ青い。
「こっちも、早く使えるようになるといいな」
*
夕方。
紬はバッグを開けた
食料を確認する
にんじん
じゃがいも
クッキー
飴
塩
そして、少し残ったアカツブ
キャベツを取り出す。
「今日はキャベツにしよう」
一枚ちぎる。
水で軽く洗う。
塩を袋から少しだけ取る。
ぱらり。
キャベツに振りかける。
「いただきます」
ぱりっ。
「……おいしい」
塩気があるだけで、少し食べやすい。
当たり前のキャベツ。
いつも食べていた味。
それなのに、今は少し特別に感じた。
紬は塩の袋を閉じる。
「まだいっぱいある」
「使いすぎないようにしないと」
食べ終わったあと、紬は小さな畑を見る。
ネギが風に揺れている。
「あ……」
今日持って帰った水を
ネギの根元にゆっくり水をかける
「今日も元気に育ってね」
水が土に染み込んでいく。
小さな緑の葉が、風に揺れた。
紬はしばらく眺める。
「……昨日より伸びた気がする」
気のせいかもしれない。
でも、少し嬉しかった。
*
日が沈み始める。
森の中が少しずつ暗くなっていく。
木々の隙間から見える空が、青から薄い紫へ変わっていた。
沢の音が、遠くからかすかに聞こえる。
紬は今日作った黒曜石の刃を見る。
まだ小さくて、不格好。
それでも、自分で作った最初の道具だった。
「明日は、もう少し上手くできるかな」
視線を石壁へ向ける。
屋根はまだない。
床も完璧じゃない。
でも、昨日より少しだけ家に近づいている。
紬はフクベを見る。
ヤマダケを見る。
そして、ネギを見る。
「……一個ずつだな」
今日もやることはたくさんあった。
けれど、昨日よりできることが増えている。
紬は黒曜石を大切にしまった。
「明日は、ヤマダケをちゃんと切ろう」
そう呟いて、木の上へ向かう。
途中、大きなサルノコシカケに足をかける。
枝の上に座る。
下を見る。
暗くなった森の中に、石壁だけがぼんやりと浮かんでいる。
「ギョー」
遠くから鳥の残念な声が聞こえる
「……早く、あそこで寝たいな」
そう思いながら、紬は枝に身体を預けた。
森の夜は静かだった。
遠くで鳥ではない何かの声が、一度だけ聞こえた。
紬は目を閉じる。
明日は、ヤマダケを切る
その先には、水を持ち運べる日が待っている
少しずつ。
本当に少しずつ。
紬の森での暮らしは、形になり始めていた。




