第45話 赤い糸を編む
第45話 赤い糸を編む
紬は昨日作ったばかりのかぎ針を手に取った。
隣には、籠いっぱいに入っていた赤い糸。
「よし……」
紬は赤い糸を何本かつまむ。
かぎ針に糸を引っ掛け、ゆっくりと編み始めた。
「……こうだったよね」
指先を動かす。
糸を引っ掛けて、くぐらせる。
ひとつ。
またひとつ。
小さな編み目が、少しずつ増えていく。
最初は少しぎこちなかった。
けれど、何度か編んでいるうちに、昔の感覚が戻ってきた。
紬には、編み物をした経験がある。
といっても、特別上手だったわけではない。
何年かに一度、百円ショップで毛糸を買う。
そして冬になると、自分用のマフラーを編んでいた。
時間はかかる。
途中で編み目を間違えて、ほどいてやり直すこともあった。
それでも、少しずつ形になっていくのが好きだった。
最後まで編み終わり、自分で作ったマフラーを首に巻いたとき。
ほんの少しだけ、嬉しくなる。
「……まさか、こんなところで役に立つなんて」
紬は小さく笑った。
昔は自分のために編んでいた。
けれど、今は――
「まずは、ルーチェのかな」
紬は赤い糸を見つめた。
冬はもうすぐそこまで来ている。
小さな身体のルーチェにも、暖かい場所があったほうがいい。
「寒くなってきたもんね」
「ギョ」
ルーチェが返事をするように鳴いた。
「じゃあ、作ろうか」
紬は編み目を増やしていく。
円になるように、少しずつ広げていく。
何度か編み直しながら、形を整えていく。
「……うん」
少しずつ、籠のような形になってきた。
赤い糸が重なり、柔らかな小さな器になっていく。
「もう少し……」
最後の部分を編み終える。
「できた!」
紬は小さな籠を持ち上げた。
少し歪んでいる。
けれど、自分で作ったものだ。
「初めてにしては……いいかな」
紬が床へ置く。
すると、
「ギョ!」
ルーチェがすぐに飛び込んだ。
「ふふっ」
中で身体を丸めたり、羽を広げたりしている。
「気に入った?」
「ギョ……」
どうやら、かなり気に入ったらしい。
紬はその様子を見ながら笑った。
「よかった」
ルーチェが気持ちよさそうにしているのを見ていると、紬まで嬉しくなる。
けれど――
「……ちょっと疲れたな」
細かな作業を続けていたせいか、肩が少し凝っている。
「少し休憩しよう」
紬はかぎ針を置いた。
そして、新しく作ったブルーバンブーのベッドへ、ごろんと横になる。
「……ふぅ」
身体を預ける。
ブルーバンブーが、しなやかに身体を受け止めてくれる。
秋の風が、頬を撫でていく。
紬は空を見上げた。
ベッドのそばには、さっき作った赤い糸のバスケット。
その中には、虹色の鳥――ルーチェがいる。
ルーチェは仰向けになり、身体をすっかりバスケットへ預けていた。
「……ふふ」
紬は思わず笑う。
「ルーチェ、何してるの?」
「ギョ……」
起き上がる気配はない。
「そんなに気持ちいいんだ」
紬はもう一度笑った。
自分が作ったものの中で、ルーチェが気持ちよさそうにしている。
それだけで、なんだか疲れが抜けていく気がした。
しばらくして、紬は身体を起こす。
「さて……」
今度は自分の冬支度だ。
紬は、鹿さんからもらった白い毛を取り出した。
ふわふわとしていて、とても柔らかい。
「これも一緒に使ってみようかな」
赤い糸に、白い毛を少しずつ巻き込みながら編んでいく。
赤い編み目の間から、白い毛がふわりと顔を出す。
「……わぁ」
まるで雪が積もっているみたいだった。
「これなら、暖かそう」
紬は少しずつ編み目を増やしていく。
赤い糸。
白い鹿さんの毛。
ふたつが重なり、柔らかな一枚の布になっていく。
編むたびに、少しずつ大きくなる。
「もう少し……」
時間を忘れて、紬は手を動かした。
けれど――
「……あれ?」
ふと、籠を見る。
「こんなに減ってたんだ」
赤い糸は、思っていたよりも早くなくなっていた。
紬は編みかけのものを広げてみる。
まだ、十分な大きさにはなっていない。
「これじゃ……足りないな」
残った赤い糸を手に取る。
「どうしよう……」
紬はしばらく考えた。
そして、今日通ってきた沢を思い出す。
沢には、まだ赤い糸が流れていた。
「……まだ残ってるかな」
もし残っているなら。
もう少しだけ、拾ってきてもいいかもしれない。
外へ目を向ける。
昼間は暖かかった空気も、夕方になるにつれて少しずつ冷たくなっていた。
秋の夕暮れは早い。
森の向こうへ太陽が沈み始めると、空がゆっくりと橙色から藍色へ変わっていく。
虫たちの声も、昼間とは少し違って聞こえる。
風が木々の葉を揺らす。
ひんやりとした空気が、肌を撫でていく。
「……冬、近いんだよね」
紬は自分の腕をさすった。
今はまだ耐えられる。
けれど、もっと寒くなれば、この薄い服だけでは厳しくなるだろう。
だからこそ、今のうちに準備しておきたい。
紬は編みかけのブランケットを見る。
「ちゃんと完成させたいな」
赤い糸を、そっと撫でる。
今日、タイタンサーモンたちからもらったもの。
母の愛と呼ばれた、暖かな糸。
「……まだ沢にあるといいな」
紬は残った糸を籠へ戻した。
「明日、拾いに行ってみよう」
「ギョ」
ルーチェがバスケットの中から顔を出した。
「一緒に行く?」
「ギョ!」
「ふふ。じゃあ、明日ね」
紬は編みかけのブランケットをそっと畳んだ。
外では、秋の夜が静かに深まっていく。
その夜は、少し冷たかった。
けれど――
紬の手の中には、ほんのりと温かい赤い糸が残っていた。




