第42話 淡い赤の糸
第42話 淡い赤の糸
紬は畑の前にしゃがみ込んでいた。
「そろそろ、冬の準備もしないとなぁ」
空気が少しずつ冷たくなってきた。
夏の頃と比べると、朝晩の冷え込みもはっきりと分かるようになっている。
紬は周囲を見渡した。
畑の野菜たちは、今のところ元気そうだ。
「冬になったら、みんな大丈夫かな?」
元の世界で得た知識を思い出す。
寒さから植物を守るために、根元へ枯葉や草などを敷く方法があったはずだ。
「よし。やってみよう」
紬は近くに生えている草や、落ちている枯葉を集め始めた。
両手いっぱいに集めては畑へ運ぶ。
そして、野菜の根元へふんわりと被せていく。
「これで土が少しは冷えにくくなるかな」
ひとつ。
またひとつ。
丁寧に被せていく。
最後に残ったのは、いつものネギ。
「ネギも……」
紬は手を止めた。
「寒さ、大丈夫なのかな?」
念のため、本を開く。
白い表紙をめくり、ネギについて調べてみる。
すると――
【名称】異世界のネギ
【分類】植物
【状態】良好
【食用】可
【属性】光
【適応】こちらの世界への適応完了
【耐性】寒冷耐性
【特徴】
この世界の環境に適応したネギ。
【備考】
冬の寒さ如きに負けません。
「…………」
紬は本を閉じた。
そして、畑のネギを見る。
もう一度、本を見る。
ネギを見る。
「……強くなってない?それに、適応完了って」
思わず呟いた、もちろんネギは何も答えない。
ただ、風に揺れているだけだ。
「いや……うん」
紬は苦笑する。
「元気ならいいか」
ネギには枯葉を少しだけ寄せておく。
そして、他の野菜にも同じように冬支度をしていった。
全部終わる頃には、畑のあちこちが枯葉で覆われていた。
「これでよし」
紬は腰を伸ばした。
少しだけ寒くなってきた空を見上げる。
「冬、かぁ……」
この世界に来てから、まだそんなに時間は経っていない。
それでも、季節はちゃんと巡っていく。
「今年の冬は、どうなるんだろう」
そう考えながら、紬は家へ戻った。
◇
午後。
紬は沢へ向かっていた。
「そういえば、タイタンサーモンが遡上してから、だいぶ経ったよね」
あれから、かなり時間が経っている。
そろそろ魚罠も回収しておいた方がいい。
「今は、何がいるんだろう?」
沢の様子も見ておきたかった、ルーチェもいつものようについてくる。
沢へ着くと、紬はまず魚罠を確認した。
「さて……」
罠を引き上げる。
けれど、中には魚の姿はなかった。
「やっぱり、もう遅かったか」
紬は少し残念そうに罠を見る、でもすぐに笑った。
「まあ、タイタンサーモンが取れたからね」
あの時、あれだけ大きな魚を捕まえられたのだ。
「今思えば、すごかったなぁ」
紬は罠を持ち上げた。
「今日はこれを持って帰ろう」
罠を回収して帰ろうとした、その時だった。
夕暮れが近づき、沢へ差し込む光が少しずつ赤くなっている。
水面がきらきらと輝いていた。
「……ん?」
何かが光った。
紬は足を止める。
夕日の光を受けて、何か細いものが輝いている。
「なんだろう?」
近づいてみる。
魚罠に、何かが絡まっていた。
「……糸?」
細い。
けれど、普通の糸とは少し違う、淡い赤色をしている。
夕日の光を受けるたびに、きらきらと輝いていた。
「綺麗……」
紬はそっと指で触れてみた。
「……あれ?」
ほんのり温かい。
冷たい沢の水の中にあったはずなのに。
「温かい……?」
紬は不思議そうに糸を見つめた。
そして、ふと周囲を見る。
「……え?」
罠だけではなかった。
岩の間。
流木。
水の中。
よく見れば、そこら中に淡い赤色の糸があった。
水の流れに合わせて、ゆらゆらと揺れている。
「こんなに……?」
紬はしゃがみ込んだ。
一本。
二本。
数える気にもならないほど、たくさんの糸が沢を流れている。
「前に来た時、こんなのあったっけ……?」
覚えていない。
紬は本を開いた。
赤い糸について調べる。
すると、新しい情報が浮かび上がった。
【名称】タイタンサーモンの産卵糸
【分類】生体物質
【状態】良好
【食用】不可
【特徴】タイタンサーモンが産卵時に分泌する物質。水中で糸状になる。
【効果】卵を外敵から守る。
【特殊効果】不明
「タイタンサーモンの……?」
紬は糸を見る。
「産卵する時に、こんなのを出すんだ」
卵を守るため。
そう思うと、この淡い赤色の糸が少し違って見えた。
まるで、冷たい水の中で卵を包み込むように。
「……なんだか、優しい感じがする」
紬はそっと糸を眺めた。
けれど、本の最後の項目が気になる。
「特殊効果……不明?」
紬は首を傾げた。
そして、その下にある言葉を思い出す。
「……魔力?」
聞いたことはある。
でも――
「魔力って、何?」
当然、使い方なんて知らない。
そもそも自分の中に魔力があるのかすら分からない。
「……まあ、今は分からないか」
紬は本を閉じた。
それよりも気になることがある。
赤い糸は、沢のあちこちにある。
そして、その多くが水の流れに乗っている。
紬は上流へ目を向けた。
「……上から流れてきてるんだよね」
なら――
「上流に行けば、もっとあるのかな?」
ルーチェを見る。
「どうする?」
「ギョ」
いつもの返事。
「……行ってみたいけど」
紬は空を見る。
夕暮れが近い。
「今日はもう遅いね」
無理をして上流へ行く必要はない。
「明日、見に行ってみようか」
「ギョ」
「よし、決まり」
紬は魚罠を持ち上げた。
淡い赤色の糸は、夕日の中できらきらと輝いている。
その糸がどこから来たのか。
何があるのか。
それは、まだ分からない。
紬はルーチェとともに、沢をあとにした。
明日は――
この糸が流れてくる、その先へ。




