第37話 獲れすぎ問題
第37話 獲れすぎ問題
翌朝。
紬はいつものように背負い籠を背負い、沢へ向かっていた。
「今日は……どうかな」
昨日、沢で見かけた大きな魚影。
タイタンサーモン。
まだ数は少なかった。
けれど、あれだけ大きな魚が上流へ向かっていたのだ。
もしかしたら、今日はもう少し増えているかもしれない。
そんなことを考えながら、紬は森の中を歩いていく。
木々の間から、沢の音が聞こえてきた。
さらさら……。
いつもの水音。
けれど。
沢が見えた瞬間。
「…………」
紬の足が止まった。
「…………え?」
水の中を、大きな魚が泳いでいる。
一匹。
二匹。
……違う。
もっといる。
次から次へと、大きな魚影が上流へ向かっている。
水面から背びれが出る。
また一つ。
その隣でも、魚が身体をくねらせる。
ざばっ。
ざばっ。
ざばっ。
大きな身体同士がぶつかり、水しぶきが上がる。
「…………多くない?」
昨日までは、ちらほら見える程度だった。
それなのに今日は――。
沢そのものが、魚で埋まっているように見える。
赤茶色の大きな背中が、いくつも重なっている。
流れに逆らい、魚たちは一斉に上流へ向かっていた。
その動きは力強い。
けれど、あまりにも数が多い。
魚と魚がぶつかるたび、水面が大きく揺れる。
ぬるり。
ぬるり。
大きな身体が何匹も目の前を通り過ぎていく。
「…………」
紬は思わず一歩下がった。
「……ちょっと、気持ち悪い」
「ギョ……」
隣にいたルーチェも、羽を少し広げたまま固まっている。
「昨日の比じゃないよね……」
「ギョ……」
紬とルーチェは、しばらく無言で沢を見つめた。
その間にも。
ざばっ。
また一匹。
ざばっ。
また一匹。
魚たちは休むことなく、上流へ向かっていく。
「……これ、全部タイタンサーモン?」
紬が呟く。
よく見ると、レッドアトラスの姿も混じっている。
けれど、その大半を占めているのは――。
大きな、大きなタイタンサーモンだった。
「…………多すぎる」
紬は思わず呟いた。
そして、昨日仕掛けた魚罠を見る。
「……あ」
魚罠の周りにも、魚。
入口にも魚。
魚が多すぎて、罠の中へ入るどころではない。
何匹ものタイタンサーモンが罠にぶつかっている。
がんっ。
ごんっ。
「……」
紬は魚罠を見る。
魚を見る。
もう一度、魚罠を見る。
「……これ、機能してないよね?」
「ギョ……」
ルーチェも困ったように鳴いた。
「……しょうがない」
紬は腕まくりをした。
沢を見る。
大量のタイタンサーモン。
「こうなったら――」
一度、深呼吸。
そして。
「直接、捕まえるしかないんじゃーー!」
「ギョェェェ!」
紬は沢へ飛び込んだ。
「うわっ!」
冷たい水が足元を包む。
その目の前を、大きな魚が横切った。
「待って!」
紬が両手を伸ばす。
ぬるっ。
「逃げた!」
別の魚が身体をくねらせる。
「今度こそ!」
両腕を広げる。
がしっ。
「捕まえた!」
タイタンサーモンの身体を、両腕で抱える。
「お、重っ……!」
魚が暴れる。
ばしゃっ!
「わっ!」
水しぶきが顔にかかる。
「ちょ、暴れないで!」
紬は必死に抱え直した。
その頭上を、ルーチェが飛んでいく。
「ギョーー!」
「ルーチェ、そっちお願い!」
「ギョ!」
ルーチェが急降下する。
ばしゃっ!
水面へ足を伸ばし――。
魚の尾ヒレを、がしっと掴んだ。
「ギョッ!」
そのまま翼を大きく羽ばたかせる。
ばしゃばしゃっ!
魚が水面から引きずり出される。
「すご……」
紬が呆気に取られている間にも、ルーチェは魚を沢の外へ引き揚げていく。
「ルーチェ、力持ち……」
「ギョ!」
得意げに鳴く。
「じゃあ、私も負けてられない!」
紬も次の魚へ向かう。
ざばっ。
「いた!」
両手で抱える。
「よいしょっ!」
なんとか持ち上げる。
「重いぃぃ……!」
それでも離さない。
魚を岸へ運ぶ。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、次の魚を見る。
「……まだいる」
沢は相変わらず、魚でいっぱいだった。
「……本当に多いなぁ」
紬は少し遠い目をした。
◇
しばらくして。
岸には何匹もの魚が並んでいた。
「……こんなに?」
紬は並んだ魚を見つめた。
捕まえるだけで精一杯だった。
「これ以上は……一度に持って帰れないよね」
「ギョ」
「うん」
紬は沢の水辺で魚の処理を始めた。
食べるために必要な部分を整え、持ち運びやすいようにする。
「よし……」
ある程度まとまったところで、背負い籠へ入れる。
「これなら運べそう」
持ち上げる。
「……よいしょ!」
ずしっ。
「…………」
重い。
けれど――。
「……あれ?」
紬は一度、持ち直した。
昨日だったら、もっと大変だった気がする。
「まあ……毎日動いてるからかな」
深く考えず、そのまま歩き出した。
◇
家へ戻る。
「ただいま……」
籠を下ろす。
どさっ。
「ふぅ……」
少し休んでから、また沢へ向かう。
そして、また魚を運ぶ。
一往復。
二往復。
三往復。
「……重い」
それでも少しずつ運んでいく。
タイタンサーモンは大きい。
一匹でもかなりの重さがある。
最初は引きずるように運んでいた。
ズズ……。
ザリ……。
「……これ、燻製にする前に私が干からびそう」
ルーチェが後ろから魚を引っ張ってくれる。
「ギョ!」
「ありがとう……」
そしてまた沢へ戻る。
魚を運ぶ。
また戻る。
また運ぶ。
気づけば、家の周りには魚がどんどん増えていた。
◇
昼を過ぎる頃。
屋根のない居間には、魚が大量に並んでいた。
「…………」
紬は立ち尽くす。
タイタンサーモン。
レッドアトラス。
またタイタンサーモン。
その隣にも魚。
「……壮観だなぁ」
ルーチェが隣から魚を見る。
「ギョ……」
「でも……」
紬は魚を見回した。
「これ、全部食べるのは無理だよね」
当然だ。
だから――。
「燻製にしよう」
以前作った燻製。
今回は初めてではない。
必要な道具も、手順も分かっている。
「よし……」
紬は作業を始めた。
魚を整える。
塩を使って下処理をする。
そして、燻製用に準備していく。
「これをこうして……」
火を起こす。
煙が上がる。
「……うん」
前より手際がいい。
以前は何度も確認していた。
でも今は、ある程度身体が覚えている。
「こっちは弱めにして……」
魚を並べる。
煙を当てる。
しばらく待つ。
「……よし」
できたものを取り出す。
また次の魚。
「…………」
次。
また次。
「…………」
さらに次。
午後になっても終わらない。
「……まだある」
紬は山積みの魚を見る。
「まだこんなに……」
燻す。
取り出す。
また燻す。
エンドレス。
「もういや……」
紬はぐったりした。
「ギョ……」
ルーチェも少し疲れたように鳴いた。
「休憩しよ……」
紬は小さな魚を火で焼いた。
焼き上がったところを、二人で少しずつ食べる。
「……おいしい」
「ギョ」
「でも……」
紬は焼き魚を見た。
「もう魚ばっかり」
それでも、皮は捨てない。
「皮も取っておこう」
焼いた魚の皮を丁寧に外し、重ねて置いていく。
「何かに使えるかもしれないし」
食べられるところは食べる。
使えそうなものは取っておく。
それが、今の紬の暮らしだった。
そして――。
また燻製。
「…………」
紬は無言で魚を並べた。
煙が上がる。
夕方になっても、まだ作業は続いた。
◇
夜。
ようやく最後の魚を燻し終えた。
「…………終わった」
紬はその場に座り込んだ。
身体は疲れている。
けれど、これだけあれば冬を越すための食料になる。
「……頑張った」
ルーチェが隣で羽を広げる。
「ギョ」
「うん。ルーチェもね」
二人で少しだけ焼き魚を食べる。
「……おいしい」
「ギョ」
「でも……」
紬は魚を見る。
「もう今日は魚いいや」
◇
翌日。
燻製を仕上げ、保存できるものを整理する。
そして、パントリーへ。
紬は天井を見上げた。
「…………」
そこには、大量の燻製が吊り下がっている。
タイタンサーモン。
レッドアトラス。
タイタンサーモン。
レッドアトラス。
タイタンサーモン。
レッドアトラス。
ずらり。
天井いっぱいに吊るされた魚。
紬はしばらく無言で見上げていた。
「…………」
隣でルーチェも見上げる。
「ギョ……」
「…………魚、多すぎない?」
「ギョ……」
「冬の食料だから仕方ないけど……」
紬はもう一度、天井を見上げた。
大量の燻製。
これだけあれば、しばらく魚には困らない。
きっと冬も大丈夫。
そう思う。
思うけれど――。
「……しばらく魚、見たくないかも」
「ギョ……」
ルーチェも、なんとも言えない顔で天井を見上げていた。
秋の一日は、魚に始まり。
魚に終わった。
そして紬は――。
しばらく魚から離れたくなった。
――獲れすぎ問題。
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
紬のサバイバル生活も、少しずつ冬へ向かっています。
今回は……獲れすぎました。
冬の食料はたっぷり確保できたけれど、紬もしばらく魚は見たくないようです。
これからも、紬とルーチェの暮らしをのんびり見守っていただけたら嬉しいです。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や☆で評価して下さると執筆の励みになります。
ほんとにあると嬉しいです!
どうぞこれからも紬の物語を楽しんでください!
よろしくお願いします!




