第36話 青い竹と、魚罠
第36話 青い竹と、魚罠
紬は目を覚ますと、ゆっくり身体を起こした。
「……ん……」
腕を動かす。
「……痛い」
肩も、背中も、脚も。
昨日、ブルーバンブーを切り倒して、運んで、さらに魚罠まで作った。
その疲れが、しっかり身体に残っている。
「……起きたくない……」
紬はそのまま、しばらく座り込んでいた。
隣では、ルーチェが心配そうに紬を見ている。
「ギョ……?」
「大丈夫……たぶん」
「ギョ」
「昨日、ちょっと頑張りすぎただけだから」
紬はゆっくり立ち上がった。
身体中が重い。
けれど、やることはある。
昨日作った魚罠。
そして――。
ブルーバンブー。
紬は外へ出ると、昨日持ち帰ったブルーバンブーを眺めた。
「まずは……これを試してみよう」
屋根に使えるかどうか。
紬はブルーバンブーを半分に割ることにした。
石刃を縦に当てる。
何度か刃を入れ、少しずつ割っていく。
パキッ。
青い茎が、ゆっくり二つに分かれていく。
「……割れた」
中は空洞になっている。
節の部分を石刃で削り、できるだけ綺麗に取り除いていく。
「これなら……」
紬は二本を並べた。
少し重ねる。
以前ライブラリーで見た、竹の屋根を思い出す。
「こうやって重ねれば、水がこっちへ流れるはず」
紬は石壁の角へ運んだ。
屋根の角に、二本のブルーバンブーを重ねて置く。
「……こんな感じかな」
固定するのは、屋根を作る時にやればいい。
今は、水がちゃんと流れるかを試してみる。
紬は大木の湧水を汲み、上から少しずつ流してみた。
ちゃぷ。
水がブルーバンブーの表面を流れる。
すう……。
重なった部分へ水が集まり、そのまま下へ流れていく。
「……流れてる」
もう少し水を流す。
さらさら……。
水は途中で大きく漏れることもなく、下へ流れていった。
「これなら、屋根に使えそう」
紬は満足そうに頷いた。
ただ――。
そのブルーバンブーを見て、紬は腕を組んだ。
「……これを、何本も運ぶのか」
昨日の苦労を思い出す。
「……一気には無理だな」
だから、少しずつ。
毎日一本。
身体が慣れてきたら、もう少し。
「よし。今日はこれでいいや」
紬はそう言って、残ったブルーバンブーを見る。
「……でも、こっちは」
昨日、屋根用に割った残り。
紬は細く割っていく。
パキッ。
パキッ。
幅の違う細い板が、少しずつ増えていく。
「……これなら」
紬は、前に作った魚罠を思い出した。
枝とツタを組み合わせて作った、少し歪んだ筒状の罠。
「あれを、竹で作ってみたら……」
昔、どこかで見たことがある。
竹を細く割って編み、魚を捕る道具。
「たしか……竹の魚罠って、こんな感じだったような……」
紬は地面に指で形を描いた。
広い入口。
そこから奥へ向かうにつれて、狭くなる。
魚は入りやすい。
でも、一度入ると戻りにくい。
「……これなら作れそう」
細く割ったブルーバンブーを並べる。
ツタを通して、一本ずつ結んでいく。
きゅっ。
きゅっ。
前に作った魚罠よりも、少し大きめにする。
「もう少し広く……」
紬は竹を並べ直す。
太さが揃っていない。
幅もばらばら。
「……まあ、魚罠だし」
少しくらい歪んでいてもいい。
細い竹を曲げながら、筒になるように組み上げていく。
そして入口には、漏斗のように細くなる部分を作る。
「ここを……」
きゅっ。
ツタで固定する。
きゅっ。
もう一度。
しっかり結ぶ。
「よし」
紬は完成した魚罠を持ち上げた。
「……大きくなった」
前に作ったものより、ずっと大きい。
これなら、レッドアトラスだけじゃなく、少し大きな魚も入れられるかもしれない。
ただ。
「あとは……餌」
紬がそう呟いた瞬間だった。
「ギョ!」
ルーチェが何かをくわえて飛んできた。
「……え?」
近づいてくる。
そのくちばしには――。
「……ミミゾリゾリ?」
にょろ。
「……」
紬は固まった。
「……ありがとう」
「ギョ!」
ルーチェは得意げだ。
「……うん。すごく助かる」
紬は恐る恐る受け取った。
「……魚のためだから」
ミミゾリゾリを魚罠の奥へ固定する。
「これでよし」
魚罠を持ち上げる。
「じゃあ、沢へ行こう」
ルーチェが飛び立った。
紬も歩き出す。
けれど――。
昨日の疲れが、まだ身体に残っている。
「……重い」
魚罠だけなら、それほどでもない。
でも、身体が重い。
腕がだるい。
足も少し重い。
「はぁ……」
それでも歩く。
◇
沢へ着く。
水は今日も、静かに流れている。
紬は前に仕掛けた魚罠を確認した。
「……」
空っぽ。
「まあ、昨日だからね」
気を取り直して、新しい魚罠を少し上流へ持っていく。
水の流れを確認する。
石と石の間。
水が細くなる場所。
「ここがいいかな」
魚罠を水へ入れる。
入口を流れに向ける。
大きめの石を両側へ置いて、流されないよう固定する。
「……これでよし」
水の中で、竹の魚罠がゆっくり揺れている。
紬はしばらく眺めていた。
「……明日、どうなってるかな」
ルーチェが隣に降りる。
「ギョ」
「帰ろうか」
「ギョ」
紬は立ち上がった。
けれど。
一歩。
「……」
二歩。
「……疲れた」
家へ帰る頃には、もうほとんど身体が動かなかった。
食事を済ませる。
水を飲む。
そして――。
「……今日はもう無理」
紬はそのまま横になった。
ルーチェが近づいてくる。
「ギョ……?」
「大丈夫……」
紬は目を閉じる。
「明日には……たぶん……」
そのまま眠りについた。
◇
翌朝。
「……痛い」
紬は目を覚ますと、まず身体を動かしてみた。
昨日ほどではない。
けれど、肩も腕もまだ痛い。
「……まだ筋肉痛だ」
起き上がるだけで少し時間がかかる。
「今日は一本だけにしよう」
紬はブルーバンブーを一本だけ持つことにした。
「よいしょ……」
持ち上げる。
ズズ……。
地面を引きずる。
「……重い」
息を整えながら、沢へ向かう。
そして魚罠を確認すると――。
「……空っぽ」
紬は少し残念そうに呟いた。
「まあ、そんな簡単にはいかないか」
魚罠を元の位置に戻し、紬はブルーバンブーを引きずって帰った。
◇
二日目。
朝。
「……まだ痛い」
紬は肩を回した。
昨日より、ほんの少しだけ動かしやすい。
「……あれ?」
ブルーバンブーを持ち上げる。
「……昨日より、ちょっと楽?」
持ち上げた瞬間だけ。
本当に、ほんの少し。
けれど、すぐに筋肉痛が身体を襲う。
「……気のせいかな」
紬は深く考えず、一本を引きずって沢へ向かった。
そして魚罠を覗き込む。
「……!」
中で魚が動いている。
「入ってる!」
レッドアトラスが二匹。
「やった!」
紬は嬉しそうに魚を取り出した。
「二匹も!」
空っぽだった昨日とは違う。
魚罠がちゃんと役に立っている。
「作ってよかった……」
紬は魚を大事に籠へ入れた。
◇
三日目。
朝。
紬は目を覚ました。
「……痛いなぁ」
まだ少し筋肉痛が残っている。
腕を動かす。
肩を回す。
脚を伸ばす。
「でも……」
昨日より、少しだけ身体が動かしやすい。
立ち上がる。
歩く。
薪を拾う。
水を運ぶ。
昨日より、息が上がるのが遅い気がする。
「……毎日動いてるから、身体が慣れてきたのかな」
元の世界では、こんなに毎日身体を使う生活なんてしていなかった。
薪を集める。
水を運ぶ。
畑を耕す。
石を動かす。
沢まで歩く。
そして、ブルーバンブーを運ぶ。
「……そりゃ、少しは体力もつくか」
紬は納得した。
そして、ブルーバンブーを一本持ち上げる。
「よいしょ」
昨日より、ほんの少しだけ楽。
まだ重い。
でも――。
「……前よりは、いいかも」
紬は小さく笑った。
「毎日やってれば、そのうち慣れるよね」
そう言ってから、ふと思いつく。
「……そうだ」
紬は腕を曲げた。
ぎゅっ。
力を入れる。
「ルーチェ、見て」
「ギョ?」
「ちょっと筋肉ついたと思わない?」
紬は腕を見せた。
「ほら」
自分では、少しだけ前より硬くなったような気がする。
ルーチェは紬の腕を見る。
じっと見る。
そして――。
「……ギョ」
なんとも言えない顔をした。
「……何、その顔」
「ギョ……」
「いや、絶対なんか思ったでしょ」
「ギョェ……」
ルーチェは微妙な顔のまま、視線を逸らした。
「……まあいいけど」
紬は笑った。
「じゃあ、今日も一本持って帰ろう」
紬はブルーバンブーを切り倒す。
枝や葉を落とし、持ち帰る準備を始める。
背負い籠は、少し離れた場所に置いた。
「こっちも切っておこう」
カンッ。
カンッ。
紬が作業をしている間――。
ルーチェは、ぽつんと置かれた背負い籠のそばにいた。
籠の中には、いつもの道具。
そして、その奥に白い本がある。
「……」
ルーチェは本を見る。
しばらく、じっと。
触れることもない。
開くこともしない。
ただ、静かに見つめている。
「……ギョ」
遠くから、紬の声が聞こえた。
「よし、これでいいかな」
ルーチェは顔を上げた。
紬がブルーバンブーを引きずって戻ってくる。
「よいしょ……」
ズズ……。
ザリ……。
「……やっぱり重い」
紬は苦笑しながら、ブルーバンブーを持ち直した。
「帰ろう、ルーチェ」
「ギョ!」
ルーチェはいつものように紬の後を追った。
◇
帰り道。
紬は沢の近くを通った。
水の音が聞こえる。
さらさら……。
「……」
なんとなく、紬は足を止めた。
沢を覗き込む。
水の中を、いくつもの魚影が動いている。
レッドアトラス。
そして、その中に――。
「……あれ?」
ひときわ大きな影が見えた。
ゆっくりと、水の流れに逆らって泳いでいる。
「……タイタンサーモン?」
大きな身体が、水面の下で揺れる。
一匹。
また一匹。
まだ数は多くない。
けれど、確かに姿を見せ始めている。
「……上ってきてる」
紬はしばらく水面を見つめた。
魚たちは流れに逆らいながら、上流へ向かっている。
「もしかして……」
紬は少し目を細めた。
「明日、もっと来るかもしれない」
胸が少し高鳴る。
「……明日も見に来よう」
紬はブルーバンブーを持ち直した。
「よいしょ」
ズズ……。
ザリ……。
地面に擦れる音を響かせながら、家へ向かって歩き出す。
その後ろでは、ルーチェがブルーバンブーの上にちょこんと乗っていた。
「ギョー!」
「……楽しんでる?」
「ギョ!」
「まあ、いいけど」
紬は小さく笑った。
秋の沢では、大きな魚たちが少しずつ姿を見せ始めていた。
そして――。
冬もまた、静かに近づいていた。




