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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第35話 青い竹と、沢の奥

第35話 青い竹と、沢の奥


 紬は目を覚ますと、まずパントリーへ向かった。


 天井から吊るしてあるタイタンサーモンを見る。


 昨日、初めて作った燻製。


 表面は落ち着いた色になっていて、近づくと、まだほんのりと煙の香りが残っている。


「……ちゃんとできてる」


 紬は少し嬉しくなった。


 これで、しばらく保存できる食料が一つ増えた。


 冬に向けて、少しずつ。


 そう思いながら、紬はパントリーを出た。


 今日は、沢へ行ってみようと思っていた。


 タイタンサーモン。


 昨日食べた魚は、秋になると上流へ向かって一斉に遡上する魚だった。


 昨日は、見えたのはほんの数匹。


「今日は、もう少し増えてるかな」


 籠を持ち、ルーチェと一緒に沢へ向かう。


 森の中は、朝の冷たい空気に包まれていた。


 夏の頃よりも、少しだけ空気が冷たい。


 木々の葉も、ところどころ色が変わり始めている。


 沢へ着くと、紬は水辺にしゃがみ込んだ。


 透明な水が、岩の間を流れている。


 目を凝らす。


「あ」


 少し先。


 黒っぽい影が、水の中を横切った。


「いた」


 タイタンサーモンだ。


 一匹。


 少し離れたところに、もう一匹。


 さらに上流にも、魚の姿が見えた。


「昨日よりは……増えてるかな?」


 けれど、沢いっぱいに魚がいるというほどではない。


「まだ少ないなぁ」


 紬は水面を眺めた。


 魚たちは流れに逆らうように、上流へ向かって泳いでいる。


 時々、身体を岩へ擦りつけるようにして進んでいく。


 その様子をしばらく眺めていた紬は、ふと上流へ目を向けた。


「……もっと上に行ったら、いるのかな」


「ギョ」


「ちょっとだけ、行ってみようか」


 ルーチェが羽を広げる。


 紬も立ち上がった。


 籠を持ち直し、沢に沿って上流へ進んでいく。


 ◇


 しばらく歩くと、沢の様子が少しずつ変わってきた。


 大きな岩が増え、水の流れも細くなっている。


 足元には湿った土と苔が増え、木々の間から差し込む光も少なくなってきた。


 紬は岩をまたぎながら進んでいく。


「こっちは、あまり来たことなかったな」


 さらさらと流れる水。


 木々の間を抜ける風。


 鳥の声。


 そんな音を聞きながら、さらに奥へ進んでいく。


 すると――


 前方の景色が、ふっと変わった。


「……ん?」


 細長い植物が、まとまって生えている。


 何本も。


 何十本も。


 まっすぐ空へ向かって伸びていた。


 細かな葉が重なり合い、頭上を覆うように広がっている。


 風が通り抜ける。


 さら……。


 さらさら……。


 葉と葉が触れ合う音が、静かな森の中に響いていた。


 木々の隙間から差し込む光が、その葉をところどころ照らしている。


 紬は、思わず足を止めた。


「……竹藪?」


 その景色を見た瞬間。


 胸の奥に、懐かしい風景が浮かんだ。


 日本にいた頃。


 田舎道を歩いていると、山の斜面や道路の脇に、竹がまとまって生えていた。


 夏の暑い日でも、竹藪の中へ入ると少しひんやりしている。


 風が吹けば、葉が一斉に揺れる。


 さらさら、さらさら。


 その音を聞いていると、不思議と時間までゆっくりになるような気がした。


「……懐かしいな」


 紬は小さく呟いた。


 目の前の景色は、日本の竹藪によく似ている。


 けれど――


 少し違う。


 紬は一本の植物に近づいた。


 茎にそっと手を触れる。


「……青い」


 普通の竹とは違う。


 茎そのものが、ほんのりと青みを帯びている。


 差し込んだ光を受けると、その青が淡く透けるように見えた。


「竹……なのかな」


 紬は籠を下ろした。


 そして、いつものように《知識と生存》を開く。


 青みがかった茎へ、そっと本を近づけた。


 ページに淡い光が走る。


【名称】ブルーバンブー

【分類】植物

【状態】良好

【属性】水

【特徴】節を持つ直立性の植物

【用途】建築・容器・道具・調理など

【食用】不明

【特性】内部に水分を蓄える


「……え?」


 紬は目を瞬かせた。


 もう一度読む。


「建築……」


 指を動かす。


「容器……道具……調理……」


 さらに最後の項目を見る。


「内部に水分を蓄える?」


 紬は、もう一度ブルーバンブーを見上げた。


 何本も、まっすぐに伸びている。


 太さも、それなりにある。


「これ……かなり使えるんじゃない?」


 紬の目が少し輝いた。


 容器にできるなら、水筒にもできそう。


 道具にできるなら、魚を捕る罠にも使えるかもしれない。


 調理にも使えるなら――。


 そして、頭の中に今の家が浮かんだ。


「……これ、この長さなら」


 紬はブルーバンブーを見上げる。


「屋根にも使えるかも」


 屋根に並べる。


 重ねる。


 雨が流れるように傾ける。


 以前見た、竹を使った屋根の写真を思い出す。


「……使えそう」


 紬は一本のブルーバンブーを見た。


「これ、持って帰りたい」


 高く伸びたものは、とても運べそうにない。


 その中から、比較的低く、太さも手頃な一本を選ぶ。


「これなら……」


 紬は石刃を握った。


 まずは葉や細い枝を落とす必要がある。


 けれど、その前に――。


「……これ、根元から切らないと」


 紬はブルーバンブーの根元へ回った。


 石刃を当てる。


「よし……」


 カンッ!


「……硬い」


 もう一度。


 カーンッ!


 刃先が当たるたび、乾いた音が森に響く。


 カンッ!


 カーンッ!


「よいしょ……!」


 カンッ!


 カンッ!


 ブルーバンブーの根元に、少しずつ傷がついていく。


「竹って……こんなに硬かったっけ……」


 もちろん、元の世界の竹とは違う。


 異世界の植物なのだから、同じように考えてはいけない。


 それでも、切らなければ持って帰れない。


「もう少し……!」


 カーンッ!


 カンッ!


 手が少し痛くなってくる。


 それでも紬は、刃を当てる場所を少しずつ変えながら、何度も石を打ち付けた。


 カンッ!


 カンッ!


 カーンッ!


 すると――


 ミシッ。


「……!」


 紬は手を止めた。


 根元に、深い亀裂が入っている。


「もう少し……」


 最後に力を込める。


 カーンッ!


 バキッ!


 ブルーバンブーが、ゆっくりと傾いた。


「……!」


 紬は慌てて横へ避ける。


 ズズン……。


 青い茎が地面へ倒れた。


「……倒れた」


 紬は息を吐いた。


「はぁ……」


 思ったより大変だった。


 けれど、ここまで来たら持って帰る。


 紬は倒れたブルーバンブーを確認し、葉や細い枝を石刃で落としていく。


 スッ。


 ぽとっ。


 スッ。


 ぽとっ。


 余分な部分を取り除くと、長い青い茎だけが残った。


「これなら……」


 紬は端を持ち上げた。


「……持てる」


 持てる。


 ただし、軽くはない。


「……よし」


 引っ張る。


 ズズズ……。


「よい……しょ……」


 ズズズズ……。


「はぁ……」


 ルーチェが横を飛んでいる。


「ギョ?」


「……なに?」


「ギョ」


「手伝ってくれてもいいんだよ?」


「ギョ」


 ルーチェはそのまま飛んでいる。


「……そうですか」


 紬は諦めて、また引っ張った。


 ズズズズ……。


「はぁ……はぁ……」


 しばらく進んだところで、紬は足を止めた。


「……重い」


 ブルーバンブーを地面へ置く。


 肩で息をしながら、額の汗を拭った。


 その時だった。


 チャプ。


「……ん?」


 紬が顔を上げる。


 今、何か聞こえた。


 ブルーバンブーを少し持ち上げる。


 傾けてみる。


 チャプ……。


「……水?」


 紬は目を丸くした。


 もう一度、少しだけ動かす。


 チャプ、チャプ。


「入ってる……」


 さっきまで疲れていた身体が、一気に目を覚ましたような気がした。


「これ……中に水があるの?」


 ルーチェも近づいてくる。


「ギョ」


「ちょっと待って」


 紬はブルーバンブーを見た。


「これ、家に持って帰って調べてみよう」


 重い。


 ものすごく重い。


 でも、今は気になって仕方がない。


 チャプ。


 また、中で水が揺れた。


「……絶対、入ってる」


 紬はブルーバンブーを引っ張った。


「はぁ……はぁ……」


 今度は疲れていても、少しだけ足取りが速かった。


 ◇


 ようやく家へ着いた頃には、紬は完全に息が上がっていた。


「はぁ……はぁ……」


 ブルーバンブーを地面へ置く。


「……疲れた」


 その場にしゃがみ込む。


 ルーチェが近くの石へ止まった。


「ギョ」


「……笑ってる?」


「ギョ」


「絶対、笑ってるよね……」


 紬は少し休んでから、ブルーバンブーを持ち上げた。


 チャプ……。


「やっぱり入ってる」


 節の部分を、指で軽く叩いてみる。


 コン。


 隣。


 コン。


 さらに隣。


 コン、コン。


「……ここ、音が違う」


 紬は耳を澄ませた。


 もう一度。


 コン。


 コン……。


「ここかな」


 黒曜石の刃を取り出す。


 いきなり大きな穴を開けるのではなく、表面を少しずつ削っていく。


 カリ。


 カリ、カリ。


「……硬い」


 それでも少しずつ削る。


 やがて――


 小さな穴が開いた。


 その瞬間。


 ちょろっ。


「……!」


 透明な水が流れ出した。


「出た!」


 紬は慌てて、近くにあったものを探す。


「あ……」


 目に入ったのは、以前作ったウズのコップだった。


 少し斜めになった、あのコップ。


「これ!」


 紬はコップを持ってきて、流れ出る水を受ける。


 ちょろ、ちょろ……。


 透明な水が、斜めのコップに少しずつ溜まっていく。


「……ちゃんと水だ」


 紬はコップを持ち上げた。


 喉が渇いている。


 森の中を歩き回って。


 重たいブルーバンブーを引きずって。


 石刃を何度も振り下ろして。


 身体はすっかり疲れていた。


「いただきます」


 一口。


「……ん」


 紬は目を瞬かせた。


 もう一口。


「……甘い」


 ほんのりとした甘さ。


 果物のような強い甘さではない。


 けれど、水なのに確かに甘い。


 疲れた身体に、すっと染み込んでいく。


「……なんだろう」


 もう一口。


 喉を通った水が、身体の奥へ入っていくような感覚。


「これ……」


 紬は考えた。


 昔の記憶を探す。


 冷たい飲み物。


 甘い飲み物。


 疲れた時に飲んだもの。


「……スポーツ飲料みたい」


 思わず、懐かしくなった。


 日本にいた頃なら、当たり前に買えたもの。


 今は、そんなものはない。


 森で見つけられるのは、果物や木の実。


 それらには甘味がある。


 でも――


 甘いものを、飲める。


「……これ、すごい」


 紬はウズのコップを見つめた。


 そして、ブルーバンブーを見る。


「屋根に使えるかもしれなくて」


 指を一本立てる。


「容器にもできそうで」


 二本目。


「道具にも使えて」


 三本目。


「……水まで入ってる」


 少し考える。


 そして、思わず笑った。


「……森にない甘味まである!」


「ギョ」


「果物の甘さはあるけど……」


 紬はコップを眺める。


「こういう、飲める甘いものってなかったもんね」


 もう一口飲む。


「……ジュースみたい」


 紬は小さく笑った。


 ブルーバンブー。


 屋根にも使えるかもしれない。


 容器にもできる。


 道具にもなる。


 そして、中には水を蓄えている。


 まだ、分からないことは多い。


 どうやって加工するのか。


 どれくらい水が入っているのか。


 他にどんな使い道があるのか。


「……これは、いろいろ試してみたいな」


 紬はブルーバンブーを眺めた。


 沢の奥で見つけた、青い竹。


 その姿は、日本にいた頃に見た竹藪とどこか似ている。


 けれど、ここは異世界。


 同じように見えても、同じものではない。


 だからこそ。


 まだ知らないことが、たくさんある。


「……もっと、いろいろ知りたいな」


 紬はそう呟いた。


 隣では、ルーチェが羽を整えている。


「今日はもう休もうか」


「ギョ」


「……その前に、もう一杯飲もうかな」


「ギョ」


 紬は笑った。


 ウズの斜めのコップを、もう一度ブルーバンブーへ近づける。


 沢の奥で見つけた一本の青い竹。


 それはまた一つ。


 紬の暮らしに、新しい可能性を運んできていた。


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