第34話 燻製の煙
第34話 燻製の煙
冬に向けての保存食を今日は作る!
昨日考えたように、燻製の形をきめ地面に設計図を書く、
「三本くらい、丈夫な枝を組んで……」
頭の中で、少しずつ形を作っていく。
「火はここ」
さらに、その少し横に四角い形を描く。
「煙を出すものは……ここに置けるかな」
紬は描いたものを眺める。
「必要なのは、丈夫な枝が三本」
「魚を置くための枝」
「固定する蔓」
「それから薪」
そこまで考えて、紬は少し首を傾げた。
「燻製に使うもの……」
そこだけは決まらない。
「これは、帰ってから考えよう」
「ギョ」
ルーチェが鳴いた。
「じゃあ、行こうか」
ルーチェが羽を広げる。
紬も籠を持ち上げた。
こうして、燻製作りの材料集めが始まった。
まずは三脚に使う枝。
森の中を歩きながら、丈夫で真っ直ぐなものを探す。
「これくらいかな」
一本。
「こっちも……」
二本。
さらにもう一本。
三本を並べて、手で押してみる。
「うん。これなら大丈夫そう」
次は魚を置くための枝だ。
三脚の途中に渡すものだから、細すぎると魚の重さに耐えられない。
紬は何本か拾っては、手でしならせて確認する。
「これは細すぎる」
ぽい。
「これは……曲がりすぎ」
ぽい。
「これはいいかな」
残す。
何度か繰り返して、使えそうな枝を集めていく。
「次は蔓」
石刃を取り出す。
以前よりも扱いやすくなった刃で、蔓を必要な長さに切っていく。
「最初の頃だったら、これだけでも大変だっただろうな」
少し前の自分を思い出す。
刃物一つまともに扱えなかった。
今では、蔓を切って道具を作ることもできる。
紬は少しだけ嬉しくなった。
そして――
「薪も集めておこう」
どうせ森まで来たのだ。
燻製に使う分だけではなく、これから必要になる薪も集めておきたい。
秋は始まったばかり。
冬がどれくらい寒いのかも分からない。
なら、今のうちに少しずつ準備しておくに越したことはない。
紬は乾いた枝を拾い始めた。
細いもの、太いもの。
燃えやすそうなもの。
使えそうなものを分けながら、少しずつ集めていく。
腕がいっぱいになると、一度家へ戻る。
材料を置いて、また森へ。
それを何度か繰り返した。
夕方が近づく頃には、三脚用の枝も、魚を置く枝も、蔓も、薪も揃っていた。
「……よし」
紬は集めた材料を見渡した。
「これなら作れそう」
ルーチェも近くの石に止まる。
「ギョ」
「疲れた?」
「ギョ」
「私もちょっと疲れた」
紬は笑った。
二人は家へ戻った。
石壁の内側。
いつも火を焚いている場所。
大きな部屋には、まだ屋根がない。
けれど、今日の作業にはちょうどいい。
煙がそのまま上へ抜けていくからだ。
「ここでやろう」
紬は地面に、さっき描いた設計図をもう一度描いた。
そして、三本の丈夫な枝を並べる。
「まずは三脚」
三本の枝を立てかけ、角度を調整する。
蔓でしっかりと結ぶ。
一本。
二本。
三本。
紬は少し離れて眺めた。
「……それっぽい」
次に、三脚の途中へ枝を渡していく。
魚を置く台になる部分だ。
一本。
二本。
三本。
さらに補強するため、もう一本。
手で押して確認する。
「これなら大丈夫かな」
試しにタイタンサーモンを持ち上げ、そっと枝の上に置いてみる。
枝が少したわんだ。
「……」
紬は無言で枝を見る。
「もう一本足そう」
横にもう一本枝を渡した。
今度はしっかり魚を支えている。
「よし」
燻製器の形は、だいぶ完成に近づいた。
けれど、まだ肝心の煙を出すものがない。
「何を使おうかな……」
紬が考えていると――
「ギョ」
ルーチェが飛び立った。
「ん?」
そのまま森の方へ飛んでいく。
「……どこ行ったんだろ」
紬は首を傾げた。
しばらくすると、ルーチェが戻ってきた。
そのくちばしには、一枚の大きな葉。
「……葉っぱ?」
ルーチェは紬の前まで飛んでくる。
そして、
ぽとっ。
葉を落とした。
「これ……」
紬は拾い上げた。
見覚えがある。
「あの大木の葉だ」
大木の下で、いつも見ていた葉。
少し厚みがあり、普通の落ち葉よりもしっかりしている。
「これ、使えるのかな」
紬は葉を眺めた。
「ちょっと調べてみよう」
紬は《知識と生存》を開いた。
葉をそっと本の上へ置く。
ページに淡い光が走った。
【名称】不明
【分類】植物
【状態】良好
【属性】光
【浄化作用】あり
【浄化水生成】あり
【香気】ほのかに甘く、穏やかな香り
【葉の利用】燻煙・香料
【食用】不明
【備考】アルカンシエルの巣
「……浄化作用?」
紬は目を瞬かせた。
「浄化水生成……」
大木の下で飲んでいた水を思い出す。
あの湧水は、いつも澄んでいた。
嫌な匂いもなく、飲むと身体にすっと入っていくような水だった。
「もしかして……」
紬は大木の方を見る。
「あの水がきれいなのも、この木のおかげなのかな」
もう一度、本を見る。
「それに……燻煙?」
紬の目が少し大きくなる。
「これ、燻製に使えるってこと?」
「ギョ」
「……分かって持ってきたの?」
「ギョ」
「そっか」
紬は葉を見つめた。
ほのかに甘い香り。
そして、浄化作用。
「これなら使えそう」
紬は立ち上がった。
「もう少し集めてこよう」
今度は二人で大木へ向かった。
大木の下には、たくさんの葉が落ちている。
枝から無理に取る必要はない。
自然に落ちた葉だけを拾う。
「これくらいあれば足りるかな」
乾いているものを中心に集める。
ルーチェも近くを飛び回り、ときどき葉の上へ降りる。
「ルーチェも探してるの?」
「ギョ」
「ありがと」
十分な量を集めて、二人は家へ戻った。
拾った葉を広げる。
紬は乾いているものを選び、手で小さく裂いていく。
「これなら、少しずつ使えそう」
次に、火を起こす。
いつもの石の上で薪を燃やす。
火が安定したところで、紬はカチワリの器を持ってきた。
昨日、タイタンサーモンのスープを入れた器だ。
「これを使ってみよう」
火のそばに置いた石が、じんわりと熱を持っている。
紬はその熱くなった石の上に、カチワリの器を置いた。
器の中へ、大木の葉を入れる。
「直火じゃないから……」
紬は器を覗き込んだ。
「一気に燃えないで、じっくり煙が出てくれればいいんだけど」
火は強くしすぎない。
薪を少しずつ調整する。
三脚の下から上がる熱が、魚へ直接当たりすぎないように距離も確認する。
そして――
ふわっ。
カチワリの器から、白い煙が立ち上った。
「……!」
紬は思わず目を見開いた。
葉は燃えていない。
じわじわと熱せられながら、細い煙を出している。
その煙がゆっくり上へ向かう。
三脚の途中に渡した枝。
その上に置かれたタイタンサーモン。
煙が魚の周りを包んでいく。
「……できてる」
紬は嬉しそうに呟いた。
煙からは、ほのかに甘い香りがした。
木が燃える匂いとは少し違う。
優しくて、穏やかな香り。
「いい匂い……」
ルーチェは少し離れた場所から煙を見ている。
「ギョ……」
「煙、嫌?」
「ギョ」
ルーチェが少し後ろへ下がった。
けれど、魚から漂ってくる香りには興味があるらしい。
首だけが、ぐっと前へ伸びている。
「食べたいの?」
「ギョ」
「まだだよ」
「ギョ……」
紬は笑った。
それから、火の様子を確認する。
薪を少しずつ足す。
煙が弱くなれば葉を少量追加する。
強くなりすぎれば薪を減らす。
初めての作業だから、何度も調整が必要だった。
「燻製って、こんなに時間かかるんだ……」
けれど、急ぐ必要はない。
今日は、このまま暗くなるまでやってみよう。
燻製を続けている間、紬はパントリーの整理を始めた。
棚に置かれていたアカツブを確認する。
乾燥させていたものは、葉で包んで棚へ並べる。
「こっちは食べる用」
乾燥させたものは別にまとめる。
カチワリの実も、いくつか並べる。
塩は小さな包みにして、できるだけ湿らない場所へ。
クッキーや飴も残量を確認する。
「……まだある」
でも、いつまでもあるわけではない。
紬は少し考えた。
「大事に食べないと」
これから冬が来る。
畑の野菜も、いつ収穫できるか分からない。
だからこそ、今ある食べ物を無駄にしない。
パントリーの天井を見る。
そこには、魚を吊るすために使えそうな枝が渡してある。
「ここなら……」
燻製した魚を吊るせる。
紬は空いている場所を確認した。
「よし」
また火のところへ戻る。
魚は少しずつ色を変えていた。
煙に包まれていた表面が、落ち着いた色になっている。
紬は火を調整する。
葉を少し追加する。
煙がまた、ゆっくり立ち上る。
時間が経つ。
昼の明るさが少しずつ薄れていく。
空が夕暮れ色になり、森の向こうから冷たい風が入ってきた。
それでも、紬は作業を続けた。
「もう少し……」
薪を調整して、魚を確認する。
また少し待つ。
やがて、辺りが暗くなり始めた。
「……そろそろいいかな」
紬は魚をじっと見た。
最初に置いたときとは、明らかに違う。
表面は落ち着いた色に変わり、薄く油が浮いている。
火の光を受けると、表面がつやりと光った。
近づいてみる。
煙の香り。
その奥に、ほんのり甘い香り。
「……いい匂い」
紬は思わず笑った。
そっと表面を触ってみる。
焼いたときとは違う、しっかりとした感触。
「ちゃんと燻されてる」
表面には、薄く煙の香りがまとわりついているようだった。
タイタンサーモンの脂が表面ににじみ、つやを作っていた。
「おいしそう……」
思わずお腹が鳴る。
「……でも、これは保存用」
紬は魚から目を離した。
「食べるのは、また今度」
ルーチェを見る。
「ね?」
「ギョ……」
明らかに不満そうだった。
「今日は我慢」
「ギョ……」
紬は魚を燻製器から外した。
まだ完全に乾ききっているわけではない。
だから最後は、パントリーで仕上げる。
魚を持って移動する。
天井に渡してある枝へ蔓を結びつけ、魚を吊るした。
燻製されたタイタンサーモンが、静かに揺れる。
煙の香りが、まだほんのり残っている。
紬は少し離れて眺めた。
棚には乾燥させたアカツブ。
カチワリの実。
塩。
そして天井には、今日作った燻製魚。
「……食料庫っぽくなってきた」
最初は、何もなかった。
食べ物を探すだけだった。
水を探して。
火を起こして。
雨をしのぐ場所を作って。
それが今では――
食べ物を保存することまで考えている。
「少しずつだけど……」
紬は吊るされた魚を見上げた。
「冬の準備、進んでるね」
外はすっかり暗くなっていた。
屋根のない大きな部屋から、煙の名残が夜空へ消えていく。
石壁の向こうでは、秋の風が木々を揺らしている。
紬は今日集めた薪を見た。
今日の燻製に使った分だけではない。
これからのために集めた薪も、ちゃんと残っている。
「明日も、少しずつ準備しよう」
「ギョ」
ルーチェが羽を広げた。
「……今日も手伝ってくれてありがと」
「ギョ」
紬は笑った。
そしてもう一度、パントリーの魚を見る。
燻された魚の表面が、火の明かりを受けて、ほんのりと光っていた。
甘く穏やかな香りが、かすかに残っている。
今日、初めて作った燻製。
これがどれくらい長持ちするのかは、まだ分からない。
それでも――
「……これなら、少し長く食べられるかな」
紬はそう呟いた。
冬は、まだ先。
でも、その冬に向けて。
一人と一匹の暮らしは、少しずつ準備を始めていた。
「さて……寝ようか」
「ギョェェェ!」
「……最後だけ元気だね」
静かな夜の中に、いつもの大きな声が響いた。




