第29話 カチワリの丸焼き
第29話 カチワリの丸焼き
紬は、昨日持ち帰った二つのカチワリを眺めていた。
どちらもバスケットボールくらいの大きさがある。
茶色く、ごつごつとした殻。
持ち上げてみると、見た目以上にずっしりと重い。
「……これ、どうやって食べるんだろう」
昨日は持ち帰るだけで精一杯だった。
けれど、せっかく見つけたのだ。
できれば食べてみたい。
紬はカチワリを地面に置き、手頃な石を拾った。
「まずは……叩いてみよう」
狙いを定めて、
ゴンッ!
「……」
殻はびくともしない。
「硬っ」
もう一度。
ゴンッ!
やっぱり駄目だった。
「これ、石じゃ無理だな……」
今度は石刃を持ってくる。
刃先を殻に当て、少しずつ削ってみた。
ギリ……ギリ……
表面がほんの少し削れただけ。
「うーん……」
これ以上やったら、カチワリより石刃のほうが先に駄目になりそうだ。
紬は石刃を置いた。
「どうしよう」
しばらく二つのカチワリを眺める。
そこで、ふと思い出した。
「……クルミ」
元の世界で食べたクルミ。
硬い殻を、実同士をぶつけて割ったことがあった。
「カチワリも……同じようにできるかな?」
一つを両手で持ち上げる。
もう一つも持ち上げて――
ゴッ!
「……」
割れない。
「まあ、そう簡単にはいかないか」
少し力を入れて、もう一度。
ゴッ!
その瞬間。
ピシッ。
「……あ」
殻に細い亀裂が入った。
「ひび、入った!」
紬は思わず顔を近づける。
もう一度。
ゴッ!
パキッ!
「割れた!」
割れた殻の中を覗き込む。
「……なんだ、これ」
中には茶色い綿のようなものが、ぎっしりと詰まっていた。
指で触れてみる。
「……綿?」
けれど、思っていたような柔らかさはない。
ゴワゴワしている。
細かな繊維が絡み合っていて、少し硬い。
「綿っていうより……繊維かな」
紬はその繊維を少しかき分ける。
「……あ」
中から、拳ほどの大きさの実が出てきた。
茶色い繊維に包まれている。
「実だ」
一つ。
二つ。
三つ。
「まだある」
四つ。
「……四個も入ってる」
カチワリ一個の中には、拳大の実が四個入っていた。
実の表面には、栗のような薄い皮がついている。
「なんか……栗みたい」
紬は一つを手に取り、本を開いた。
ページが淡く光る。
【名称】カチワリの木の実
【分類】植物
【状態】良好
【外殻】非常に硬い
【食用】可能
【調理】加熱推奨
【特徴】硬い殻に覆われた大型の木の実
「食べられるんだ」
紬はほっとした。
「しかも、加熱推奨……」
それなら、焼いてみよう。
紬は火を起こした。
薪を組み、火をつける。
ぱちっ。
小さな炎が薪を包んでいく。
「じゃあ……焼いてみよう」
薄皮のついた実を一つ、火の中へ放り込む。
じゃがいもを焼くときのように、そのまま火の中へ。
しばらく火を見守る。
すると、少しずつ甘い香りが漂ってきた。
「……いい匂い」
香ばしい。
それでいて、どこか甘い。
紬は頃合いを見て、枝で実を火の中コロコロ転がした。
「そろそろかな」
火から取り出し、葉の上に置く。
少し冷ましてから、薄皮をつまんでみる。
するっ。
「おお」
薄皮が思ったより簡単に剥がれた。
中から現れたのは、鮮やかなオレンジ色の実。
「綺麗な色」
紬は少しだけ割ってみた。
ほくっ。
柔らかい。
口に入れる。
「……!」
甘い。
焼き芋のような甘さ。
けれど、食感は栗にも似ている。
さらに、ほんのり甘い香りが鼻に抜ける。
「……おいしい」
思わず笑みがこぼれた。
「これ、好きかも」
そのとき。
「ギョ」
「ん?」
隣から声がした。
振り向くと、ルーチェが紬の手元をじっと見ている。
「食べる?」
「ギョ!」
返事が早い。
紬は実を少し割って、ルーチェに差し出した。
ぱくっ。
一口で食べる。
「どう?」
ルーチェはしばらく動かない。
そして――
ぱくっ。
「……」
もう一口。
ぱくっ。
「ルーチェ?」
ぱくぱく。
「ちょっと待って」
ぱくぱくぱく。
「そんなに美味しいの?」
「ギョェ!」
ルーチェは残っている実へと近づいていく。
「まだあるから!」
紬が慌てて実を抱える。
けれどルーチェは、
じーっ。
と実を見つめている。
「……分かったから。順番ね」
「ギョ」
ルーチェは大人しく待つ。
……一応。
紬は焼いた実を少しずつ分けながら、割れたカチワリの殻を眺めた。
「……これも、捨てるのはもったいないな」
半分になった殻は、とても硬い。
形も悪くない。
紬は水を少し入れてみた。
漏れない。
「これ……器にできそう」
次に、殻の中に詰まっていた茶色い繊維を手に取る。
ゴワゴワ。
紬は少し考えた。
「柔らかくないけど……」
昨日作った寝室の屋根を見る。
樹皮の間には、まだ少し隙間がある。
「……これ、屋根の隙間に詰めたら使えるかも」
ちょうどいい。
食べられるものだけじゃない。
殻も、繊維も使えそうだ。
「カチワリ、すごいな」
紬は残った実を見た。
「無駄になるところ、少ないかも」
そのとき、ルーチェがまた、
「ギョ」
と鳴いた。
「はいはい。もう一個ね」
紬は笑いながら実を渡した。
ルーチェは嬉しそうに、
ぱくっ。
そして、ぱくぱく。
「……本当に好きなんだね」
ルーチェは返事をすることなく、夢中で食べ続けていた。
しばらくして。
紬はパントリーを見た。
今までは、食料を置く場所がなかった。
床に置いておくしかない。
「……よし」
今日はここも整えよう。
まずは棚。
パントリーの壁には、最初から細長い溝がいくつか作られていた。
何のためのものなのかは分からなかったけれど、今なら使い道が分かる。
紬は集めてきた枝の中から、太さと長さの合いそうなものを選んだ。
「これなら……」
一本を溝に差し込む。
ぐっ。
しっかりと収まった。
「入った」
その隣にも一本。
さらに一本。
何本もの枝を並べていく。
板のように一枚ではない。
枝と枝の間には少し隙間がある。
それでも、食料を置くには十分だった。
「……棚、できた」
紬は少し離れて眺める。
「思ったより、それっぽい」
次は屋根だ。
昨日集めた木材を使って、パントリーの上に骨組みを作る。
枝や蔓で固定し、まっすぐな木を渡していく。
その上から樹皮を重ねる。
一枚。
また一枚。
少しずつ屋根らしくなっていく。
「ここは……もう少し重ねたほうがいいかな」
隙間ができたところには、さっきのカチワリの繊維を詰めてみる。
指で押し込む。
ゴワゴワした繊維が、隙間に入り込んだ。
「……これなら風も少し防げそう」
樹皮をさらに重ねて固定する。
最後の一枚を取り付けると、紬は腰に手を当てた。
「……できた」
小さなパントリー。
立派とは言えない。
けれど、ちゃんと屋根がある。
枝で作った棚もある。
紬は中へ入った。
まず、塩を置く。
乾燥させたアカツブも置く。
そして、カチワリの実。
割った殻も、器として使えそうなものを棚の隅へ。
最後に――
「あ」
紬は、袋に入ったクッキーを取り出した。
「まだ残ってたんだ」
元の世界から持ってきたもの。
そして、その隣には飴。
どちらも、最初から持っていた食べ物だ。
紬は少しだけ眺める。
「……これも置いておこう」
クッキーと飴を、棚の奥へそっと置いた。
「大事に食べよう」
今は、森から食べ物を見つけられる。
自分で育てることもできる。
魚も捕まえられるようになった。
そして今日、新しい食料も見つかった。
少しずつ。
本当に少しずつだけれど。
ここで暮らしていくためのものが増えている。
紬はパントリーの中を見回した。
「……なんか」
小さく笑う。
「本当に、暮らしてるみたい」
その言葉が、自分の中にゆっくり染み込んでいく。
寝る場所がある。
火を使う場所がある。
食料をしまう場所もできた。
最初は何もなかった。
ただ、知らない場所に一人で放り出されただけだった。
それでも。
自分で作って。
自分で見つけて。
少しずつ増やしてきた。
「……頑張ったな、私」
紬は小さく呟いた。
外から、
「ギョ……」
声が聞こえる。
「ん?」
外を見ると、ルーチェが残ったカチワリの実をくわえている。
「……まだ食べるの?」
「ギョ」
「食べすぎじゃない?」
「ギョ」
「……まあ、いいか」
紬は笑った。
パントリーの入口から外を見る。
森の木々。
石垣。
その向こうには、まだ知らない世界が広がっている。
けれど今は、ここでいい。
自分で作った小さな家。
少しずつ増えていく食料。
そして、一緒にいる仲間。
「……明日は、何をしようかな」
紬がそう呟くと、
「ギョェェェ!」
いつもの大きな声が返ってきた。
「……ルーチェ、声大きいって」
紬の笑い声が、小さな家の中に響いた。




