第27話 季節はめぐる
第27話 季節はめぐる
昼を少し過ぎた頃。
魚を食べ終えた紬は、使った葉や枝を片付けながら、ふと身体を伸ばした。
「んー……」
腕を上げて、肩を回す。
昨日までなら、少し動いただけでも身体の重さを感じていた。
けれど今日は、なんとなく軽い。
「……やっぱり、ミナハーブのおかげかな」
昨日食べた料理を思い出す。
レッドアトラスに、ミナハーブ。
それから、ネギと塩。
葉で包んで火を通しただけなのに、思った以上に美味しかった。
「また魚、捕れるといいなぁ」
そんなことを考えながら、紬は家の中を見回した。
そして、ふと足を止める。
寝室。
いつも自分が寝ている場所。
屋根は一応ある。
けれど、今のままでは雨が強く降った時に少し心配だ。
その隣にある、小さなパントリー。
ここは屋根すらない。
壁には、いくつかの凹みがある。
以前は何のためにあるのか分からなかったけれど、よく見ると、左右の壁に同じ高さの凹みが並んでいる。
「これ……棚を置くところだよね」
試しに近くの木を一本持ってきて、凹みに差し込んでみる。
すっ。
「……入った」
反対側にも同じように差し込む。
「棚だ!」
思わず声が出た。
石壁には、最初から棚を作るための場所が用意されていたらしい。
「昔ここに住んでた人も、ここに食べ物とか置いてたのかな」
少しだけ想像する。
けれど、今は考えても分からない。
「まあ、使えるなら使わせてもらおう」
紬は小さく笑った。
そして、もう一つの部屋を見る。
一番広い部屋。
今では道具を置いたり、作業をしたりする場所になっている。
ここにも屋根がない。
「……こっちも、屋根が欲しいよね」
見上げる。
広い。
「うん。これは……後回し」
紬は即決した。
「まずは寝室とパントリー」
そのためには、材料が必要だ。
屋根の骨組みに使う木。
棚に使える、なるべく真っ直ぐな木。
木を固定するための細い枝や蔓。
それから――
「屋根に使えるもの……」
紬は少し考えた。
「何かあったかな」
思い出せないまま、背負い籠を背負う。
「とりあえず、森に行こう」
「ギョ」
近くにいたルーチェが羽を広げる。
「一緒に行く?」
「ギョ」
「じゃあ、よろしく」
紬は笑いながら森へ向かった。
* * *
森の中を歩きながら、紬は周囲を見回す。
今までとは少しだけ、木の見方が違っていた。
「これは……細いから、棚には無理かな」
手に取った枝を眺める。
「こっちは真っ直ぐ。長さもいいかも」
一つずつ確認しながら、使えそうなものを集めていく。
今までは、必要になった時にその場で探すことが多かった。
けれど、これからは違う。
家を作る。
道具を作る。
食べ物を保存する。
そう考えると、森にあるもの一つ一つが、違って見えてくる。
「これも使えそう……」
細い木を籠に入れる。
少し太めの枝も拾う。
蔓も何本か集める。
「結構いるなぁ」
思ったより材料が多い。
そんな時だった。
「……ん?」
少し先に、太い木が倒れているのが見えた。
「大きい……」
近づいてみる。
かなり太い。
長さもある。
倒れてからそれほど時間が経っていないのか、表面にはまだ樹皮がしっかり残っていた。
「これ……使えるかな」
紬は石刃を取り出した。
樹皮と木の境目に刃を当てる。
カリ……。
少しずつ刃を入れていく。
「結構、硬いな……」
無理に剥がそうとせず、端から少しずつ。
カリ、カリ……。
やがて、樹皮の一部がゆっくりと浮いてきた。
「お……」
指をかける。
ぺりっ。
「剥がれた!」
思ったより大きい。
「これなら……」
紬は剥がした樹皮を広げてみる。
薄いけれど、しっかりしている。
その時。
もぞっ。
「…………」
樹皮の裏側で何かが動いた。
「……え?」
もう一度。
もぞもぞっ。
「ひっ!」
紬は反射的に手を離した。
樹皮の裏から、芋虫のようなものが這い出してくる。
「い、いも虫……!」
思わず後ずさる。
その横を、ルーチェがすっと通り過ぎた。
「ギョ」
ぱくっ。
「…………」
ぱくっ。
「…………」
ぱくぱくっ。
「…………」
紬はしばらく固まっていた。
そして、そっと息を吐く。
「……ルーチェ」
「ギョ?」
「……ありがとう」
ルーチェは何事もなかったように、羽を整えている。
「……ほんとに、ありがとう」
紬は少しだけ距離を取りながら、もう一度樹皮を見る。
「私、一人だったら……これ無理だったかも」
ルーチェは答えるように、
「ギョ」
と鳴いた。
「……頼もしいなぁ」
紬は苦笑した。
それから、気を取り直して作業を続けた。
樹皮を少しずつ剥いでいく。
ある程度の大きさになったら、地面に広げる。
何枚か集まったところで、端を揃える。
「えっと……こうかな」
くるくる。
まるで絨毯を丸めるように、樹皮をまとめていく。
「おお……」
思ったより扱いやすい。
丸めた樹皮を背負い籠に入れる。
「これなら運べる」
ただ、一つではない。
まだまだ倒木には樹皮が残っている。
紬はまた石刃を握った。
「よし。もう少し集めよう」
剥がす。
まとめる。
籠に入れる。
そして、家へ運ぶ。
置いたら、また森へ戻る。
そんな作業を何度も繰り返した。
途中で太い枝を見つければ拾い、真っ直ぐな木があれば、長さを確認する。
細い蔓もまとめておく。
「これくらいあれば、寝室の屋根には使えそうかな」
家の横に材料が少しずつ増えていく。
木。
枝。
蔓。
そして、くるくると丸められた樹皮。
その光景を見ていると、紬の頭に昔の記憶が浮かんだ。
以前、読んだ本。
昔の暮らしや家について書かれていた本だった。
その中に、木の皮を使って屋根を葺いている写真があった。
「……あ」
紬は樹皮を見る。
「樹皮葺き……」
確か、そんな屋根だった。
木を組んだ上に樹皮を重ねて、雨が入りにくいようにする。
「これ……使えるかも」
もちろん、実際に作ったことなんてない。
本で見ただけだ。
「……できるかな」
少し不安になる。
でも、材料はある。
試してみることもできる。
「やってみないと分からないよね」
紬は丸めた樹皮を見ながら、小さく頷いた。
* * *
気づけば、空の色が少しずつ変わり始めていた。
「……もう夕方か」
思った以上に時間が経っている。
今日は材料集めだけで終わった。
けれど、家の横には、それなりの量の材料が集まっている。
紬は木材を見渡した。
「寝室とパントリーなら……なんとかできそう」
そして、一番広い部屋を見る。
「こっちは、まだ足りないな」
大きな屋根を作るには、もっと木が必要だ。
「まあ、急がなくてもいいか」
今日はかなり動いた。
それでも、身体は不思議なくらい軽い。
紬は空を見上げた。
昼間より、風が涼しい。
「……そういえば」
この世界に来てから、どれくらい経ったのだろう。
正確な日数は分からない。
けれど、最近の暑さや植物の様子、風の涼しさを考えると――
「今って、夏の終わりくらいなのかな」
少し考える。
「それとも……秋の入り始め?」
日本にいた頃なら、季節の変化は当たり前だった。
暑い夏が終われば、少しずつ涼しくなって。
葉の色が変わって。
その先には――
「冬……」
紬はぽつりと呟いた。
「この世界にも、冬ってあるのかな」
隣にいたルーチェを見る。
「ねえ、ルーチェ」
「ギョ?」
ルーチェが首を傾げる。
「冬って……寒い?」
「ギョ」
「……寒い?」
「ギョ?」
また首を傾げる。
「えっと……」
紬は少し困った。
「寒いって、分かる?」
「…………」
ルーチェは紬を見つめている。
そして、もう一度。
「ギョ」
首を傾げる。
「……分からないか」
紬は苦笑した。
「まあ、鳥だもんね」
ルーチェは羽を少し広げる。
「でも、冬が来るなら……」
紬は家を見る。
簡素な寝室。
屋根のないパントリー。
そして、大きな作業部屋。
「屋根は、作っておいた方がいいよね」
今までは、雨を防げればそれでいいと思っていた。
でも、これから季節が変わるなら。
もっと寒くなるかもしれない。
「……まだまだ、やることいっぱいだなぁ」
そう言いながら、紬は少し笑った。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。
やることがある。
明日やることがある。
それは、この世界で暮らしていくということなのかもしれない。
「明日は、屋根作りかな」
「ギョ」
「そこは分かるんだ」
紬は笑った。
持ってきたあのネギも、1人と1匹の声を聞くように、夕暮れの風の中でゆらゆらと揺れていた。




