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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第1章 夏の果て~本と光の友~

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第23話 内と外と不安

第23話 内と外と不安


 朝。


 紬は、いつものように目を覚ました。


 昨日は、いつもとは少し違う一日だった。


 石垣の内側を歩いた。


 家の周りだけではなく、ずっと石垣に沿って歩いてみた。


 元・青い花畑。


 沢。


 川。


 アカツブの木。


 大木の湧水。


 そして、今暮らしている家と小さな畑。


 思い返してみれば、見つけたものは全部、石垣の中にあった。


「……こうして見ると、結構いろいろあるな」


 最初は、ただの古い石壁だと思っていた。


 でも、昨日歩いてみて分かった。


 この石垣は、思っていたよりずっと大きい。


 そして、その内側には自分が生きていくために必要なものが、ある程度そろっている。


 水がある。


 食べられるものもある。


 家もある。


 畑も少しずつ育っている。


 今すぐ外へ出なくても、しばらくは暮らしていけそうだった。


「外は……まだ危ないよね」


 森の中には、どんな生き物がいるのか分からない。


 前見つけた魚だって、今の紬には捕まえる道具がない。


 それに、白い角の動物以外にも、もっと大きくて危険なものがいるかもしれない。


 今の自分には、まだ準備が足りない。


「しばらくは、石垣の中でいいかな」


 紬はそう呟いて、石垣を見る。


「それに……内側には、大きな動物はいなそうだし」


 これまで、内側で危険な動物に出会ったことはない。


 少なくとも、紬が知っている範囲では。


 だからといって、安全だと決めつけるつもりもなかった。


 知らないことが多すぎる。


 そのことだけは、よく分かっている。


 紬は石垣に近づいた。


 昨日、気になったことがある。


 この石垣は、いったい何なのだろう。


 紬は《知識と生存》を開き、石にそっと触れた。


 しばらく待つ。


 けれど、いつもの文字は浮かばなかった。


 代わりに、少しだけ違う表示が出る。


【名称】不明

【分類】不明

【状態】不明

【属性】不明

【魔素】不明

【用途】不明

【情報取得条件】未達


「……全部、不明」


 紬は眉を寄せた。


 いつもなら、何かしら分かる。


 植物なら植物として。


 水なら水として。


 石だって、種類くらいは分かることがある。


 なのに、これは何も分からない。


「情報取得条件……?」


 その言葉を、もう一度見る。


 条件を満たしていない。


 そういうことなのだろうか。


「……なんなんだろう」


 分からない。


 でも、今は無理に調べる方法もない。


 紬は本を閉じた。


「まあ……分からないものは、分からないか」


 少し気にはなる。


 けれど、今すぐ答えを出さなければならないことでもない。


 それよりも、今日やることはたくさんある。


     *


 石垣の近くを歩いていると、昨日見つけた黄色い花が目に入った。


 丸い花。


 細長い葉。


 そして、綿毛。


「これ……タンポポに似てるんだよね〜」


 紬は《知識と生存》を開いた。


【名称】ポポタン

【分類】植物

【状態】良好

【食用】可能

【利用】葉・根

【根の利用】乾燥・焙煎することで飲料として利用可能

【薬効】不明


「飲み物にできるんだ」


 紬は、少しだけ嬉しくなった。


 昔、タンポポの根を乾燥させて焙煎すると、コーヒーのような飲み物になると聞いたことがある。


 たしか、タンポポコーヒー……だったような。


「いつか試してみようかな」


 今はまだ、コーヒーより優先するものが山ほどある。


 でも、こういう小さな楽しみがあるのは悪くない。


 ポポタンをいくつか覚えておく。


 食べられる植物が増えるのは、それだけで心強い。


 紬は家へ戻った。


 家の周りには、植えたネギがたくさん並んでいる。


 最初に植えた株も、今ではずいぶん大きくなった。


 紬の腰くらいまで伸びている。


「……大きくなったなぁ」


 風が吹く。


 ネギの葉が、さらさらと揺れる。


 ふわりと、あの独特の香りが漂ってきた。


「……ネギの匂い」


 その瞬間。


 なぜか、前の世界のことを思い出した。


 仕事帰り。


 スーパー。


 買い物袋。


 いつもの道。


 何も特別じゃなかった毎日。


 あの頃は、それが当たり前だった。


 明日も仕事に行って。


 帰りに買い物をして。


 家に帰る。


 そんな生活が、ずっと続くと思っていた。


「……帰れないのかな」


 ぽつりと声が漏れる。


 返事はない。


 ただ、風にネギが揺れている。


 少しだけ胸が苦しくなった。


 帰りたい。


 そう思うのは、当然なのかもしれない。


 でも。


「……考えてもしょうがないか」


 今の自分には、帰る方法が分からない。


 分からないことを考え続けても、お腹はいっぱいにならないし、家も直らない。


 だったら。


 今できることをするしかない。


 紬がそう思った、その時だった。


 頭上から、羽音が聞こえた。


「ギョェ」


「……ルーチェ」


 虹色の鳥が、ふわりと降りてくる。


 いつものように大きな声を出したあと、紬の近くへ寄ってきた。


 そして、何も言わずにそばにいる。


 紬は少し笑った。


「……ありがと」


 ルーチェが、首を傾げる。


「今は、自分が生き残ることだけ考えよう」


 水を確保する。


 食べ物を増やす。


 道具を作る。


 家を整える。


 少しずつでいい。


 分からないことは、いつか分かるかもしれない。


 今はまだ、石垣の中でいい。


 ここで暮らしながら、できることを増やしていこう。


「明日も頑張ろう」


「ギョェェェ!」


「……声、大きいって」


 今日も、森の中で一日が始まる。


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