第24話 石刃と、斜めのコップ
第24話 石刃と、斜めのコップ
起きて、フーと息をはく
「……眠い……」
紬はそう呟いて、伸びをして起き上がった。
いつも使っていたペットボトルは、もうだいぶ擦り切れて、底がザラザラになっている。
仕事バッグは向こうからの持ち物で、大事にしたいから特別なものを入れて、基本的には使わないようにしていた。
今は背負い籠を毎日使っているので、中の道具を整理し始めた。
黒曜石の刃。
作ったフクベの水筒。
そして――
「あ」
手が止まる。
籠の隅に置いてあったもの。
石でできた刃だった。
「そういえば……これ」
紬は石刃を手に取った。
以前見つけたものだ。
黒曜石の刃物とは違い、石を加工して作られている。
しかし刃は全体的に緩いカーブを描いてとても刃としては使えそうにない。
「……これ、もう少し切れるようにできないかな」
黒曜石は鋭い。
だからこそ、紬はできるだけ慎重に使ってきた。
欠けたり、割れたりしたら困る。
でも、この石刃なら。
「……試してみよう」
紬は石刃を籠に入れた。
「ルーチェ、ちょっと沢まで行ってくるね」
「ギョェェェ!」
「うん。たぶん大丈夫」
ルーチェは返事をするように羽を広げた。
紬はそのまま沢へ向かった。
◇
沢に着く。
水の流れる音が、静かな森の中に響いている。
紬は水辺にしゃがみ込み、周りにある石を手に取った。
「これじゃない……」
ざらざらしている。
別の石を拾う。
「こっちは硬そうだけど……」
石刃と見比べる。
昔、テレビで石器を作っている映像を見たことがあった。
石を打ち合わせて、少しずつ形を作っていた。
「たしか……こんな感じだったような」
記憶は曖昧だ。
それでも、やってみるしかない。
紬は石刃を持ち、刃先をよく見る。
「ここを……少しだけ」
別の石を当てる。
カンッ。
「……!」
小さな欠片が飛んだ。
「……削れた?」
刃先を確認する。
ほんの少しだけ形が変わっている。
「じゃあ、もう一回」
カンッ。
今度は力を弱める。
カン。
少し角度を変える。
カンッ。
何度も繰り返す。
「……難しい」
思ったところに欠けてくれない。
大きく欠けすぎたり、逆にほとんど変わらなかったりする。
「もうちょっと……こう?」
紬は慎重に石を当てた。
カン。
刃先に、小さなギザギザができる。
「……これなら」
近くに落ちていた細い枝を拾う。
石刃を当てる。
ギリっギリっ
「……切れた」
思わず、紬の顔が少し緩んだ。
以前より、明らかに切りやすい。
「よし……!」
もう一度、枝を切ってみる。
今度は少し力を入れるとギリっと刃が入った。
「これなら、前より使いやすいかも」
石刃を眺める。
すると、ふと別のことを思い出した。
「……ツタも切れるかな」
森の中には、細く長いツタがたくさんある。
今までは手で引っ張ったり、黒曜石の刃を使ったりしていた。
けれど、これなら。
紬は近くのツタを手に取った。
刃を当てる。
ブチっ
「……切れた」
ツタが、ぽとりと落ちる。
紬は切れたツタを拾い上げた。
「これなら……」
ツタ。
枝。
それを見つめていると、川の中を泳ぐ魚が頭に浮かんだ。
赤い線の入った魚。
レッドアトラス。
「……魚」
紬は川を覗き込む。
何匹かが、水の中を泳いでいる。
今まで何度も見た。
でも、捕まえることはできなかった。
「これなら、魚用の罠も作れるかも……」
細い枝を組んで、ツタで縛る。
そんな光景を想像する。
「……どんな形がいいんだろう」
紬は腕を組んだ。
昔、魚を捕る罠を見たことがある。
入口は魚が入りやすくて、入った後は出にくい形。
「たしか……」
なんとなく形を思い出す。
けれど、今すぐ作れるほどはっきりとは覚えていない。
「……もう少し考えてみよう」
紬はツタを籠に入れた。
「材料は、これで集められそうだし」
新しくできた石刃を見て、少し嬉しくなる。
できることが、また一つ増えた気がした。
◇
家へ戻る途中。
紬は森の中で、以前から気になっていた植物の前で足を止めた。
ウズ。
名前の通り、茎が少しずつ渦を巻くように伸びている。
節もある。
「これ……」
紬は石刃を取り出した。
今なら切れるかもしれない。
以前は、なかなか思うように加工できなかった。
「ちょっと試してみよう」
太すぎないものを一本選ぶ。
節の少し上に刃を当てる。
カンッ!
石刃が少し食い込む。
紬は力を込め、そのまま刃を引いた。
ザリッ。
「……切れた」
ギザギザの切り口を見る。
中は空洞になっていた。
「やっぱり筒みたいになってる」
紬はしばらく考える。
節を残せば、底になる。
「……これ、コップにできるんじゃない?」
さっそく石刃を打ち付け、必要な長さに切り分けていく。
ただ。
「……真っ直ぐじゃない」
ウズは名前の通り、少し曲がっている。
切った部分も、どうしても斜めになった。
「うーん……」
これ以上削ると、使えなくなりそうだ。
「……一旦、家に持って帰ろう」
紬はウズを背負い籠に入れた。
帰宅後、もう少し整えようとするが
けれど、削りすぎると底の部分までなくなってしまいそうだ。
「……これ以上は無理かな」
紬はウズを眺める。
少し斜め。
見た目も、あまり綺麗ではない。
「でも……」
紬は口元を緩めた。
「コップっぽい」
中を細い枝で掃除する。
残っていた薄い繊維を取り除き、水で何度か洗う。
「よし」
紬は大木の湧水を汲みに行った。
できたばかりのウズのコップに、水を少しずつ入れる。
「……」
じっと見る。
水は漏れていない。
「……漏れない!」
紬は嬉しそうにコップを持ち上げた。
ただし――
置いてみると、少し傾いている。
「……斜めだ」
もう一度置く。
やっぱり斜め。
「まあ…ある意味オシャレ…飲めればいいか」
紬は苦笑した。
そのまま一口飲む。
いつもの大木の湧水。
けれど、今日は少しだけ特別に感じた。
「……自分で作ったコップか」
手の中を見る。
綺麗とは言えない。
少し斜めで、形も歪んでいる。
それでも。
「使えるなら、十分だよね」
紬はそう言って、もう一度水を飲んだ。
隣では、ルーチェが首を傾げている。
「ギョェ?」
「なに?」
「ギョ」
ルーチェが斜めのコップを覗き込む。
「……変な形だって思ってる?」
「ギョェェェ!」
「やっぱり!」
紬は笑った。
それから、できあがったコップを家へ持ち帰った。
部屋の角に置く。
少し斜めに傾いた、小さなコップ。
その隣には、昨日作ったフクベの水筒。
「……少しずつだけど」
紬は部屋を見回した。
最初は何もなかった。
水を飲むことさえ大変だった。
それが今では、作った器がある。
保存するものも増えた。
畑もある。
火も使えるようになった。
そして今日は、新しい石刃もできた。
「……暮らし、少しずつ変わってきたな」
紬は小さく笑った。
そして、籠の中に入れたツタを見る。
「魚の罠……」
まだ、形は決まっていない。
けれど。
「明日、考えてみようかな」
斜めのコップを手に取り、紬はもう一度、水を飲んだ。
「……これ、意外と気に入ったかも」
少し歪んだコップが、朝の光を受けて静かに揺れていた。
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