第22話 石垣の向こう側
第22話 石垣の向こう側
朝。
紬は、部屋に置いていたフクベを手に取った。
「……うん、大分乾いたかも」
乾燥させていたフクベの上の部分を切り落とし、中を細い枝で何度もかき出す。
中に残っていた種や繊維を取り除き、水ですすぐ。
「結構、きれいになった」
口の部分に、葉で包んだ小さな石を入れてみる。
逆さにしても、石は簡単には落ちなかった。
「……これなら」
紬はフクベを眺める。
「水筒っぽい!」
これまで、水を持ち歩くのはペットボトルしかなく少し大変だった。
これなら森を歩く時にも、多めに水を持っていける。
「よし。今日はこれを使ってみよう」
紬はフクベを籠に入れた。
その隣には、葉で包んだ少量の塩。
それほど暑くはないけれど、一応、熱中症対策として持っていくことにした。
そして、昨日から乾燥させているアカツブも確認する。
「……うん。こっちはまだだけど、少ししわってしてるかな?」
水分が抜けて、少し小さくなってシワシワしている。
「保存できそうかな?」
紬は嬉しそうに頷いた。
少しずつ。
食べ物を保存する方法も増えてきた。
「これはまだ持って行くには早いから別のを……」
準備をしていると――
「ギョェェェ!」
「わっ!」
突然、後ろから大きな声がした。
「ルーチェ……」
振り返る。
虹色の鳥が、いつものように紬を見ていた。
「行く?」
「ギョェ」
「じゃあ、一緒に行こう」
ルーチェが飛び上がった。
紬も籠を背負う。
今日は、石垣ぞいを石垣ご無くなる所まで歩いて見ようと思う
ついでに石垣の向こう側ももう少し見てもいいかもしれない
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石垣の近くまで来る。
昨日も思ったけれど、こうして見るとかなり大きい。
「これ、どこまで続いてるんだろう」
紬は石垣に沿って歩き始めた。
石垣の手前。
日の当たる場所には、小さな白い花がいくつも咲いている。
「……かわいい」
風が吹くと、白い花が一斉に揺れた。
少し歩くと、今度は黄色い花が目に入った。
「……あれ?」
紬は足を止める。
黄色い花。
細長い葉。
見覚えのある姿。
「たんぽぽ……?」
見た目は、紬の知っているたんぽぽによく似ている。
「この世界にもあるんだ」
紬はしゃがみ込んだ。
その近くには、花が終わって白い綿毛になったものもある。
「……これも、たんぽぽみたい」
紬は一本摘まんだ。
「懐かしいな」
小さい頃。
道端に咲いているたんぽぽを見つけると、綿毛を飛ばしたことがあった。
「せーの」
ふっ。
白い綿毛が、風に乗って飛んでいく。
「わあ」
ふわふわ。
くるくる。
綿毛は青空へ向かって飛んでいった。
「どこまで行くのかな」
紬はもう一本、手に取った。
ふっ。
また綿毛が飛んでいく。
すると――
「ギョ?」
ルーチェが飛び上がった。
「……え?」
ふわふわと飛んでいく綿毛を追いかけている。
「ルーチェ?」
綿毛は風に流され、右へ。
ルーチェも右へ。
綿毛が左へ。
ルーチェも左へ。
「ふふっ」
紬は思わず笑った。
「追いかけてるの?」
「ギョェ!」
ルーチェは必死に羽ばたいている。
けれど、綿毛は風に乗って、するりと逃げていく。
「頑張れー」
「ギョ……」
少し不満そうな声。
やがて綿毛は木の向こうへ消えていった。
ルーチェも戻ってくる。
「……捕まえられなかったね」
「ギョ」
「まあ、綿毛だもんね」
紬は笑いながら、ルーチェを見た。
その時。
風に乗った綿毛の一つが、石垣の外へ飛んでいった。
紬は気づかない。
振り返ることなく、また歩き始める。
白い綿毛が石垣を越えた瞬間――
すうっ。
淡い光の粉へと変わり、そのまま消えた。
一方。
石垣の内側へ落ちた綿毛は、地面へ落ちることなく、風に乗ってふわふわと飛んでいく。
まるで、楽しそうに遊んでいるように。
やがて柔らかな土の上へ落ち、小さな種を残した。
紬には、そんなことは分からない。
「……楽しい」
紬は、また一つ綿毛を摘んだ。
ふっ。
白い綿毛が、空へ舞い上がる。
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しばらく歩いた。
「……ちょっと休憩しようか」
紬は石垣の近くにあった平らな石へ腰を下ろした。
ルーチェも近くの枝へ止まる。
「今日は結構歩いたね」
「ギョ」
「ルーチェは疲れてない?」
「ギョェ」
「そうだよね。ずっと飛んでるもんね」
紬は苦笑する。
籠からフクベを取り出した。
「せっかくだし、使ってみよう」
葉で包んだ石を外す。
中には、朝に汲んできた大木の湧水が入っている。
ごく。
「……おいしい」
いつもの水。
でも、今日は自分で持ってきた水を飲んでいる。
それだけで、少し特別な気分だった。
「これ、便利だな」
紬はフクベを眺める。
「作って正解だった」
「ギョ」
「ルーチェも飲む?」
「……」
ルーチェは首を横に振った。
「いらないの?」
「ギョ」
「そっか」
紬はフクベを籠に戻した。
「じゃあ、もう少し歩こうか」
「ギョェ」
ルーチェが枝から飛び立った。
紬も立ち上がる。
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さらに石垣沿いを歩いていく。
森の景色が少しずつ変わっていく。
けれど、石垣だけは変わらない。
ずっと。
途切れることなく続いている。
「……本当に長い」
紬は小さく呟いた。
紬は歩くこと自体は嫌いではない。
けれど、思っていた以上に石垣は長かった。
そろそろ折り返したほうがいいかもしれない。
「どうしよう……めっちゃ長いよ……」
紬がそう考え始めた、その時だった。
「……あれ?」
水の音が聞こえてきた。
水の音が聞こえてきた。
さらさらと流れる音。
「沢かな?」
木々の間を抜ける。
その先に――
細い水の流れがあった。
「……ここ」
紬は足を止めた。
見覚えがある。
何度も水を汲みに来た沢。
「いつもの沢だ」
まさか。
紬は辺りを見回した。
そして、沢の向こうを見る。
そこには――
今の場所から続いている見覚えのある石垣。
「あれ?」
紬はゆっくり近づいた。
「……これ、最初に見た石垣じゃない?」
石垣は途切れていない
沢の中にも石が積まれ、水の流れを受け止めるように並んでいた。
沢を越え。
石垣に沿って歩く。
見覚えのある木。
見覚えのある道。
そして――
遠くに、元青い花畑が見えた。
「……え?」
さらに進む。
元青い花畑
川。
アカツブ
その先には、大木
「……うそ」
紬は立ち止まった。
見慣れた場所だった。
自分が暮らしている場所。
その周りを――
石垣が、ぐるりと囲んでいる。
「……繋がってる」
紬は振り返った。
今まで歩いてきた石垣。
そして、これから先へ続く石垣。
途切れていない。
「……一周したんだ」
紬はしばらく石垣を眺めていた。
ただの古い石垣だと思っていた。
でも。
この石垣は、自分が暮らしている場所を囲むように、ずっと続いている。
「……思ってたより、ずっと広い」
紬は小さく息を吐いた。
風が吹く。
青い花が揺れる。
川の水が、静かに流れている。
「こんなに広かったんだ……」
紬はもう一度、石垣を見る。
その先には、まだ知らない森が広がっている。
「……外側も、もっと見てみたいけど」
昨日見た、大きな足跡を思い出す。
「今日はやめておこう」
今は、この場所だけでも十分広い。
紬は籠を背負い直した。
「帰ろう、ルーチェ」
「ギョェ」
虹色の鳥が紬の肩の近くを飛ぶ。
二人は、いつもの家へ向かって歩き始めた。
その後ろで。
石垣は、静かに森を囲んでいた。
まるで、ずっと昔から。
そこにあることが当たり前だったかのように。




