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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第1章 夏の果て~本と光の友~

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第21話 白い角と、知らない森

第21話 白い角と、知らない森


 朝。


 いつもなら、聞き慣れた鳴き声で目を覚ます。


 けれど――


「……ん……」


 今日は、妙に静かだった。


 紬はゆっくりと目を開ける。


「……朝?」


 まだ少し眠い。


 身体を動かそうとして――


「……重い」


 お腹のあたりに、何かが乗っている。


 視線を落とす。


「……ルーチェ?」


 虹色の鳥が、お腹の上でぐでーんと伸びていた。


 完全に寝ている。


「……いつからここにいたの?」


 そっと声をかける。


「ルーチェ」


「…………」


 反応がない。


「ルーチェ、朝だよ」


「……ギョ……」


 もぞ。


 ルーチェが少しだけ顔を上げる。


「おはよう」


「ギョェェェ!」


「うわっ!」


 いつもの声が部屋に響いた。


「……びっくりした」


 紬は胸を押さえる。


 ルーチェは何事もなかったように羽を整えている。


「……寝坊したの、ルーチェのせいだからね」


「ギョェ」


 まるで知らないと言うように、ルーチェはそっぽを向いた。


 紬は苦笑しながら起き上がった。


 簡単に身支度を整え、いつものように大木の湧水へ向かう。


 顔を洗おうと、大木の根元に近づいた時だった。


「……ん?」


 水の湧いている場所の周りに、何かが落ちている。


 白い。


 細くて、柔らかそうな毛。


「……これ」


 紬はしゃがみ込み、一つ拾い上げた。


 指先でそっと触れる。


 ふわりとしていて、とても柔らかい。


「この前見た、白い角の子の毛かな?」


 紬は《知識と生存》を開いた。


 拾った白い毛を、本に触れさせる。


 文字が浮かび上がった。


【名称】白獣の体毛

【分類】動物性素材

【状態】良好

【魔素】微量

【用途】不明

【特徴】柔らかく、保温性に優れる


「やっぱり、動物の毛なんだ」


 毛を手のひらで転がしていると――


 ガサッ。


「……?」


 森の方から音がした。


 木々の間から、白い身体がゆっくりと姿を現す。


「あ……」


 少し前に見た、あの白い角の子だった。


 大きさは大型犬くらい。


 真っ白な毛。


 そして、頭には二本の白い角。


 白い角の子は少し離れたところで立ち止まり、紬を見ている。


「おはよう」


 紬が声をかける。


 白い角の子は動かない。


 ただ、じっと紬を見ていた。


「……覚えてる?」


 少しだけ近づく。


 すると白い角の子は、ほんの少し後ろへ下がった。


「まだ警戒してるか」


 紬が足を止める。


 その時――


「ギョェェェ!」


 ルーチェが飛んできた。


「あ、ルーチェ」


 虹色の鳥は、そのまま白い角の子の頭上を一周すると――


 ちょこん。


 白い角の上に止まった。


「……え?」


 白い角の子が首を少し傾ける。


 ルーチェは何でもないような顔で、


「ギョェ」


 と鳴いた。


「……知り合いなの?」


 紬が尋ねる。


 白い角の子は少し嫌そうに首を振った。


 その拍子に、白い毛がふわふわと舞い落ちる。


「……嫌なの?」


 もう一度、首を振る。


 そして――


 カンッ。


「……?」


 白い角の子が角を木に当てた。


 もう一度。


 カンッ。


 今度は角を木にこすりつけるように動かす。


 すると、角の表面から薄い皮のようなものがめくれた。


「あ……」


 紬は思わず目を止める。


 鹿も、角が成長する時期には角を木にこすりつけて、表面の皮を落とすことがある。


「……やっぱり、鹿に近いのかな」


 そう思った、その時。


 ルーチェが角の表面をつついた。


「ギョ」


 そして、めくれた皮をくちばしでつまむ。


「え?」


 ピリッ。


 ルーチェが引っ張った。


 薄い皮が剥がれ、その下から――


 白銀の角が、ほんの少しだけ覗いた。


「……きれい」


 紬は思わず呟いた。


 白い毛とは違う。


 光を受けると、銀色に輝いて見える。


 白い角の子は少しだけ首を振った。


「……嫌じゃないの?」


 ルーチェは何食わぬ顔で、


「ギョェ」


 と鳴いた。


「……それ、挨拶なの?」


 紬には、まだよく分からなかった。


 しばらくすると、白い角の子が紬の方へ鼻を向けた。


 紬は、籠の中を思い出す。


「あ」


 今日採ってきたアカツブがいくつか入っている。


「これ、食べる?」


 紬は一つ手に取ると、白い角の子へ差し出した。


 白い角の子はアカツブをじっと見る。


 鼻を近づけ――


「ふんっ」


 顔を横に向けた。


「……え?」


 もう一度、差し出してみる。


「…………」


 今度は少し後ろへ下がった。


「これじゃない、ってこと?」


 白い角の子は、ふるふると首を振った。


「そっか……」


 紬はアカツブを見る。


「前は食べようとしてたのに」


 白い角の子は何とも言えない顔で、アカツブから視線を逸らした。


「……好きじゃなかったのかな」


 紬には、まだ分からなかった。


 その時。


 カンッ。


「……?」


 白い角の子が、もう一度角を木に当てた。


 今度は少し強い。


 カンッ――。


 何かが、足元へ落ちた。


「……これ?」


 紬はしゃがみ込んだ。


 落ちていたのは、小さな白い欠片だった。


 なめらかで、少し尖っている。


「牙みたい……」


 紬が拾い上げる。


 すると白い角の子が、ちらりとこちらを見た。


「……?」


「これ、角?」


「フンスッ」


 白い角の子が鼻を鳴らした。


 もう一度。


「フンス、フンス……」


 紬の手元を確認するように鼻を動かしている。


「……これ、持ってていいの?」


 白い角の子は答えない。


 ただ、森の方へ身体を向けた。


 そして、ゆっくり歩き出す。


「あ……」


 紬が声をかけるより先に、白い姿は森の中へ消えていった。


「行っちゃった……」


 紬は手のひらに残った白い欠片を見る。


 そして、《知識と生存》を開いた。


 欠片を本の上に置く。


 すると――


 文字が浮かび上がった。


【名称】アルブレーヴの角片

【分類】動物性素材

【状態】良好

【属性】光

【魔素】高

【用途】不明


「……アルブレーヴ?」


 さらに下へ目を向ける。


【関連生物】

【種族】アルブレーヴ

【属性】光

【状態】良好

【性質】温厚(個体差あり)

【特徴】白い体毛と角を持つ

【食性】不明


「……この子の種族名なんだ」


 紬は小さく呟いた。


「アルブレーヴ……」


 今まで、勝手に「白い角の子」と呼んでいた。


 でも。


 これで、あの白い生き物が何という種族なのか、少しだけ分かった。


「アルブレーヴか……」


 もう一度、森を見る。


 けれど、白い姿はもう見えなかった。


 しばらくして、紬も家へ戻った。


 朝食を済ませ、片付けをしていると――


 ふと、さっきのことを思い出した。


 アルブレーヴが消えていった方向。


 その先には、石垣がある。


「……あっちって、どうなってるんだろう」


 紬は今まで、石垣の内側を中心に生活してきた。


 青い花の咲く場所。


 川。


 アカツブの木。


 大木の湧水。


 そして、自分の家。


 それだけでも十分広いと思っていた。


 けれど――


 石垣の向こう側には、まだ一度も行ったことがない。


「ちょっとだけ、見てみようかな」


 紬は背負い籠を手に取った。


 中へ少しだけ食べ物を入れる。


 念のため、黒曜石の刃物も持っていく。


「よし」


 準備を整え、石垣の前へ向かった。


 そして――


 石垣を越える。


 一歩。


 また一歩。


 振り返ると、いつも暮らしている場所が見えた。


「……こうして見ると、結構広いな」


 少し歩いてみる。


 足元の草。


 木々。


 葉の色。


「……あれ?」


 なんとなく違う。


 石垣の内側に生えている植物とは、明らかに植生が違っていた。


「同じ森なのに……」


 まるで、境界線でもあるみたいだった。


 さらに進む。


 すると、黒い木が目に入った。


「……何、あれ」


 幹は黒く、ごつごつしている。


 細い枝には鋭いトゲがいくつも生えていた。


 そして、かなり高いところに――


 薄く透き通った花。


 その近くには、白い実がいくつか実っている。


 綺麗なのに。


 近づきたいとは思えなかった。


「……触らない方がよさそう」


 紬は少し距離を取ったまま、《知識と生存》を開いた。


 植物に本を触れさせる。


【名称】クロトゲノキ

【分類】植物

【状態】良好

【属性】不明

【食用】不明

【毒性】不明

【注意】鋭い棘があります


「やっぱり、知らない植物か」


 白い実を見上げる。


「……今回は見るだけにしよう」


 無理に採る必要はない。


 そう思って、また歩き出した。


 少し歩いたところで、紬は足を止めた。


「……なんだろう」


 空気が、重い。


 気のせいかと思い、一度深く息を吸う。


 湿った土。


 木々の匂い。


 森の空気。


 それだけのはずなのに――


 石垣の内側にいた時とは、何かが違う。


「……戻った方がいいかな」


 そう思った時だった。


 足元に、大きく抉れた跡がある。


「…なに…これ」


 紬はしゃがみ込んだ。


 そこには、明らかに大きな動物の足跡が残っていた。


 自分の手のひらより、ずっと大きい。


「…………」


 しばらく、その跡を見つめる。


 森の奥から風が吹いた。


 木々が、ざわざわと揺れる。


 紬は無意識に、背負い籠の紐を握り直した。


「……今日は、ここまでにしよう」


 まだ少ししか歩いていない。


 でも。


 ここは、自分が今まで知っていた森とは違う。


 そんな気がした。


 紬は来た道を戻る。


 何度か振り返りながら、石垣を目指した。


 やがて、見慣れた石垣が見えてくる。


「……よかった」


 少し安心して、石垣を越えた。


 足が地面につく。


 その瞬間――


「……あれ?」


 さっきまで感じていた空気の重さが、少しだけ薄れたような気がした。


 紬は首を傾げる。


 けれど、それ以上は考えず、そのまま家へ向かって歩いていった。


 その姿を、森の奥からじっと見つめる白い影があった。


 アルブレーヴ。


 動かずに、紬を見ている。


 紬が石垣の内側へ入り、姿が見えなくなるまで。


 じっと。


 そして――


 紬が完全に石垣の内側へ戻ったことを確認すると、アルブレーヴはゆっくりと森へ向き直った。


 白い身体が、木々の間へ消えていく。


 後には、何事もなかったかのように森の静けさだけが残った。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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これからも紬のサバイバル生活を、のんびり見守ってください。

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