第20話 森の恵みと、初めての味
第20話 森の恵みと、初めての味
朝。
紬は籠を背負い、家の入口に立っていた。
「今日は食料を探しに行こうかな」
昨日、ルーチェと一緒に見つけた青い花。
そして、ルーチェからもらった青い宝石のようなもの。
どちらもまだ謎のままだ。 けれど、考えていても仕方がない。
「食べ物も探さないとね」
「ギョッ!」
肩に乗っていたルーチェが元気よく鳴いた。
「ルーチェも行く?」
「ギョ!」
「じゃあ、よろしくお願いします」
紬は笑って、森へと歩き出した。
*
森の中をしばらく歩く。
木々の間から差し込む光を頼りに、食べられそうなものを探していく。
「あ……」
見慣れた赤い実が目に入った。
「アカツブだ」
紬は籠を下ろし、実を一つずつ採っていく。
食べる分。 そして、種を残すための分。
「これくらいあればいいかな」
籠の中を確認して、立ち上がる。
その時だった。
地面に、白いものが落ちている。
「……また?」
紬はしゃがみ込んだ。
細くて柔らかな白い毛。 以前見つけたものと、よく似ている。
「これ……あの鹿みたいな子の毛かな」
昨日、石壁の入口から覗いていた不思議な生き物を思い出す。
白い捻れた角。 鹿に似た身体。 まだ名前も、正体も分からない。
紬は白い毛を拾い上げた。
「……また会えるかな」
小さく呟いて、籠の隅へ大切に入れる。
その時――
バサッ!
「え?」
ルーチェがアカツブの枝から飛び立った。
「ルーチェ?」
ルーチェは少し奥へ飛んでいく。
そして、木の枝に止まると紬を振り返った。
「ギョッ!」
また飛ぶ。 少し進んでは振り返る。
「ギョッ! ギョッ!」
「……ついてこいってこと?」
「ギョッ!」
どうやら、そのようだ。
「何か見つけたの?」
紬は籠を背負い直し、ルーチェの後を追った。
*
少し開けた場所に出る。
そこには――
「……キノコ?」
地面から、小さなキノコがいくつも顔を出していた。
白い傘に、赤い水玉模様。
まるで絵本や童話の中に出てきそうな、メルヘンな姿をしている。
「かわいい……」
紬がしゃがみ込んだ、その瞬間。
ルーチェがキノコへ飛び降りた。
「え?」
そして――
ぱくっ。
「ちょっと!」
バクッ。 バクバクッ。
「ルーチェ!?」
ルーチェは何のためらいもなく、キノコを次々と食べていく。
「……そんなに食べる?」
ルーチェは一通り食べ終えると、紬を振り返った。
「ギョッ!」
まるで、――食べてみなよ。 そう言っているようだった。
「……私にも?」
「ギョッ!」
「でも、見た目は可愛いけど……」
紬は本を開き、キノコに触れた。
【名称】ドキドキデリデリキノコ
【分類】菌類
【状態】良好
【食用】可
【生食】不可
【調理】加熱推奨
【味】良好
「……食べられるんだ」
紬はもう一度キノコを見る。
白い傘。 赤い水玉。
「……名前は全然怖くないけど、見た目メルヘン……前の世界だったら間違いなく毒キノコ……」
「ギョ」
ルーチェが当然のように鳴いた。
「いや、生で食べちゃダメなんだけど……」
ルーチェは気にした様子もない。
「まあ……ルーチェは平気なのかもしれないけど、私は焼いて食べよう」
紬はキノコをいくつか採った。
*
さらに森の奥へ進む。
すると今度は、別のキノコが目に入った。
「あ……」
少し大きめのキノコ。 傘は茶色く、形はまるで椎茸のようだった。
「これは……」
見た目だけなら、今まで見つけたものよりずっと普通だ。
紬が手を伸ばす。
その瞬間――
「ギョエェェェェェッ!」
「うわっ!」
ルーチェがものすごい勢いで飛んできた。
紬は驚いて手を引っ込める。
「な、なに!?」
ルーチェはキノコと紬の間を行ったり来たりしている。
「……食べちゃダメなの?」
「ギョッ!」
紬は本を開いた。
キノコに触れた瞬間、表示が現れる。
【名称】ドクドクゲロキノコ
【分類】菌類
【状態】良好
【食用】不可
【毒性】致死毒
【注意】絶対に食用にしないでください
表示の一部が赤く光っている。
「…………」
紬は固まった。
「……致死毒」
ゆっくりキノコを見る。
「これ……普通に美味しそうなのに」
ルーチェがじっと紬を見る。
「……ルーチェ」
「ギョ?」
「ありがとう」
「ギョッ!」
「危なかった……」
紬はそっとキノコから離れた。
「見た目だけじゃ、全然分からないんだ……」
*
さらに少し進む。
今度は、また別のキノコが見えた。
「……あれ?」
赤い傘。 そこに白い水玉。
先ほどのドキドキデリデリキノコによく似ている。
「これも同じ種類かな」
紬はしゃがみ込む。 手を伸ばす前に、本で調べてみる。
【名称】マガイガイ
【分類】菌類
【状態】良好
【食用】不可
【毒性】強
【魔素】高
【注意】ドキドキデリデリキノコと外見が酷似しています
「……マガイガイ?」
紬は目を瞬かせる。
「またこの名前……」
以前、アカツブに似た実にも同じ名前が表示された。
けれど今回はキノコ。
「まったく違う物なのに……しかも……魔素が高?」
紬は表示を見つめる。
今まで見てきた植物やキノコとは、明らかに違う。
「毒があるだけじゃないんだ……」
少し不思議に思ったものの、紬はそれ以上触れなかった。
「……これは絶対に採らない」
「ギョ」
ルーチェも満足そうに鳴いた。
「今日はもう、知ってるものだけにしようかな」
紬は籠を背負い直した。
「帰ろう、ルーチェ」
「ギョッ!」
*
家へ戻ると、紬は籠を下ろした。
中にはアカツブと、いくつかのドキドキデリデリキノコ。
そして、白い毛。
「さて……」
紬は火を使っていた小上がりを見る。
「今日はこれを焼いてみよう」
まず、火を使う場所を整える。 周囲から大きめの石を四つ探してきた。
「よいしょ……これくらいかな」
四つの石を、火を燃やす場所の四隅に置く。
その上に、森で見つけてきた平たい板状の石を載せた。
「……よし」
軽く押してみる。 ぐらつかない。
「焼き台になりそう」
紬は薪を用意する。 昨日覚えたばかりの火起こし。 慎重に火をつける。
最初は小さかった炎が、少しずつ大きくなっていく。
紬は枝や木を追加していく。
炎が揺れる。 ぱちぱちと小さな音を立てながら、火が育っていく。
「……火って、やっぱりすごいな」
しばらくして、平たい石が温まってきた。
「もういいかな」
紬はふと思い出した。
「そうだ。箸……」
森へ行き、細くて真っ直ぐな枝を二本探してくる。 先端を少し整える。
「これで……いいかな」
二本を持ってみる。
「うん。箸っぽい」
ルーチェが横から覗き込む。
「ギョ?」
「箸だよ」
「ギョ」
「私がいたところでは、これでご飯を食べるの」
紬は少し得意げに二本の枝を見せた。
「まあ、今はこれだけどね」
*
温まった平たい石の上に、ドキドキデリデリキノコを置く。
じゅう……。
「……!」
小さな音が響いた。
しばらくすると、キノコから香ばしい匂いが立ち上ってくる。
「いい匂い……」
紬は枝の箸で、そっとひっくり返す。
じゅうっ。
表面が焼けて、ほんのり香ばしい色になる。
「そろそろかな」
箸で持ち上げる。 少し冷ましてから、端を一口。
「……!」
噛んだ瞬間、香ばしい風味が口いっぱいに広がった。
外側は軽く焼けていてカリッとしていて、香りが濃い。 なのに中は驚くほど柔らかい。
噛むと、キノコの中に閉じ込められていた旨味が、じゅわっと口の中に広がった。
「……なにこれ」
もう一口。 今度はゆっくり味わう。
森の土や木々を思わせるような深い香り。 そこに、ほんのりとした甘み。
噛むほどに旨味が増していく。
「おいしい……」
思わず声が漏れた。
もう一口。
「……おいしい!」
調味料は何も使っていない。 塩すら振っていない。
それなのに、何時間も煮込んだ出汁のように味が濃い。
「これ……塩すらいらないじゃん……」
紬は夢中になって食べていく。
最後の一口を食べ終える。
「…………」
しばらく黙って、余韻を味わう。
そして――
「……もう一個食べたい」
「ギョ」
隣でルーチェが鳴いた。
「なに?」
ルーチェは紬をじーっと見ている。
「……ルーチェ?」
「ギョ……」
なんとも言えない、呆れたような視線。
「……何その顔」
「ギョ……」
「美味しいものは、美味しいんだからいいじゃん」
ルーチェは小さく羽を揺らした。
紬はそんなルーチェを見て笑う。
「……これ、名前通りデリシャスだ」
「…………」
ルーチェから、さらに呆れた視線が向けられる。
「……だから何なの、その顔」
小さな火が、ぱちぱちと音を立てる。
森の中の小さな家に、紬の笑い声が響いた。




