第18話 青い光
第18話 青い光
紬は、いつもの声で目を覚ました。
「ギョェー」
すぐ近くの枝に、虹色鳥が止まっている。
「……おはよう」
紬が身体を起こすと、虹色鳥は枝から飛び降り、肩へ乗ってきた。
「今日も早いね」
「ギョ」
紬は小さく笑った。
*
朝食を用意する。
紬が食べられるものを並べ、その中から虹色鳥にも食べられるものを少し分ける。
もう、それが自然になっていた。
二人で並んで朝食を食べる。
「……いただきます」
虹色鳥も、紬の肩の上で小さく鳴いた。
*
食事を終えると、紬は畑へ向かった。
昨日までより、少しだけ広くなった畑。
まず目に入ったのは、ネギだった。
「……増えてる」
最初に植えた時よりも、明らかに数が増えている。
土の中から新しい芽がいくつも伸びていた。
紬はしゃがみ込み、そっと葉に触れる。
「元気だね」
風が吹く。
ネギの葉が、さらさらと揺れた。
紬は畑の周りを見渡す。
増えた分を、そのままにしておく必要はない。
「これ……家の周りに植えてみようかな」
森には、いつ動物が近づいてくるか分からない。
ネギの匂いを嫌う動物がいるなら、少しでも役に立つかもしれない。
紬は本を開いた。
《知識と生存》に触れる。
すると、頭の中に文字が浮かんだ。
【名称】ネギ
【分類】食用植物
【状態】生育中
【食用】可能
【特徴】独特の香りを持つ
【性質】一部の動物は、この香りを苦手とする
【注意】動物の種類によって反応は異なる
「……やっぱり、嫌いな動物もいるんだ」
紬は少し考えた。
「この世界の動物にも同じかは分からないけど……」
それでも、試してみる価値はある。
紬は増えたネギをいくつか掘り起こした。
根を傷つけないように、土を少しずつどける。
何本かまとめて抱える。
そして家の周りへ向かった。
歩くたび、腕の中のネギの葉がゆらゆらと揺れる。
風を受けて、さらさらと音を立てた。
「ここにしよう」
入口の近く。
石壁の脇。
大木へ向かう道の端。
紬は小さな穴を掘り、ネギを一本ずつ植えていく。
土を戻して、根元を軽く押さえる。
「これで……少し守ってくれたらいいんだけど」
立ち上がる。
背後では、植えたばかりのネギが風に揺れていた。
*
畑へ戻る。
今度は人参を見る。
「……あ」
小さな緑の葉が、土から顔を出していた。
「葉っぱ……出てきた」
紬は嬉しくなった。
まだ小さい。
けれど、ちゃんと育っている。
「このまま元気に育ってね」
そっと土の周りを整える。
そして、畑の端に置いてあるじゃがいもへ目を向けた。
「……これも植えてみよう」
じゃがいもを一つ手に取る。
紬は少し考えた。
昔、テレビで見たことがある。
じゃがいもを切り分けて、芽のある部分を残して植えていた。
「……種芋、だったっけ」
記憶だけでは少し不安だった。
紬は《知識と生存》を開く。
本に触れながら、じゃがいもを持つ。
すると、頭の中に文字が浮かんだ。
【名称】じゃがいも
【分類】食用植物
【部位】地下茎
【状態】食用可能
【特徴】芽のある部分から新しい株を育てることができる
【利用】芽を残して切り分け、種芋として使用できる
「……やっぱり、これでいいんだ」
紬は黒曜石の刃を取り出した。
じゃがいもの表面をよく見る。
芽の位置を確認する。
「ここを残して……」
ゆっくり刃を入れる。
すっ。
じゃがいもが二つに分かれた。
どちらにも、芽が残っている。
「よし」
紬は畑へ向かった。
土を掘る。
小さな穴を作る。
芽のある部分をそっと置く。
土をかぶせる。
「大きくなってね」
もう一つも植える。
今すぐ食べるためだったじゃがいもが、これから先の食料になる。
*
紬はもう一度、持ってきたものを確認した。
そこには、これまで食べてきたアカツブから残しておいた種がある。
「これも植えてみよう」
小さな種を手のひらに乗せる。
いつも食べているアカツブ。
これも育てることができれば、また食べられる。
畑の一角に小さな穴を作る。
一粒。
土の中へ。
そっと土をかぶせる。
「ちゃんと育つかな」
今は何も分からない。
それでも、植えてみる。
いつか実がなればいい。
そう思った。
*
最後に、畑の周りを見渡した。
「……柵も作ろう」
森には動物がいる。
畑を荒らされないためにも、何かあったほうがいい。
紬は残っていた細い杭と短い枝を集めた。
杭を地面に立てる。
大きめの石で打ち込む。
コン。
コン。
その間に短い枝を渡していく。
一本。
また一本。
簡単な柵が少しずつできていく。
隙間は多い。
高さも十分ではない。
それでも、何もないよりはいい。
「……これで少しは守れるかな」
紬は柵の外から畑を見る。
ネギ。
人参。
じゃがいも。
そして、植えたばかりのアカツブ。
まだ、何も収穫できない。
けれど。
「……増えてきた」
紬は小さく笑った。
*
夕方。
畑の作業を終えた紬は、石壁の近くで休んでいた。
空が少しずつ赤くなっていく。
その時だった。
「……?」
虹色鳥が突然、声を上げた。
「ギョェーギョェ!」
紬が顔を上げる。
「どうしたの?」
「ギョ、ギョ!」
いつもとは違う。
虹色鳥は枝から飛び立った。
向かった先は、大木。
「……?」
紬も気になり、後を追った。
大木に手をかける。
ゆっくりと登っていく。
虹色鳥が止まっている枝までたどり着いた。
「何を見てるの?」
虹色鳥は答えない。
ただ、遠くを見つめている。
紬も同じ方向を見る。
「……あ」
そこには――
初めてこの世界に来た時に見た、青い花畑があった。
*
夕日に照らされた花畑は、昼間とはまるで違っていた。
青い花びらの一枚一枚が光を受け、きらきらと輝いている。
風が吹くたび、花が揺れる。
まるで地面に星が咲いているようだった。
「……きれい」
紬は思わず呟いた。
その時。
花畑が静かになった。
一つ。
また一つ。
青い花が閉じていく。
まるで眠るように。
すべての花が閉じた。
「……?」
紬は目を離せなかった。
そして――
開いた。
その瞬間。
青い光が生まれた。
「……!」
花の中心から、細い光が伸びる。
一つ。
二つ。
次々と。
無数の青い光が、花畑から空へ昇っていく。
高く。
もっと高く。
夕焼けの空を突き抜けるように、どこまでも伸びていく。
青い光が、空を彩っていく。
その光景は、現実とは思えないほど美しかった。
紬は言葉を失った。
ただ、見つめていた。
初めてこの世界に来た時。
何も分からなかった。
何も持っていなかった。
ただ、生きることだけを考えていた。
その時に見た青い花畑。
同じ場所なのに、今は少し違って見える。
屋根がある。
ベッドがある。
畑がある。
火を起こすこともできる。
そして――
隣には、虹色鳥がいる。
紬はゆっくりと虹色鳥を見る。
「……教えてくれたの?」
虹色鳥は首を傾げる。
「ギョ」
紬は小さく笑った。
「ありがとう」
こんな景色を見せてくれたこと。
一人だった自分のそばにいてくれること。
ちゃんと伝えたかった。
紬は、もう一度虹色鳥を見る。
虹色の羽。
光を受けるたび、色が変わって見える。
「……そういえば」
紬は少し考えた。
「まだ、名前ないんだよね」
虹色鳥が、首を傾げる。
「ギョ?」
「いつまでも名前なしだとなんか変だし」
紬は笑う。
「……名前、考えてみようかな」
虹色鳥は、また青い光へ視線を戻した。
夕暮れの空を、青い光がゆっくりと昇っていく。
紬もその隣で、静かに空を見つめていた。




