第14話 赤い影と白い影
第14話 赤い影と白い影
木々の隙間から朝日が差し込んでくる。
朝の優しい光は葉を優しく包み込み、森の目覚めを促す。
虹色鳥は軽く伸びをして大木の寝床を飛び立ち
下にある石壁の端に降り立つ
紬が目を覚まし、外に出た気持ちの良い朝だ伸びをすると視線の橋に派手な色の鳥
「……おはよう」
「グェーーー!」
「はいはい、分かってる」
紬は苦笑しながら、アカツブを一粒取り出し空へと投げる
虹色鳥はすぐ飛び立ちアカツブを咥え、満足そうに枝へ戻っていった。
すっかり朝の恒例になっている。
紬は身体を伸ばし、大木から降りる。
まずは食料の確認。
残っているアカツブを並べてみる。
「……まだあるけど」
一つずつ数える。
「ずっとこれだけっていうのも、ちょっと厳しいよね」
森には食べられるものがある。
けれど、いつでも見つかるとは限らない。
少しずつ、食料を増やしていかなければならない。
「今日は沢に行こうかな」
身体を洗うための着替えとタオル。
それから空のペットボトルを背負いカゴに入れる。
「よし」
背負いカゴを背負う。
最初は歪んでいたカゴも、今ではすっかり紬の生活道具の一つになっていた。
*
石壁を出て、石垣に沿って沢へ向かう。
以前よりも道が分かるようになってきた。
「ここ曲がって……」
木の根元を通り過ぎる。
見覚えのある場所が増えている。
そして、沢が近づいてきた頃。
紬は足を止めた。
「……ん?」
地面に、跡が残っている。
土が少しへこんでいる。
四本の足で歩いたような跡。
紬はしゃがみ込んで見る。
「これ……」
昨日までには、なかった気がする。
大きさも、それなりにある。
少し前に見た、白い毛並み。
二本の角。
夜の森で見た姿が頭に浮かんだ。
「……あの子かな」
でも、確かめる方法はない。
紬は足跡を少し眺めたあと、沢へ向かった。
*
沢の水は今日も冷たい。
「冷たっ……」
それでも気持ちがいい。
紬は着替えを用意し、身体を洗っていく。
汗を流し、タオルで身体を拭く。
その時だった。
足に、
何かが触れた。
「ひゃっ!」
思わず足を引っ込める。
水の中を覗き込む。
透明な水の中を、何かが素早く動いた。
「……魚?」
赤いものが、水の中を横切っていく。
もう一度。
今度はゆっくりと泳いでいる。
身体には、赤いラインが入っていた。
水面からでも、その赤色がはっきり見える。
「綺麗……」
紬は《本》を開いた。
ページに文字が浮かぶ。
【名称】レッドアトラス
【属性】魚類
【生息】清流
【食用】可
「食べられるんだ」
紬は魚を目で追う。
レッドアトラスは、何事もなかったように沢の中を泳いでいる。
「でも……」
今の自分には、魚を捕まえる道具がない。
それに。
捕まえたとしても
「……火がない」
焼いて食べることもできない。
紬はしばらく水の中を眺めた。
「そろそろ、本気で火をどうにかしないとな」
今まで何度か考えたことはあった。
でも、必要に迫られているわけではなかった。
今日、魚を見つけて初めて。
火があれば、食べられるものがもっと増える。
料理もできる。
身体を温めることもできる。
「……ちゃんと考えよう」
紬はそう呟いた。
*
着替えを終え、ペットボトルに水を入れる。
背負いカゴを背負う。
沢を離れ、石壁へ戻る途中。
見覚えのある赤い実が目に入った。
「アカツブだ」
少しだけ採っておこう。
紬は実をいくつか採り、背負いカゴへ入れる。
その時だった。
ガサッ。
「……?」
背後から、かすかな音。
紬が振り返る。
木々の向こう。
白いものが見えた。
「……あ」
白い毛。
そして――
二本の角。
あの時の生き物だった。
紬は動かなかった。
相手も動かない。
しばらく、お互いを見つめる。
「……また会ったね」
紬が小さく呟く。
白い生き物は、ゆっくりとアカツブの木へ近づいていった。
「……?」
何をするのかと思って見ていると。
白い生き物が、後ろ足で立ち上がった。
「え?」
前足を伸ばす。
アカツブへ向かって、身体を伸ばす。
けれど、届かない。
「……」
もう一度。
今度は少し身体を伸ばして――
ふらっ。
「危なっ」
紬が思わず声を出す。
白い生き物は慌てて四本足に戻った。
そして何事もなかったかのように、もう一度アカツブを見上げる。
「……もしかして」
紬は木を見る。
そして白い生き物を見る。
「これ、食べたいの?」
白い生き物は答えない。
ただ、アカツブを見ている。
紬は一粒だけ実を取った。
手のひらに乗せる。
「これ?」
一歩。
白い生き物が近づく。
紬がほんの少し身体を動かす。
その瞬間。
白い影が森の奥へ走っていった。
「あ……」
追いかけようとはしなかった。
しばらく、その方向を見る。
「……まぁ、知らない人間の私は怖いよね」
紬は手のひらに残ったアカツブを見る。
「でも……」
さっきの様子を思い出す。
「これ、好きなのかな」
そう呟いて、アカツブを背負いカゴへしまった。
*
石壁へ戻る。
今日もいろいろあった。
足に触れた魚。
レッドアトラス。
沢の近くに残っていた足跡。
そして、もう一度会えた白い生き物。
「……名前、まだ分からないけど」
紬は小さく笑った。
「また会えるかな」
背負いカゴを置く。
中からペットボトルを取り出す。
そして、ネギのところへ向かった。
根元へ、少しだけ水をかける。
「今日も元気だね」
以前よりも、葉が増えている。
小さなネギたちが並んでいる。
紬はしゃがみ込み、その葉を眺めた。
すると――
ほんの少し。
ネギが、ゆらゆらと揺れた。
「……?」
紬が顔を上げる。
風は吹いていない。
木々の葉も、動いていない。
それなのに。
ネギだけが、ほんの少し揺れている。
ふわり。
どこからともなく、ネギの香りがした。
「……ネギの匂い?」
紬は不思議そうに首を傾げる。
もう一度、ネギを見る。
今度は何事もなかったように、静かにそこにあった。
「……まあ、元気ならいっか」
紬は立ち上がる。
今日も森は、知らなかったものを一つずつ見せてくれた。
赤い影。
白い影。
そして――
まだ名前のない、小さな変化。
紬は石壁の中へ戻っていった。




