閑話 Sランクの報酬
閑話 冬を歩む者たち
騎士に案内され、アイズとゴリアテは街の外れにある領主の城へと向かっていた。
二人を先導する騎士のほか、周囲には十人ほどの騎士が付き添っている。物々しい護衛ではあったが、二人を警戒しているというより、身分ある客人を迎えるための正式な対応といった様子だった。
街並みを抜けると、やがて周囲の建物が少なくなり、緩やかな坂の向こうに城が姿を現した。石造りの城壁に囲まれた領主の館は、冬の曇り空の下でも堂々とした佇まいを見せている。
「なかなか立派な城じゃねぇか」
ゴリアテは首を伸ばし、城壁の上を眺めた。
「この辺りを治める領主の館だからな」
アイズは淡々と答える。
「お前は相変わらず景色に興味がなさそうだな」
「見ていないわけじゃない」
「ははっ、そうかよ」
二人がそんなやり取りをしているうちに、城門へと到着した。騎士たちが門番に声を掛けると、重厚な門がゆっくりと開かれていく。
城内に入ると、整えられた庭園と石畳の道が広がっていた。冬のため花は少ないものの、常緑樹が丁寧に手入れされ、建物の周囲には雪が残らないよう清掃されている。
正面玄関の前では、一人の年配の男性が待っていた。身なりは上品で、背筋は真っ直ぐに伸びている。執事長と思われるその男性は、二人の姿を認めると恭しく頭を下げた。
「アイズ様、ゴリアテ様。遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。私、こちらで執事長を務めております。どうぞよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にどうも。ゴリアテだ。よろしく頼むぜ」
「アイズだ。世話になる」
「お部屋をご用意しております。領主様とのお話まで、どうぞそちらでお寛ぎください」
執事長は二人を館内へと案内した。
廊下には落ち着いた色合いの絨毯が敷かれ、壁には歴代の領主を描いた肖像画や、この土地の風景を描いた絵画が飾られている。すれ違う使用人たちは二人に気付くと、静かに道を譲り、礼をした。
「さすが領主の館だな。隅々まで手入れが行き届いている」
ゴリアテが周囲を見回す。
「人が暮らす場所だからな。手入れが行き届いているのは当然だろう」
「お前はそういうところも真面目だな」
アイズは返事をせず、壁に掛けられた古い絵画へ視線を向けた。そこには、雪に覆われた森と、その奥にそびえる大きな樹が描かれている。
「この土地の森か?」
「左様でございます。古くから領地を見守ってきた森でございます」
執事長が足を緩めて答えた。
「古い森なんだな」
「ええ。土地に暮らす者たちにとって、大切な場所でございます」
それ以上の説明はなく、執事長は再び歩き始めた。
やがて二人は客室へと案内された。室内には暖炉があり、窓辺には椅子と小さなテーブルが置かれている。暖炉にはすでに火が入っており、外の冷たい空気とは違う、穏やかな暖かさが満ちていた。
「お飲み物をご用意いたします。領主様がお見えになるまで、しばらくお待ちくださいませ」
「ありがとよ」
「ありがとうございます」
執事長が退出すると、ゴリアテは椅子に腰を下ろし、肩を回した。
「いやぁ、やっと落ち着けるな」
「村では野営だったからな」
「それも悪くはなかったけどよ。やっぱり暖炉のある部屋はいいもんだ」
ゴリアテは暖炉の火に手をかざした。
アイズは窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。庭の木々は葉を落とし、冬の風に枝を揺らしている。
「この国は、冬が長そうだな」
「そうなのか?」
「ああ。南の方とは空気が違う」
「俺の故郷じゃ、この時期でもここまで冷え込むことはねぇな。まあ、暑さには慣れてるが、寒さは得意じゃない」
「その格好で言うのか?」
「鍛えてりゃ、多少の寒さはどうってことねぇよ」
ゴリアテは笑いながら答えた。
その時、扉がノックされた。使用人が飲み物を運んできた後、ほどなくして領主アルバートとメッナ騎士団長が部屋へ入ってきた。
「待たせてすまない。改めて、私がこの領地を治めるアルバートだ」
「アイズだ」
「ゴリアテだ。よろしく頼むぜ、領主殿」
二人はそれぞれ挨拶を交わし、アルバートの勧めで席に着いた。
「早速だが、今回君たちに依頼したいことについて説明しよう」
アルバートはメッナに目配せをする。彼女は卓上に用意していた資料を広げた。
「この領地では、秋の終わり頃から森の様子に異変が起きています。魔獣の動きが普段とは違い、森の入口付近に中型の魔獣が現れるようになりました。一方で、小型の魔獣や猪などは森の奥から逃げるように離れていったのです」
「何かに追われているように見えたってことか」
ゴリアテが資料に目を向けた。
「はい。そして、その異変と時を同じくして、黒き霧が確認されました」
その名を聞いたアイズが顔を上げる。
「黒き霧か」
「本来、黒き霧は冬に現れる魔物です。それも、真冬の厳しい寒さが訪れる頃に目撃されることが多い。ところが今回は、秋の終わりに近い時期に出現しました」
「冬の魔物が、秋に出たってわけか」
ゴリアテは腕を組んだ。
「例年と比べても、明らかに早い出現です。さらに、今回はクロトゲノキの近くで確認されています」
「冬はお前の専売特許だろ。見たことねーのか?」
ゴリアテが隣のアイズへ顔を向けた。
「ない」
「ないのかよ」
「というか、アレクサンダー王国がだいぶ北寄りだからかもな。俺がこれまで旅をしていた地域では、冬の魔物そのものが少なかった」
「なるほどな。お前が冬を連れて歩いてるようなもんだから、てっきり何でも知ってるのかと思ってたぜ」
「冬の魔物すべてを知っているわけじゃない」
「そりゃそうか」
ゴリアテは楽しそうに笑った。
「黒き霧の属性は分かっているのか?」
アイズが尋ねる。
「火、光、そして冬属性です」
メッナが答えた。
「これまでの調査では、その三つの属性が有効であることが確認されています。ただし、黒き霧の正体や、なぜ今回の時期に現れたのかは分かっていません」
「火と光と冬か。面白い組み合わせだな」
ゴリアテは自分の手のひらを見つめるようにして言った。
「俺の火が役に立つならいいが、実際に戦ってみねぇことには分からねぇな」
「その通りです。先に遭遇した冒険者パーティーも、討伐には至っていません」
「その冒険者たちというのは?」
「蒼き風というパーティーです。黒き霧を発見し、一時的に押し返すことには成功しましたが、完全に倒すことはできませんでした」
「なるほど。そいつらから直接話を聞きたいな」
ゴリアテはすぐに反応した。
「実際に戦った者の話が一番参考になる。どんな動きをしたのか、攻撃は通ったのか、逃げる時に何か変わった様子はなかったか。聞いておきたいことはいくつもあるぜ」
「蒼き風とは面会できるよう手配しましょう」
アルバートが頷いた。
「それと、今回の異変にはノームの一族も関わっている」
「ノーム?」
アイズの視線がアルバートへ向いた。
「帰らずの森には、以前からノームが暮らしていることが知られている。今回、その一族が森で黒き霧に襲われた。父親が仲間を逃がすために残り、その後、行方が分からなくなっている」
「父親を残して逃げたのか?」
「そうだ。ところが、子供の一人が父親を探すため、村を抜け出して森へ戻ってしまった。その子供も黒き霧に襲われたが、蒼き風に発見され、保護された。父親は現在も見つかっていない」
「子供が一人で森へ……」
アイズは資料に目を落とした。
「ノームの子供が無事だったのは幸いだな」
「ああ。だが、父親の安否は分からないままだ」
アルバートの表情は険しい。ノームたちが暮らす森は広く、黒き霧の危険もある。簡単に人を送り込める状況ではなかった。
「ノームと直接話したことはない」
アイズが静かに口を開いた。
「今回の件が落ち着いたら、彼らと話す機会をもらえないだろうか。どのように暮らしているのか、どんな考えを持っているのか、以前から興味があった」
「お前、ノームにも興味があったのか」
ゴリアテが意外そうに笑う。
「知らないことを知りたいと思うのは、普通のことだろう」
「まあ、そうだな。俺も話してみてぇよ。森の中で何があったのか、本人たちの話を聞けるなら、それに越したことはねぇ」
「本人たちの意向を確認したうえで、機会を設けよう」
アルバートは二人の希望を受け入れた。
「さて、依頼の内容は黒き霧の調査、そして必要であれば討伐への協力だ。引き受けてもらえるだろうか」
「俺は構わねぇよ」
ゴリアテは即答した。
「俺も引き受けよう。実際に黒き霧を確認し、対処できるか判断したい」
「ありがたい。報酬については、相応の額を用意するつもりだ」
その言葉に、ゴリアテは片手を振った。
「金はいらねぇよ」
「……よいのか?」
「その代わり、いくつか頼みたいことがある」
ゴリアテは隣のアイズを見た。
「俺たちは、ここへ来るまで各地に残る昔話や歌、古い記録を調べてきた。探しているのは、光の人にまつわる伝承だ」
「光の人……」
「そうだ。俺は南の国の出身でな。向こうには、光の人が残したとされる『ハイエルフの涙』っていう宝の話がある」
ゴリアテの声から、先ほどまでの陽気さが少しだけ薄れた。
「それが本当にあるのか、どんなものなのか、まだ分かっていない。ただ、南の国では悪魔や魔物の脅威が身近にある。もしもの時に、国やそこに暮らす人たちを守る手掛かりになるかもしれねぇんだ」
アイズも静かに頷いた。
「俺は自分の生まれについて調べている。エルフでありながら植物との相性が悪く、冬との相性が異常にいい。その理由を知りたい。いつか夏を経験して、仲間のもとへ帰るためにもな」
「二人とも、目的は違うが、同じ伝承を追っているということか」
「そういうことだ。各地に残る話は少しずつ違う。子供向けの昔話もあれば、歌として伝えられているものもある。古い文書や石碑に残っているものもあるが、どれも断片的でな」
「だから、この領地に残る古い記録を調べたい」
アイズが続けた。
「可能であれば、領主殿の書庫を閲覧させてもらいたい。もちろん、機密に関わる資料まで見せてほしいとは言わない」
「それから、調査を続ける間の宿と食事も頼みたいところだな」
ゴリアテが付け加える。
アルバートは二人を見比べ、少し考えた後に頷いた。
「分かった。領地の機密に関わる資料を除き、書庫の閲覧を許可しよう。滞在中の宿と食事もこちらで用意する」
「ありがてぇ! 話が早くて助かるぜ」
「感謝する」
「ただし、資料の持ち出しは禁止だ。必要な箇所を書き写す場合は、担当者に確認を取ってもらいたい」
「もちろんだ」
二人は了承した。
こうして、黒き霧の調査を目的とした依頼は正式に決まった。
アルバートはメッナに今後の手配を指示し、蒼き風との面会についても調整を進めるよう告げた。ノームの一族については、彼らの生活を乱さないよう、まずは本人たちの意向を確かめることになった。
話が終わり、二人が席を立つ。
「蒼き風との面会は、準備が整い次第知らせよう」
「楽しみにしてるぜ。実際に戦った連中の話は、きっと役に立つ」
「俺もノームと話せる機会を楽しみにしている」
アイズはそう言って、軽く頭を下げた。
部屋を出ると、廊下の窓から冬の庭園が見えた。葉を落とした木々の枝が、冷たい風に揺れている。
「この国の冬は、やはり長いな」
アイズが窓の外を眺めながら呟いた。
「お前にとっちゃ、居心地がいいんじゃねぇの?」
「そうかもしれない。だが、夏も知らないわけじゃない」
「いつか戻るんだろ?」
「ああ。そのためにも、自分のことを知りたい」
「そりゃいい。俺も南へ帰った時に、胸を張って話せる土産話が欲しいもんだ」
ゴリアテは大きく笑った。
二人の目的は同じではない。
けれど、各地に散らばる光の人の伝承を追う道の先で、二人はこの地へとたどり着いた。
そして今、その道は黒き霧という新たな謎へとつながろうとしていた。




