第127話 あなたのお歳はお幾つ?
第127話 あなたのお歳はお幾つ?
アルブレーヴから送られてきた、遠い昔の記憶。
白いカランコエの花が咲く石垣のそばで、小さな身体を揺らしながら歩く、幼い頃の彼の姿。
その光景を思い返していた紬は、目の前にいるアルブレーヴを見上げた。
今の彼は、白く美しい毛並みと二本の角を持ち、落ち着いた雰囲気をまとっている。立派な姿はとても格好よく、森の中にいてもひときわ目を引く存在だ。
けれど、あの記憶の中にいた小さな姿を思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。
『カランって、今はすごく格好いいけど、昔はすごく可愛かったよね!』
紬がそう言うと、アルブレーヴの耳がぴくりと動いた。
名前を呼ばれたことに反応したのか、それとも昔の姿を思い出したのか。彼はゆっくりと紬の方へ顔を向ける。
その様子を見て、紬はふと別のことが気になった。
「そういえば、カランは今、何歳なの?」
アルブレーヴは一度瞬きをすると、少しだけ顔を上げた。
「フスン」
いつものように、短い声が返ってくる。
紬にはその意味が分からず、首を傾げた。
すると、近くにいたルリがふわりと飛んできた。紬の肩のあたりに浮かび、アルブレーヴの方を見てから、楽しそうに笑う。
『わかんないって〜。数えてないから、わからないみたい』
「えっ、数えてないの?」
紬は思わずアルブレーヴを見た。
彼は特に気にした様子もなく、穏やかな顔でこちらを見ている。
何百年も生きていれば、年齢を数えること自体が面倒になってしまうのだろうか。
そんなことを考えていると、そばで話を聞いていたババロが口を開いた。
「ノームの長老も、六百歳から先は数えていないらしいぞ。長く生きていると、いちいち数えるのが面倒になるのかもしれないな」
「六百歳から!?」
思わず声が大きくなった。
六百歳。紬の知っている地球の人間の寿命とは、あまりにもかけ離れた数字だ。
「そういう話を聞いたことがある。アルブレーヴも、似たようなものなんだろう。面倒だから数えていないんじゃないか?」
ババロはそう言って、アルブレーヴの方をちらりと見た。
アルブレーヴは否定することもなく、ゆったりと目を細めている。
「そっかぁ……。長く生きていると、年齢を気にしなくなるのかな」
紬は納得したように頷いた。
けれど、そうなると他のみんなの年齢も気になってくる。
いつも一緒に過ごしている仲間たち。そういえば、紬は彼らの年齢を詳しく聞いたことがなかった。
「じゃあ、ルリは何歳なの?」
肩の近くを飛んでいたルリに尋ねる。
すると、ルリは待ってましたとばかりに胸を張った。
『ルリねー、六ヶ月くらい〜』
「……え?」
紬は一瞬、聞き間違えたのかと思った。
「六ヶ月?」
『うん! 六ヶ月くらい!』
ルリは小さな身体をくるりと回し、透明な四枚の羽をぱたぱたと動かした。
「ええっ! 生まれたばかりなの?」
紬の声に、ルリは不思議そうに首を傾げる。
紬の感覚では、六ヶ月といえばまだまだ幼い時期だ。人間なら、ようやく寝返りをしたり、少しずつ周囲に興味を持ち始めたりする頃だろう。
目の前のルリは、自由に空を飛び回り、魔法まで使いこなしている。
どう見ても、紬が知っている生後半年の子どもとは違っていた。
「フェアリーは特殊だぞ」
ババロが説明を始めた。
「フェアリーは世界の古代種だ。人間や普通の動物と同じ感覚で考えることはできない。成長の仕方も寿命も、ほかの種族とは違うんだ」
「古代種……」
「そうだ。見た目や年齢だけで判断できるような存在じゃない。長い時間を生きる種族もいれば、独自の成長をする種族もいる。フェアリーは、その中でも特別な存在なんだ」
紬はルリを見つめた。
ルリはそんな説明を聞いても、特に気にする様子はない。紬の周りをくるくると飛びながら、楽しそうに羽を動かしている。
「そうなんだね。六ヶ月でも、ルリはルリだもんね」
『そうだよ〜!』
ルリは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、年齢がいくつであっても、今のルリらしさは変わらないのだと思えた。
そこで紬は、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……あれ? 六ヶ月前って、夏だよね」
この世界に来たのは、夏の頃だった。
目の前のルリが生まれた時期と、紬がこの世界で暮らし始めた頃は、もしかしたら近いのかもしれない。
「私がこっちの世界に来た頃かな……」
小さく呟きながら、ルリを見つめる。
初めてこの世界に来た日のことを思い出す。知らない森、見慣れない植物、聞いたことのない生き物たち。何も分からず、不安でいっぱいだった頃だ。
そんな時期に、ルリも生まれていたのかもしれない。
もちろん、正確な日付までは分からない。それでも、同じ季節を思い浮かべると、少し不思議な気持ちになった。
「なんだか、そう考えると不思議だね」
『なにが〜?』
「ううん。なんでもないよ」
紬は微笑み、ルリの頭にそっと指を近づけた。
ルリはその指先に寄ってきて、楽しそうにくるりと回る。
その姿を見ていた紬は、今度はババロへと視線を向けた。
「そういえば、ババロは二百五十歳だよね」
「ああ、そうだ」
ババロはいつもの調子で頷いた。
以前に聞いていたことなので、紬も忘れていたわけではない。ただ、こうしてみんなの年齢を順番に考えていると、改めて確認したくなったのだ。
二百五十歳。
数字だけを聞けば驚くほど長い年月だが、ババロはその年齢にふさわしい落ち着きと経験を持っているように感じる。
それでも、ノームの長老は六百歳を超えているらしい。
そう考えると、二百五十歳という年齢も、ノームの中ではまだまだ若い方なのかもしれない。
「ババロも、すごく長生きなんだね」
「まあな。俺たちノームは、人間より長く生きる種族だからな」
「そっかぁ」
紬は頷きながら、ふと隣にいるルーチェへと目を向けた。
虹色の羽を持つ大きな鳥。
いつも堂々としていて、時には子どものように好奇心旺盛な姿を見せる。紬にとっては、一緒に暮らす大切な仲間の一人だ。
「じゃあ、ルーチェは何歳なの?」
声をかけると、ルーチェは首を傾けた。
「ギョエ!」
いつもより少し大きな鳴き声が返ってくる。
紬には意味が分からなかったが、すぐにルリが反応した。
『ルーチェはねー、二百歳だって!』
「おおー! 二百歳!」
紬は目を丸くした。
ババロよりは少し若いけれど、それでも二百年という年月を生きている。
「すごいね! お姉さんだ!」
そう言ってルーチェを見上げると、彼はすっと胸を張った。
ふわりと虹色の羽を広げ、顎を少し上げる。まるで、当然だと言わんばかりの堂々とした姿だった。
「ギョッ」
どこか得意げな鳴き声が響く。
その様子を見て、紬は思わず笑ってしまった。
「ふふっ。お姉さんって言われて嬉しいの?」
「ギョエ!」
ルーチェはさらに胸を張る。
どうやら、かなり気に入ったらしい。
いつも頼もしく、空を自由に飛び回るルーチェ。二百年という長い時間を生きてきたのなら、紬が知らない景色も、たくさん見てきたのだろう。
そんなことを考えると、改めてすごい存在なのだと思う。
けれど、胸を張っている姿はどこか可愛らしくて、紬にはいつものルーチェと変わらないようにも見えた。
「じゃあ、次はラタとカーバンクルだね」
紬が二匹の方を見る。
ラタは白い身体をちょこんと揺らし、カーバンクルは額の赤い宝石をきらりと光らせながら、そばに並んでいた。
「二人は何歳なの?」
紬が尋ねると、二匹は小さく鳴き声を上げた。
「ちゅっ」
「きゅっ」
それから、ルリが二匹の様子を見て、紬に伝える。
『二人とも十八歳だって〜!』
「えっ、十八歳? 二人とも同じなの?」
ルリがこくりと頷いた。
『同い年だよ〜。小さい頃から一緒なんだって!』
「そうなんだ! 幼なじみなんだね」
紬がそう言うと、ラタとカーバンクルは互いに顔を見合わせた。
そして、二匹は揃って後ろ足で立ち上がった。
ラタが前足を伸ばし、カーバンクルの肩に回す。カーバンクルも同じように前足を伸ばして、ラタの身体に寄り添った。
まるで、仲の良い友達同士が肩を組んでいるようだった。
「あははっ! 二人とも仲良しだね!」
紬は笑いながら二匹を見つめた。
普段から一緒にいる姿はよく見ている。食べ物を探すときも、何かを見つけたときも、二匹は自然と隣にいることが多い。
けれど、こうして並んで立ち上がり、肩を組むような仕草を見せられると、本当に長い時間を一緒に過ごしてきたのだと感じられる。
「十八歳かぁ。いちばん楽しい時期だよね!」
紬がそう言うと、二匹は顔を見合わせ、さらに身体を寄せ合った。
どうやら、褒められたと思ったらしい。
ラタの小さな耳がぴくぴくと動き、カーバンクルの額の赤い宝石が光を受けてきらりと輝く。
そんな二匹を見て、紬はまた笑った。
人間の友達同士のような仕草をする二匹。
種族は違っても、長い時間を一緒に過ごし、互いを大切に思う気持ちは同じなのかもしれない。
紬は二匹の姿を眺めながら、これまで聞いた年齢を頭の中で並べてみた。
アルブレーヴは数えていないため分からない。
ルリは生後六ヶ月ほど。
ババロは二百五十歳。
ルーチェは二百歳。
そして、ラタとカーバンクルは十八歳。
改めて考えてみると、ずいぶん幅がある。
特に、ババロやルーチェの年齢は、紬が地球で暮らしていた頃の感覚では考えられないほど長い。
人間なら、二百歳も二百五十歳も生きることはできない。動物たちだって、種類によって寿命は違うけれど、そこまで長く生きる生き物はほとんどいなかった。
それなのに、この世界では長い年月を生きる存在が、身近に何人もいる。
「……あれ?」
紬は小さく声を漏らした。
もしかして、この世界の生き物は、地球の生き物よりも長生きする種類が多いのだろうか。
もちろん、すべての生き物がそうとは限らない。森には短い命を生きる小さな生き物もいるだろうし、種族によって寿命は違うはずだ。
それでも、今まで出会った仲間たちを思い返すと、長寿の存在が多いように感じる。
「この世界って、地球より長生きする生き物が多いのかな……」
紬が考え込むように呟くと、ババロがこちらを見た。
「種族によって違うから、一概には言えないぞ。長く生きるものもいれば、そうでないものもいる。俺たちのような種族もいれば、人間とあまり変わらない寿命のものもいるだろう」
「そっか。やっぱり、みんなそれぞれ違うんだね」
「そういうことだ」
ババロの言葉に、紬は頷いた。
まだまだ知らないことばかりだ。
この世界には、紬が今まで暮らしていた地球とは違う常識がたくさんある。生き物の寿命も、その一つなのだろう。
何百年も生きる仲間がいる一方で、生まれて半年ほどのルリもいる。
十八歳のラタとカーバンクルは、今も昔も変わらず仲良く過ごしている。
それぞれの時間の流れは違っていても、こうして同じ場所で一緒に過ごせることが、紬には嬉しかった。
紬はみんなの顔を順番に見渡した。
「みんな、これからもよろしくね」
その言葉に、ルリは嬉しそうに羽を動かし、ルーチェは胸を張ったまま鳴き声を上げる。ラタとカーバンクルは、まだ肩を組んだまま寄り添っていた。
アルブレーヴは穏やかな目で紬を見つめ、ババロは小さく笑った。
年齢を知ったからといって、何かが変わるわけではない。
けれど、みんながこれまで過ごしてきた時間を少しだけ知ることができた。
紬は、そんな何気ない発見を大切にしながら、みんなと過ごす時間を楽しんでいこうと思った。
それぞれ違う時間を生きてきた仲間たち。
これから先、どんな話を聞かせてもらえるのだろう。
そんなことを考えながら、紬はみんなと一緒に穏やかな時間を過ごした。




