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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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閑話 秋~冬冒険者の戦い

閑話 秋~冬冒険者の戦い


 帰らずの森には、冬の足音が近づいていた。


 木々の葉は色を失い、乾いた風が地面に積もった落ち葉を舞い上げている。


 その森の中を、六人の冒険者が慎重に進んでいた。


 冒険者パーティー、蒼き風。


 先頭を歩くガルドは、周囲を警戒しながら小さく息を吐いた。


「……明らかに増えてるな」


「ええ。さっきから、魔物の気配が途切れないわ」


 半エルフのミーナが、長い耳を動かして周囲の音を探る。


 帰らずの森は、もともと魔物の多い場所だ。しかし、今日は様子が違っていた。


 小型の魔物だけでなく、普段ならもっと森の奥にいるはずの中型の魔物まで姿を見せている。


 できる限り戦闘を避けて進んできたものの、それも次第に難しくなっていた。


「このままじゃ、余計な戦闘が増えるだけだな」


 ロックが盾を背負い直す。


「クロトゲノキを見つけたら、採取して帰ろう。これ以上、奥へ進むのは危険だ」


 ガルドの提案に、仲間たちも頷いた。


 空気は冷たく、吐く息も白くなり始めている。


 いつ雪が降り始めてもおかしくない。


「そうね。必要な分が採れたら、すぐに戻りましょう」


 ミーナが同意する。


「よし、決まりだ。周囲を警戒しながら進むぞ」


 ガルドの声に、全員が気を引き締めた。


 ところが、移動を始めて間もなく――。


 ガサガサガサッ!


 茂みが激しく揺れた。


「魔物か!」


 反射的に武器を構える蒼き風。


 茂みから飛び出してきたのは、小さな魔物の群れだった。


 しかし、それだけではない。


 少し遅れて、スタンプボアをはじめとする中型の魔物たちが、森の奥から次々と走ってきた。


 その勢いに、一同は思わず身構える。


 だが。


 魔物たちは、蒼き風を見ても立ち止まらなかった。


 まるで彼らなど目に入っていないかのように、そのまま脇を駆け抜けていく。


「……おい、なんだ?」


 ロックが呆然とした声を漏らした。


 小型の魔物も、スタンプボアも、振り返ることなく森の入口へ向かって走り去っていく。


 ガルドは、彼らが来た方向をじっと見つめた。


「何かから逃げている……?」


 そのときだった。


 ギリギリ……。


 森の奥から、耳障りな音が聞こえてきた。


 ガリガリ……ギリギリ……。


 何かが硬いものを引っ掻くような音。


 聞いているだけで、背筋がざわつく。


「……おいおい、この音……」


 トーマが声を潜めた。


「ああ、間違いない」


 ガルドの表情が険しくなる。


 ミーナの肌に、ぞわりと鳥肌が立った。


「そんな……どうして、こんな時期に……」


 トーマが森の奥を見つめたまま呟く。


「黒き霧!」


 その名が口から出た瞬間、周囲の空気がいっそう冷たく感じられた。


 黒き霧。


 危険度A+に分類される、極めて危険な魔物。


 冬に現れ、吹雪をまといながら周囲を凍てつかせる存在だ。


 あの魔物が近づけば、気温は急激に下がり、やがて雪や吹雪に見舞われる。


「やばいな……吹雪が来るぞ。雪も降り始めるかもしれない」


 ガルドが低く呟く。


「でも、なんでこんな場所にいるの……?」


 ミーナの問いに、誰も答えられなかった。


 今はまだ、秋の終わり。


 冬の魔物が現れるには、早すぎる。


 ギリギリ……ガリガリ……。


 嫌な音は、少しずつ近づいていた。


「……俺が様子を見てくる」


 ニルが声を潜めて言った。


「気づかれないように、木の上から確認してくるよ」


「無理するなよ。少しでも危険を感じたら、すぐに戻れ」


 ガルドが念を押す。


「分かってる」


 ニルは軽く手を上げると、近くの木に手を掛けた。


 身軽に幹を登り、枝から枝へと移動していく。


 葉の陰に身を潜めながら、森の奥を見渡した。


 そして――。


 見つけた。


 少し開けた場所に、大きめのクロトゲノキが立っていた。


 その周囲を、黒い霧がぐるぐると回っている。


 霧の中から伸びる長い爪が、ときおり木の幹に突き立てられていた。


 ガリガリ……。


 爪が木の皮を削り取る。


 黒き霧は、何かを探すように木の周囲を何度も巡っていた。


 その周りでは、空気が目に見えて冷えている。


 風に舞う枯れ葉が、黒い霧に引き寄せられるように渦を巻いていた。


 ニルはそれ以上近づかず、慎重に木を降りた。


「見つけた。クロトゲノキだ」


「本当か?」


 ガルドが尋ねる。


「ああ。ただし、最悪の場所にある」


 ニルは、見たものを手短に説明した。


「黒き霧が、クロトゲノキの周りをぐるぐる回っている。時々、爪で幹を引っ掻いていた。周囲の温度も下がっているし、枯れ葉も舞っていた」


「……よりによって、クロトゲノキ……」


 ガルドは頭を抱えた。


 ようやく見つけた目的の木が、危険な魔物のすぐそばにある。


 黒き霧を相手に、正面から戦うのは避けたい。


 しかし、このまま諦めて帰るのも惜しかった。


「何かいい案はないか?」


 ガルドが仲間たちを見回す。


 しばらく考え込んだあと、トーマが口を開いた。


「……閃光魔法を使うのはどうだ?」


「閃光魔法?」


「ああ。強い光を一気に放てば、黒き霧も周囲を見失うはずだ。その隙に、ニーナの光の矢を撃ち込む。うまくいけば、追い払えるかもしれない」


 全員の視線が、ニーナに集まった。


 ニーナは困ったように眉を寄せる。


「光の矢は一本しかないのよね……」


「分かってる。ヤツを追い払うには超高級な光魔法を封じ込めた矢じゃなきゃ無理だ」


 トーマも難しい顔をした。


 光の魔法は、闇に属する存在に対して強い力を発揮する。


 それを封じ込めた矢ともなれば、値段も相当なものだ。


「でも、ここで使わなかったら、クロトゲノキを諦めることになる」


 ガルドは木のある方向を見た。


「ギルドに費用を請求できるかもしれない。それに、クロトゲノキの実もかなり生っているんだろう?」


「ああ。十分な量が採れそうだった」


 ニルが答える。


「なら、損にはならないはずだ。……よし、やろう」


 ガルドの決断に、ニーナは小さく息を吐いた。


「分かったわ。大事な一本なんだから、絶対に当てるわよ」


「頼んだぞ」


 作戦は決まった。


 閃光魔法で黒き霧の視界を奪い、ニーナの光の矢で攻撃する。


 その隙にロックが盾で体当たりし、森の奥へ押し返す。


 倒す必要はない。


 目的は、あくまで追い払うこと。


 蒼き風は互いに目配せを交わし、黒き霧に気づかれないよう、静かに移動を始めた。


 冷たい風が吹き抜ける。


 森の奥では、相変わらず不気味な音が鳴り続けていた。


 ギリギリ……ガリガリ……。


     *


 同じころ。


 黒き霧がうろつくクロトゲノキの根元。


 大きく張り出した木の根が地面を持ち上げ、その下に小さな空間を作っていた。


 そこに、ひとりのノームが身を縮めて隠れていた。


 バルバロである。


 身体には傷があり、服も土や泥で汚れていた。


 父親のババロが、あれに襲われた。


 それから、帰ってこない。


 心配になって父親を探しに来たバルバロだったが、自分もあれに見つかってしまった。


 必死に逃げ、ようやく木の根元へ潜り込んだものの、怪我のせいで思うように動けない。


 外では、あれがうろついていた。


 ギリギリ……。


 ガリガリ……。


 長い爪が、木の幹を削っている。


 木を倒そうとしているのだ。


 爪が幹に食い込むたび、木全体が大きく揺れた。


 バルバロは口を押さえ、息を殺す。


 やがて、黒い霧の中から長い爪が伸びてきた。


 木の根元を探るように、鋭い爪先が地面を引っ掻く。


 あと少し。


 あと少しで、届いてしまう。


 バルバロは、震える身体を抱きしめた。


 父さん……。


 心の中で何度も呼ぶ。


 けれど、返事はない。


 ギリギリ……ガリガリ……。


 木が、また大きく揺れた。


 バルバロは、逃げることもできず、ただ身を縮めるしかなかった。


     *


「……位置についたな」


 ガルドが小さく囁いた。


 黒き霧は、まだクロトゲノキの周囲をうろついている。


 蒼き風は木々の陰に身を隠し、それぞれの役割を確認した。


 トーマが魔法を構える。


 ニーナは弓を握り、一本だけ残された光の矢をつがえた。


 ロックは盾を前に構え、黒き霧へ突進するタイミングを待つ。


 ガルドが、仲間たちを見回した。


「合図をしたら、全員目を閉じろ。閃光のあと、ニーナが撃つ。ロックは矢が当たったのを確認してから突っ込め」


「了解」


 皆が静かに頷いた。


 ガルドは、黒き霧の動きを見定める。


 黒い霧が、クロトゲノキの幹に長い爪を立てた。


 ガリガリ……。


 今だ。


「トーマ!」


「任せろ!」


 トーマが魔法を放った。


 次の瞬間、森を真っ白な光が包み込んだ。


「全員、目を閉じろ!」


 ガルドの声と同時に、蒼き風の面々は目を閉じた。


 強烈な閃光が、木々の間を駆け抜ける。


 光をまともに受けた黒き霧は、周囲の様子を見失ったように大きくうねった。


 ギリギリギリギリッ!


 長い爪が、むやみに振り回される。


 木の枝が折れ、落ち葉が吹き飛び、黒い霧が激しく渦巻いた。


 何も見えない。


 どこに何があるのかも分からない。


 黒き霧は、怒り狂ったように暴れ始めた。


「ニーナ!」


 ガルドの合図が響く。


 ニーナは目を開き、弓を引き絞った。


 一本しかない、貴重な光の矢。


 その矢身は、まばゆいばかりの白い光を放っていた。


 ギリッ。


 弦が張り詰める。


 狙うのは、黒き霧の足。


「……当たって!」


 矢が放たれた。


 真っ白な光をまとった矢が、一直線に黒き霧へ飛んでいく。


 そして――。


 足に命中した。


 その瞬間、矢が当たった部分の黒い霧が、一瞬にして打ち消された。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 黒き霧の悲鳴が、森中に響き渡る。


 霧が大きく乱れ、黒い塊がのたうつように暴れた。


「今だ、ロック!」


「おおおおっ!」


 ロックが地面を蹴った。


 大盾を前に構え、黒き霧へ向かって全力で突進する。


「吹っ飛べぇぇぇっ!」


 ドォンッ!


 盾が黒き霧に激突した。


 強烈な衝撃が伝わり、黒き霧の巨体が横へと弾き飛ばされる。


 閃光によって視界を奪われ、光の矢で足を打ち消された黒き霧は、何が起きたのかも分からないまま、森の奥へと吹き飛ばされた。


 枝が折れ、枯れ葉が舞い上がる。


 黒い霧は木々の間を大きく揺れながら、さらに奥へと押しやられていった。


 やがて、その姿は木々の向こうへ消えていった。


 ギリ……。


 遠くで、不気味な音が鳴った。


 それきり、音は聞こえなくなった。


「……追い払えたか?」


 ロックが盾を構えたまま、森の奥を睨む。


「油断するな。倒したわけじゃない」


 ガルドは剣を構えたまま、周囲を警戒した。


 黒き霧は倒れてはいない。


 ただ、森の奥へ追い払っただけだ。


 それでも、今は十分だった。


「ニーナ、矢は?」


「……ちゃんと当たったわよ。高い矢なんだから、無駄にはできないもの」


「よくやった」


 ガルドが短く頷く。


「戻ってくる前に、クロトゲノキの実を採取するぞ。急げ!」


 蒼き風の面々は、すぐに動き出した。


 目的のクロトゲノキは、すぐ目の前にある。


 黒き霧が爪を立てていた幹には、いくつもの傷が残っていた。削られた樹皮が地面に散らばっているものの、木そのものは倒れずに済んだようだ。


「ひどい傷ね……。でも、実は無事みたい」


 ミーナが枝を見上げた。


 クロトゲノキには、黒みを帯びた実がいくつも生っていた。


「採れるだけ採りたいところだが、欲張るなよ。必要な分を確保したら、すぐに離れる」


「分かってるわ」


 ニーナとトーマが採取用の袋を取り出し、ロックは盾を構えたまま周囲を警戒する。


 ニルは近くの木に登り、森の奥に黒き霧の姿がないかを確かめていた。


 ガルドとミーナは、手の届く枝から慎重に実を摘み取っていく。


 一つずつ傷の有無を確かめ、採れた実を袋へ収めていった。


 その足元。


 大きく張り出した木の根の隙間には、小さな身体がひっそりと身を潜めていた。


 バルバロは、息を殺したまま動かなかった。


 すぐ近くに人の気配がある。


 けれど、今の彼には顔を上げることさえつらかった。怪我をした身体を木の根に預け、ただじっと、彼らの声に耳を傾けていた。


「こっちは状態がいいわ。まだまだ採れそうよ」


「よし。だが、採取に夢中になるな。少しでも異変があったら、すぐに離れるぞ」


 ガルドは周囲を警戒しながら、仲間たちに指示を出す。


 先ほどまで聞こえていた不気味な音は途絶えていた。


 それでも、黒き霧が消えたわけではない。


 いつ戻ってきてもおかしくないのだ。


 蒼き風は必要な分の実を手早く採取していった。


 やがて、袋が十分な重さになったところで、ガルドが手を上げた。


「……これくらいあれば十分だ。採取は終わりにしよう」


「これなら、光の矢の代金も何とかなるかしら?」


 ニーナが、空になった矢筒を見ながら苦笑する。


「ギルドへの報告次第だな。黒き霧が現れたことも、きちんと説明しないといけない」


 ガルドはそう答え、仲間たちを見回した。


「よし、荷物をまとめて――」


 そのとき。


 ガサ……。


 かすかな物音が聞こえた。


 ガルドが言葉を止める。


「……今、何か聞こえなかったか?」


「ええ。あっちからよ」


 ミーナが、クロトゲノキの根元へ視線を向けた。


 大きく張り出した根の陰。


 そこに、何かがいる。


 蒼き風は互いに目配せを交わし、慎重に近づいた。


「誰かいるのか?」


 ガルドが声をかける。


 返事はない。


 ロックが盾を構え、ニルが周囲を警戒する。


 ガルドが木の根元を覗き込んだ、そのときだった。


「……は?」


 そこには、小さな人影がうずくまっていた。


 土に汚れた服。


 傷だらけの身体。


 そして、人間とは明らかに違う姿。


「おい……こいつ、まさか……」


 ロックが目を見開く。


「ノーム……?」


 ミーナも驚きを隠せなかった。


 森の農夫とも呼ばれるノームは、自然とともに暮らし、人間の前に姿を現すことが滅多にない種族だ。


 熟練の冒険者である蒼き風でさえ、そう簡単に出会える相手ではない。


 それが、どうしてこんな危険な森の奥で、怪我をして隠れているのか。


 ガルドは驚きを押し殺し、できるだけ穏やかな声で尋ねた。


「おい、大丈夫か?」


 小さなノームは、ゆっくりと顔を上げた。


「……あれは……?」


「森の奥へ追い払った。だが、戻ってくるかもしれない。ここを離れよう」


 ガルドは膝をつき、バルバロの傷を確かめた。


 身体のあちこちに傷があり、かなり消耗している。


「ひどい怪我だな……。ここじゃ、応急手当てしかできないが、少し我慢してくれ」


 ミーナが薬と包帯を取り出し、仲間たちと手分けして傷の手当てを始めた。


 バルバロは痛みに顔をしかめながらも、じっと耐えていた。


 やがて、手当てが一段落すると、バルバロはガルドを見上げた。


「……お願いが、あるんだ」


「何だ?」


「父さんを……探してほしい」


 蒼き風の面々は、静かに耳を傾けた。


「父さんが……あれに襲われたんだ。帰ってこないから、探しに来た。でも……僕も見つかって……」


 バルバロの声が震えた。


 思い出すだけで、恐怖が蘇るのだろう。


「父さんを見つけてほしい。お願いだ。報酬も出すから……」


 小さな手が、ぎゅっと握りしめられた。


 父親を心配する気持ちは、痛いほど伝わってきた。


 ガルドは仲間たちと目を合わせた。


 ミーナが頷き、ロックも真剣な表情で応じる。


「……分かった。依頼は引き受けたい」


 バルバロの顔に、わずかな希望が浮かんだ。


 しかし、ガルドは続けた。


「ただ、今すぐ捜索を始めるわけにはいかない。お前は怪我をしているし、ここは危険だ。俺たちも、黒き霧が現れたことをギルドへ報告しなければならない」


「……街に、戻るの?」


「ああ。一度街へ戻って、お前の手当てをきちんと受けてもらう。それからギルドで事情を話してほしい。父親を探す依頼も、正式に受けたいんだ」


 バルバロは、すぐには答えなかった。


 今すぐ父親を探しに行きたい。


 けれど、自分は怪我をしている。


 このままでは、またあれに襲われるかもしれない。


 しばらく俯いていたバルバロは、やがて小さく頷いた。


「……分かった。お願い、します」


「よし。まずは街へ戻ろう」


 ガルドが立ち上がる。


 ロックは盾を背負い直し、ニーナは弓を収めた。トーマとニルは周囲を警戒し、ミーナはバルバロが歩けるかどうかを確かめる。


 バルバロは、差し伸べられた手を見つめた。


 そして、ゆっくりとその手を取った。


 父親は、まだ見つかっていない。


 それでも、今度は一人ではない。


 蒼き風の仲間たちに支えられながら、バルバロは帰らずの森を後にすることになった。


 冷たい風が、木々の間を吹き抜けていく。


 秋は終わりに近づいていた。


 そして、森には少しずつ、冬の気配が満ち始めていた。

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