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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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第115話 葉占い

第115話 葉占い


窓の外では、今日も雪が静かに降り続いていた。


 石垣の向こうに広がる森は、すっかり白い世界に変わっている。枝に積もった雪が風に揺れ、時折、さらさらと地面へ落ちていった。


 黒い霧の魔物が現れてから、森の様子はどこかおかしい。


 それでも、石垣に守られた家の中には、いつもの穏やかな時間が流れていた。


 紬が新しく作ってもらったテーブルには、ブルーバンブーのコップが並んでいる。中には温かな薬草茶。甘い香りが部屋に広がり、冷えた身体をゆっくりと温めてくれていた。


 そのテーブルのそばで、ババロが小枝を手に取っていた。


 傷はすっかり癒えたものの、長い間、魔物から逃げ続けていた疲れはまだ残っている。今は無理をせず、紬たちの家で身体を休めていた。


 けれど、じっとしているのは性に合わないらしい。


 ババロは小枝を指先で軽く弾くと、何かを確かめるように眺めた。


 すると、枝の先がゆっくりと曲がり、そこから小さな葉が顔を出した。


 紬は目を丸くした。


「すごいっ! ババロ、それ何?」


 思わず身を乗り出す紬に、ババロは顔を上げた。


「ん? ああ、これか。魔法だ、ま、ほ、う」


 まるで大したことではないとでもいうように、ババロは小枝を持ち直した。


 そして指先を動かすと、今度は枝がくるりと曲がり、小さな葉が二枚、仲良く並んで開いた。


「わあっ! 葉っぱ、いつぱい!」


 紬は枝に顔を近づけた。


 さっきまで何もなかったところから、葉が生まれている。


 ババロが手を動かしただけなのに、どうしてこんなことができるのだろう。


 不思議で、面白くて、もっと見ていたい。


 紬の目は、すっかり小枝に釘付けになっていた。


 ババロはそんな紬を見て、口元を緩めた。


「なんだ、そんなに気になるか?」


「うん! 私も、まほう!」


 紬は迷いなく答えた。


 この世界に来てから、何度も不思議なものを見てきた。


 ルーチェの放つ光。ルリの不思議な術。アルブレーヴが森の中で見せる、神秘的な力。


 どれも紬にはできないことばかりだった。


 けれど、目の前でババロが見せてくれた魔法は、どこか身近に感じられた。


 枝が伸び、葉が開く。


 自然の中で起きることを、ほんの少し手助けしているようにも見える。


 自分にもできるのだろうか。


 そんな期待が、紬の胸の中で膨らんでいった。


 ババロは小枝をテーブルに置き、腕を組んだ。


「魔法を使ってみたいのか。よし、まずは魔力があるか確かめるところからだな」


 ババロが頷くのを見て紬の顔がぱっと明るくなった。


「ほんと? ありがとう!」


 その様子を見ていたルリも、嬉しそうに羽をぱたぱたと動かした。


『ツムギ、魔法するの? 楽しみ!』


 ルリは紬の肩の近くまで飛んでくると、ババロの顔を覗き込んだ。


 ババロはルリにも目を向け、軽く頷いた。


「その前に、魔法の仕組みを少し話しておくか。知らねえまま使おうとしても、うまくはいかないからな」


 紬は真剣な顔で頷いた。


 ババロはテーブルに置いた小枝を指先で転がしながら、説明を始めた。


「魔法を使うには魔力がいる。だが、魔力の性質はどの種族も同じってわけじゃない。生まれ持った種族や、自然とのつながりによって違ってくるんだ」


 ババロは身振り手振り時にはゆっくり教えた。

紬は一生懸命に聞いていた。


 けれど、共通語で続く説明は、少しずつ難しくなっていく。


「俺たちノームは、原始に近い存在だ。自然とやり取りして、その力を借りる。そうやって魔法を使うんだよ」


 紬は首を傾げた。


 分かったような、分からないような。


 そんな紬に気づいたルリが、そばへ飛んできた。


『ババロ、自然の力、借りる。木や土と仲良し。そこから力、もらうの』


 短い言葉を選びながら、ルリは一生懸命に説明した。


 紬は何度か頷いた。


「そっか……!」


 自然の力を借りる。


 そう聞くと、さっきの枝の変化も少し分かる気がした。


 ババロは自分の手を見つめながら、さらに話を続けた。


「俺は土と植物との相性がいい。だから、根を伸ばしたり、葉を育てたりするのが得意なんだ」


 ルリは自分の胸を指さし、それから窓の外に目を向けた。


『わたし、妖精。ババロと違う。自然に近い。色で、魔法も違うの』


 それだけ伝えると、ルリは指先に小さな青い光を灯した。


 光はふわりと浮かび、すぐに消えてしまう。


 紬はその動きを目で追った。


 ルリの魔法は、いつ見ても不思議だ。


 あの小さな身体のどこに、そんな力が隠れているのだろう。


「……、人間は?」


 紬が尋ねると、ババロは少し考えてから答えた。


「人間は、俺たちみたいに自然の力を直接借りるのが得意じゃない。そのぶん、魔石や道具を使ったり、飾文字を組み合わせたりして魔法を使うんだ」


 またもや難しい言葉が出てきた。


 紬は眉を寄せた。


 ルリは少し考えてから、手を動かしながら説明した。


『人間、道具を使う。特別な文字も使う。そうすると、魔法が使いやすいの』


 紬はふむふむと頷いた。


 この世界の人間は、魔法を使うためにいろいろと工夫をしているらしい。


 魔石に、道具に、文字。


 それぞれにどんな仕組みがあるのか、気になることはたくさんあった。


 けれど、今はまず、自分が魔法を使えるのかどうかを知りたかった。


 紬が期待を込めてババロを見つめていると、彼は腕を組んだまま、じっと紬の顔を見た。


「……ただな、ツムギはだいぶこっちよりだからな」


「こっち?」


 紬はきょとんとした。


 ババロは自分の胸を指さした。


「自然に近い側ってことだ。お前、森のものと妙に馴染むだろ」


 ルリが紬の肩に座り、短く言葉を添えた。


『ツムギ、皆と仲良し。』


 紬は自分の手のひらを見つめた。


 自然との相性。


 そう言われても、まだよく分からない。


 けれど、ババロがそう言うのなら、もしかしたら自分にも何かできるのかもしれない。


 期待が、また少し膨らんだ。


「よし。まずは葉っぱを使って、魔力があるか確かめるぞ」


 ババロは立ち上がり、戸口へ向かった。


 紬もすぐに後を追う。


「どうするの?」


「簡単な葉占いだ。難しいことはしねえよ」


 ルリが紬に向かって頷いた。葉っぱで魔力を確かめる。

紬は初めて聞く方法に、目を丸くした。どんな葉っぱを使うのだろう。庭に生えている草でもいいのだろうか。

考えている間に、ババロは家の外へ出ていた。紬も慌てて後を追う。外へ出ると、冷たい空気が頬を撫でた。

空からは相変わらず雪が降り続いている。紬はババロと一緒に家の近くを歩いた。


 ババロは足元に生えていた草の中から、一枚の葉を選んだ。雪に埋もれないように顔を出していた、小さな緑の葉だった。


「これでいい」


 そう言って葉を摘み取ると、ババロは紬を振り返った。


「ツムギも、自分で一枚選んでこい」


 紬は周囲を見回した。葉っぱなら、いくらでもある。けれど、せっかくなら自分がよく知っているものがいい。そう思って目を向けた先に、見慣れた緑色があった。


 ネギだ。


 元の世界から持ってきたネギは、こちらの世界でも元気に育っている。今ではすっかり家の周りに馴染み、寒い中でも青々とした葉を伸ばしていた。


 紬はその中から、傷のない葉を一本選んだ。


「これにする!」


 そう言ってババロに見せる。


 ババロはネギを見て、少しだけ目を細め呟く。


「へえ、。そいつを選ぶのか」


 紬には、その言葉の意味までは分からなかった。

けれど、自分の選んだ葉を使えるのが嬉しくて、にこにこと笑った。二人は葉を手に、家の中へ戻った。

暖かな空気に包まれると、紬はほっと息をついた。

ルリはすでにテーブルの上に陣取り、これから何が始まるのかと興味津々の様子だ。


 ラタとカーバンクルも、ちょこんと顔を出している。

ルーチェは椅子のそばで羽を整えながら、静かに見守っていた。ババロは自分の葉を持ち上げ、紬に見せた。


「よく見てろよ。まずは、葉っぱを口にくわえぼーとするんだ」


 そう言うと、ババロは葉を口にくわえた。紬は目をぱちぱちさせた。葉っぱを口にくわえる。それが最初の手順らしい。ババロはそのまま、しばらくじっとしぽーとていた。

目を閉じるでもなく、何かを唱えるでもない。

ただ、静かに葉をくわえている。

紬も真似をして、自分のネギを口にくわえた。

少し青臭い香りがする。


 いつも料理に使っているネギなのに、こうして口にくわえると、なんだかへんな気分だった。何をすればいいのだろう。魔力を感じるのだろうか。それとも、葉っぱにお願いをするのだろうか。

いろいろ考えているうちに、紬は何となく頭の中が静かになっていくのを感じた。


 しばらくして、ババロが葉を口から外した。

手のひらに葉を乗せ、そっと息を吹きかける。

ふう、と小さな息が葉に触れた。


 その瞬間だった。


 葉の先が、ぴくりと動いた。続いて、茎がゆっくりと伸び始める。小さな葉が次々に開き、緑色が少しずつ鮮やかになっていった。やがて、茎の根元から細い根がいくつも顔を出した。まるで、そこに新しい命が生まれたようだった。


 紬は口をぽかんと開けた。


「わあっ! 伸びた! 根っこ出てきた!」


 思わず声が大きくなる。


 ババロは満足そうに頷いた。


「これが俺の魔力を通した結果だ。土と植物の力が反応すると、こうやって育つ」


 ルリが紬に向かって、葉っぱを指さした。


「ババロ、魔力。葉っぱ、育った!」


 紬はババロの手の中の葉を、まじまじと見つめた。

ほんの少し息を吹きかけただけなのに、こんなに変わるなんて。魔法というものは、本当に不思議だ。

そして、いよいよ自分の番がやってきた。紬は手の中のネギを見下ろした。口にくわえて、しばらくじっとする。それから、手のひらに乗せて息を吹きかける。


 ババロがやったのと同じように。紬はネギを口から外し、両手でそっと包むように持った。

そして、ゆっくりと息を吹きかける。


 ふう。


 ……何も起きない。


 ネギはいつもと同じ姿のままだった。


 紬は首を傾げた。


「……あれ?」


 もう一度、試してみる。

今度は、葉の先まで意識を向けるようにして、そっと息を吹きかけた。


 その瞬間。


 ネギの表面が、淡い青色に染まった。


「えっ?」


 紬の手の中で、青い光と白い光がふわりと揺れた。


 次いで、葉の周りに小さな光の粒が現れる。


 パチッ。


 パチパチッ。


 青い光と白い光が弾けるたび、ネギの輪郭が淡く輝いた。


 紬は驚いて、思わず手を持ち上げた。


「わっ! 色が変わった! 光ってるよ!」


 ネギは緑色を残したまま、その表面に青い光をまとっていた。


 まるで、葉の中に小さな星がいくつも宿っているみたいだ。


 紬は目を丸くしたまま、手の中のネギを見つめた。


 自分がやったのだろうか。


 本当に?


 ババロはネギを覗き込み、しばらく黙っていた。


 やがて、低い声で笑い出した。


「……なんだ、こりゃ」


 紬は顔を上げた。


「えっ、何?」


 ババロは自分の葉と紬のネギを見比べ、首を傾げた。


「俺の魔力なら、根っこや葉が育つ。だが、ツムギのは……何の力なんだこれ?」


 その言葉に、紬も改めてネギを見つめた。確かに、ババロの葉とはまったく違う。根が伸びたわけでもない。葉が大きく育ったわけでもない。


 ただ、青いと白い光が弾けている。その様子を見ていたルリが、ふいに動きを止めた。透明な羽がぴたりと静まり、青い瞳が紬の手元に吸い寄せられる。


『……この光』


 ルリはゆっくりと紬のそばへ近づいた。


『ツムギ、見せて』


 紬は言われたとおり、両手をそっと差し出した。


 ルリはネギの周りを飛びながら、青い光を注意深く観察した。


 光が弾けるたび、ルリの羽にも淡い青色が映る。


『わたしの魔法……似てる』


 紬は不思議そうにルリを見た。


「ルリの魔法と同じなの?」


 ルリはすぐには答えなかった。


 少し考えてから、紬の顔を見つめる。


『似てる。でも、同じ……分からない』


 ルリは空間魔法を使うとき、青い光をまとわせることがある。紬の革袋に不思議な空間を作り出したときも、同じような色の光が現れていた。けれど、今のネギから感じられるものが、本当に自分の魔法と同じなのかは判断できなかった。

光の色が似ているだけかもしれない。

それとも、何か別の理由があるのだろうか。

ルリは首を傾げながら、もう一度ネギを見つめた。

ババロもまた、難しい顔で顎を撫でていた。


「自然に近いってだけじゃ、説明がつかねえな……」


 ぽつりとこぼした言葉に、紬は首を傾げた。


「ババロ、分からない?」


 ババロは紬を見て、それから肩をすくめた。


「分からねえよ。こんなの、俺も初めて見る」


 あまりにもあっさりと言われて、紬は思わず笑ってしまった。魔法に詳しいババロでも、分からないことがあるらしい。それなら、自分が分からなくても仕方がない。そう思うと、少しだけ気が楽になった。手の中のネギは、まだ淡い青色の光をまとっていた。けれど、しばらくすると光の粒は一つ、また一つと消えていき、やがていつもの緑色へと戻っていった。紬はそっとネギを撫でた。

見慣れたネギ。

それなのに、今は少しだけ違って見える。自分の中に、何かがあるのだろうか。ババロのように植物を育てる力なのか。

それとも、ルリの魔法に似た何かなのか。


 答えはまだ分からない。

けれど、確かめたいことが一つ増えた。


「私、もっと魔法を知りたい!」


 紬は顔を上げ、ババロを見つめた。


 ババロはそのまっすぐな目を見て、口元を緩めた。


「ははっ、いい目をしてるじゃねえか。焦るなよ。まずは自分の力を知るところからだ」


 ルリも紬の肩にちょこんと降り立った。


『わたしも……手伝う!』


 紬は嬉しそうに頷いた。今日、初めて自分の手で起こした不思議な変化。まだ何も分からないけれど、魔法への道がほんの少しだけ開いた気がした。


 窓の外では、雪が静かに降り続いている。

石垣の向こうには、今も黒い霧の影が潜んでいるのかもしれない。それでも、家の中には温かな薬草茶の香りと、みんなの穏やかな声が満ちていた。


 紬はブルーバンブーのコップを両手で包み、温もりを感じながら、もう一度ネギを見つめた。

次は、どんな不思議に出会えるのだろう。

そんな期待を胸に、紬は小さく笑った。



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