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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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第114話 みんなの居場所

第114話 みんなの居場所


 朝の光が窓から差し込み、家の中を柔らかく照らしていた。石垣の内側は、今日も穏やかだ。

 外の石垣を越えた先では、あの異常な吹雪が続いているのだろう。けれど、ここには冷たい風も、吹き荒れる雪も届いていなかった。

 紬は朝の支度を終えると、部屋の中を見回した。


 いつもの家。

 いつもの道具。

 いつもの暮らし。

 けれど、ふと考える。

 食事をするときも、何か作業をするときも、みんな床に座っている。

 紬もそうだし、ルリも、ラタも、カーバンクルもそうだった。ルーチェだって、いつもの場所で羽を休めている。

 それが当たり前になっていた。

 今まで一人で暮らしてきた紬にとって、必要なものを自分で工夫して作るのは、いつものことだったからだ。

 そんな紬の様子を、ババロは少し離れた場所から眺めていた。

 昨日よりも身体は楽になっている。

 まだ本調子とはいかないが、歩くこともできるし、簡単な作業なら問題なさそうだった。

 ババロは部屋の中を見回し、それから紬の方へ目を向けた。

「なあ、紬」

「ん?」

 紬は顔を上げた。

「お前たちは、いつもここで食事をしているのか?」

 ババロが床を指さす。

 紬は自分の座っている場所を見て、それから頷いた。

「うん。ここ、ごはん!」

「……そうか」

 ババロは、もう一度部屋の中を見回した。

 食事をするための机もなければ、椅子もない。

 物を置く場所はあっても、暮らしを便利にする家具はほとんど見当たらなかった。

 それでも紬は、特に不自由を感じている様子もなく、にこにことしている。

 ババロは小さく息を吐いた。


「少しくらい、わしにも手伝わせてくれ」

「てつだう?」

「ああ。お前には、いろいろ世話になったからな」


 ババロはそう言うと、部屋の隅に目を向けた。

 そこには、家の中へ持ち込んでいた植物の枝がいくつか置かれている。

 ババロはゆっくりと近づき、一本の枝に手を添えた。

 そして、静かに目を閉じる。

 指先から、淡い魔力が流れ始めた。

 枝が小さく震えた。

 細い蔓が伸び、互いに絡み合いながら形を変えていく。

 木肌が滑らかになり、枝が支えとなり、少しずつ形が整っていった。


 やがて、そこに現れたのは、小さな机だった。

 続いて、もう一本の枝へ手を添える。

 今度は座面ができ、脚が伸び、背もたれが形作られていく。

 あっという間に、簡素ながらもしっかりとした椅子ができあがった。

 紬は、ぽかんと口を開けたまま、その様子を見つめていた。


「……すごい」


 思わず、声が漏れる。

 ババロは額に浮かんだ汗を拭い、満足そうに頷いた。

「これなら、食事もしやすくなるだろう」

 そう言って、机と椅子を紬の前へ置く。

 紬は机を見た。

 椅子を見た。

 そして、もう一度ババロを見た。


「すごい! ババロ、すごい!」


 目がきらきらと輝いている。

 今まで、必要なものは自分で作ってきた。

 失敗しても、うまくいかなくても、自分で考えて、工夫して、何とかしてきた。

 誰かが、自分のために何かを作ってくれる。

 そのことが、紬にはたまらなく嬉しかった。

「ありとー! うれしー!」

 紬はババロのそばへ駆け寄った。

「お、おい?」

 ババロが不思議そうに見上げた、その瞬間。

 紬は小さな身体の脇に両手を差し入れ、ひょいっと抱き上げた。

 そして、そのままぎゅうっと抱きしめる。

「ありとー! ありとー!」

「わっ!?」

 突然のことに、ババロの目が丸くなった。

「な、何をする!?」

 小さな手足が、ばたばたと動く。

「分かった、分かったから! おろしてくれ!」

 けれど、紬は嬉しくてたまらない。

「うれしぃー! すごぉい!」

「だから、分かったと言っておるだろう!」

 ババロは必死に身をよじった。

 ようやく床へ降ろしてもらうと、乱れた服を整え、こほんと咳払いをする。

「まったく……。そんなに喜ぶことか」

 そう言いながらも、その顔には困ったような笑みが浮かんでいた。

 紬は、できあがった机と椅子をもう一度眺めた。

 それから、ふと思いついたように顔を上げる。

「みんな!」

 紬が声をかけると、部屋の中にいた仲間たちが集まってきた。

 最初に飛んできたのは、ルリだった。

 小さな身体で机の周りをくるりと飛び、できあがった家具を見つめる。

 そして、自分の身体にちょうどよさそうな、小さな小さな椅子を見つけた。

 ルリは目を輝かせると、そこへちょこんと腰を下ろした。

 足をぶらぶらさせ、座り心地を確かめる。

 それから、嬉しそうに鼻歌を歌い始めた。


 ♪ ふんふん、ふふん♪


 ご機嫌な様子でしばらく揺れていたルリは、ふとババロを振り返った。

【ババロ、ありがとう!】

 その言葉に、ババロは少し驚いたように目を瞬かせた。

 ルリはもう一度、椅子の上で嬉しそうに身体を揺らす。

 どうやら、とても気に入ったらしい。

 続いて、ルーチェが机へ近づいた。

 机の端には、枝を組み合わせた専用の止まり木が取り付けられていた。

 ルーチェが止まりやすい高さに調整され、足をかける場所もきちんと作られている。

 ルーチェは止まり木へ飛び乗ると、足場を確かめるように何度か足を動かした。

 そして、羽を大きく広げた。

「ギョエ! ギョエ!」

 嬉しそうな声が、家の中に響く。

 ルーチェは止まり木の上で胸を張り、満足そうに羽を整えた。

【とても素敵! ありがとうございます、ババロ!】

 その丁寧なお礼に、ババロは少し照れくさそうに頭を掻いた。

「気に入ってもらえたなら何よりだ」

 さらに、ラタとカーバンクルも、自分たちの小さな机を見つけた。

 ラタは机の周りをちょこちょこと走り、前足をかけて、上から下まで確かめている。

 カーバンクルは額の赤い宝石をきらりと光らせながら、隣の机へ近づいた。

 二匹は顔を見合わせた。

 それから、ババロの方へ振り返る。

【ありがとー!】

 ラタが元気よく声を上げた。

【アリガトー!】

 カーバンクルも、嬉しそうに続ける。

 二匹はそれぞれの机の周りをくるくると回り、何度もババロを振り返った。


 紬は、その様子を見ていた。

 ルリの小さな椅子。

 ルーチェの止まり木。

 ラタとカーバンクルの机。

 そして、自分のために作ってくれた机と椅子。

 どれも、使う相手に合わせて作られている。

 ただ家具を作っただけではない。

 みんなが使いやすいように、考えてくれたのだ。

 紬の胸が、じんわりと温かくなった。

『……かわいい』

 思わず、そんな言葉がこぼれる。

 もちろん、可愛いのは家具だけではない。

 新しい場所を見つけて喜ぶみんなも、得意げなババロも、全部が可愛くて仕方なかった。

 そのときだった。

 ルリが椅子から飛び上がり、ババロの肩へと近づいた。

 ラタとカーバンクルも、嬉しそうに駆け寄っていく。

 ルーチェまで止まり木から降り、ゆっくりと近づいてきた。

 ババロが何かを言うよりも早く、みんながその周りを取り囲んだ。

 頬を寄せる。

 身体をすり寄せる。

 小さな手で服をつかむ。

 それぞれが、思い思いの方法で感謝を伝えようとしていた。

【ありがとう!】

【すてきな机ー!!】

【気に入ったのー!】

 次々と声が重なる。

「お、おい! 待て! 近い、近いぞ!」

 ババロは目を白黒させた。

 ルリが頬を寄せ、ラタが足元をちょこちょこと動き回り、カーバンクルが反対側からすり寄ってくる。

 ルーチェも、嬉しそうに顔を近づけていた。

「分かった! 分かったから、そんなに一度に来るな!」

 けれど、みんなの喜びは止まらない。

 ババロはあっという間にもみくちゃにされてしまった。

 紬は、その様子を見て、両手で頬を押さえた。

『ふふふ…!』

 嬉しそうに目を細める。

 助けた相手が、今度はみんなを喜ばせている。

 そのことが、何よりも嬉しかった。

 しばらくして、ようやく騒ぎが落ち着いた。

 ババロは乱れた服を整えながら、深く息を吐いた。

「……まったく。お礼を言うだけで、どうしてこうなるんだ」

 そうぼやきながらも、口元には笑みが残っていた。

 紬は新しい机を指さし、椅子へ腰を下ろしてみせた。

「ここ! すわる!」

 身振りを交えて伝えると、ババロも意味を理解したように頷いた。

「ああ。これからは、ここで食事をするといい」

 紬は椅子に座り、机に両手を置いた。

 少しだけ背筋を伸ばしてみる。

 いつもの床での食事とは、目線が違う。

 机の上に物を置ける。


 椅子に座って、ゆっくり食事ができる。

 たったそれだけのことなのに、なんだか新しい暮らしが始まったような気がした。

 紬は嬉しそうに、何度も机を撫でた。

 それから、ぱっと顔を上げる。

「おちゃ!」

 今度はお茶の時間だ。

 紬は棚から茶葉を取り出し、いつもより少しだけ特別な支度を始めた。

 新しい机ができたのだから、みんなでここに集まってお茶を飲みたい。

 お茶のお供には、アカカブとブルブルベリー。

 それぞれを器に盛り、机の上へ並べていく。

 ルリは自分の小さな椅子に座り、机の上を覗き込んでいた。

 ルーチェは専用の止まり木で、羽を整えながら待っている。

 ラタとカーバンクルも、自分たちの机のそばでそわそわしていた。

 ババロはその様子を眺めながら、静かに微笑んでいた。

 みんなが席につくと、紬は最後に、特別なお茶の準備を始めた。

 取り出したのは、ミナハーブ、カルモン、そしてボンヌオドール。

 それぞれを確かめながら、紬は楽しそうに手を動かしていた。

 その手元を見たババロの表情が、ぴたりと止まる。

「……おい。紬」

「ん?」

 紬が顔を上げる。

「その薬草を使うのか?」

 ババロは、紬の手元を指さした。

「ミナハーブに、カルモン……それに、ボンヌオドールだと?」

 紬はこくんと頷いた。

「うん! おちゃ!」

「待て待て待て!」

 ババロは慌てて手を伸ばした。

「それらは、どれも希少な薬草なんだぞ! そんなに気軽に使っていいものでは……!」

 そこまで言いかけて、ババロは口を閉じた。

 紬が不思議そうに首を傾げている。

 どうやら、何が問題なのか分かっていないらしい。


 紬は少し考え込んだ。

 それから、ぱっと何かを思い出したように顔を輝かせた。

「まって!」

 そう言うと、紬は家の外へ出ていった。

 もちろん、石垣の内側だ。

 そこには、いつもの穏やかな冬の空気が流れている。

 紬は軒下へ回ると、そこに生えている植物を指さした。

「これ!」

 軒下には、ボンヌオドールが1株育っていた。

 枝は大きくなりひとつやふたつではない。

 軒に沿うように、大きく生えている。

 紬は両手を広げ、満面の笑みで振り返った。

「たくさん!」

 その笑顔には、少しの曇りもなかった。

 ババロは、しばらく固まっていた。

 軒下を見た。

 紬を見た。

 もう一度、軒下を見た。

 そして、引きつった笑みを浮かべた。

「……規格外だ」

 小さく呟いたその声には、驚きと呆れがたっぷりと混じっていた。

 紬は、そんなババロの様子を気にすることもなく、嬉しそうに戻ってきた。

「おちゃ、つくる!」

「……ああ、もう。分かった。分かったから、量だけは加減するんだぞ」

 ババロは諦めたように息を吐いた。

 紬は頷き、改めてお茶の準備を進めた。

 ミナハーブの爽やかな香り。

 カルモンの柔らかな風味。

 そして、ボンヌオドールの花のような甘い香り。

 それらが合わさると、いつものお茶とは違う、華やかな香りが立ち上った。

 紬はできあがったお茶を、それぞれの器へ注いでいく。

 最後に自分の分を用意すると、満足そうに頷いた。

「できた!」

 新しい机の上に、温かなお茶が並ぶ。

 アカカブとブルブルベリーも、みんなの手が届くところに置かれていた。

 紬は椅子に座り、両手で器を持った。

「いただきます!」

 ババロも、少しだけ緊張した面持ちで器を手に取った。

 希少な薬草を組み合わせたお茶だ。

 いったい、どんな効果があるのだろう。

 ババロは恐る恐るひと口飲んだ。

 その瞬間、爽やかな香りが鼻を抜けた。

 続いて、花のような甘い香りが広がる。

 強すぎず、優しい。

 それでいて、身体の奥まで染み渡るような心地よさがあった。

 ババロは目を見開いた。

 身体が、軽い。

 重たかった手足が、少しすっきりしたように感じる。

 疲れがすべて消えたわけではない。

 けれど、身体の奥に温かな力が満ちてくるようだった。

「……これは」

 ババロは、もう一度お茶を口に運んだ。

 やはり、同じ感覚がある。

 ルーチェも、嬉しそうに声を上げた。

「ギョエ!」

 ルリは小さな器を両手で持ち、こくこくと飲んでいる。

『おいしい!』

 ラタとカーバンクルも、それぞれにお茶を楽しんでいた。

 紬はみんなの様子を見て、満足そうに頷いた。

「おいしぃ!」

 自分でもひと口飲む。

 爽やかな香りと、ふんわりとした甘さ。

 思わず、頬が緩んだ。

 そして、そのときだった。

 紬のそばに置かれていた《知識と生存》が、淡く光った。

 紬はすぐに本を手に取る。

 ページを開くと、そこには新しい記録が浮かび上がっていた。

 ――新規レシピを記録しました。

 紬は目を輝かせた。

 そこに記されていたのは、今作ったばかりのお茶だった。

 名称:元気いっぱいティ

 材料:ミナハーブ、カルモン、ボンヌオドール

 効果:滋養強壮効果大

 紬は、文字をじっと見つめた。

 それから、ゆっくりと口元を緩める。

 にやぁ……。

 新しいレシピだ。

 しかも、滋養強壮効果大。

 みんなが元気になるお茶。

 紬は本を抱きしめるように持ち、もう一度、記録を読み返した。

 にやにや。

 にやにやにや。

 ババロは、その様子を横目で見ていた。

「……何をそんなに喜んでいるんだ?」

 紬は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。

「できた!」

「何がだ?」

「おちゃ! あたらしい!」

 紬は本を指さし、嬉しそうに何度も頷いた。

 ババロは本を覗き込もうとしたが、そこに記されている文字は彼には読めない。

 紬にしか見えない、特別な本。

 それでも、彼女が喜んでいることだけは伝わってきた。

「……そうか。よかったな」

 ババロは、呆れたように笑いながら、自分の器を持ち上げた。

 そして、もうひと口。

 爽やかな香りと、花の甘い香りが、再び鼻を抜けていった。

 身体が軽くなる感覚は、まだ続いている。

 なるほど。

 これは確かに、ただのお茶ではないらしい。

 ババロは器を見つめ、軒下に広がるボンヌオドールを思い出した。

「……あれだけ生えているのなら、惜しむ必要もないのかもしれんな」

 小さく呟いて、苦笑する。

 その隣では、紬がまだ本を眺めていた。

 ルリは小さな椅子の上で鼻歌を歌い、ルーチェは止まり木で満足そうに羽を整えている。

 ラタとカーバンクルも、自分たちの机のそばで、のんびりと過ごしていた。

 新しい机。

 新しい椅子。

 そして、新しいお茶。

 ほんの少し前までは、みんな床に座って食事をしていた。

 それが今では、こうしてそれぞれの居場所を持ち、同じ時間を楽しんでいる。

 紬は本をそっと閉じ、温かいお茶をもうひと口飲んだ。

 誰かが何かを作ってくれること。

 そのおかげで、自分だけでは思いつかなかった楽しみが生まれること。

 それは、今まで一人で暮らしていた紬にとって、とても新鮮な喜びだった。

 そしてババロもまた、誰かの役に立てることを、少しずつ嬉しく感じ始めていた。

 石垣の外では、まだ吹雪が続いている。

 黒い影の謎も、ババロが家族のもとへ帰る道も、何ひとつ解決してはいない。

 それでも、今この場所には、温かな時間が流れていた。

 新しい机を囲んで、みんなでお茶を飲む。

 そんな何気ないひとときが、少しずつ、この家の暮らしを豊かにしていく。

 紬はもう一度、《知識と生存》の表紙を撫でた。

 新しいレシピが増えた。

 みんなの居場所も増えた。

 そして、今日もまた、この家に小さな幸せがひとつ増えたのだった。

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