↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/145

第113話 帰るために

今会話が

日本語『』世界共通語「」(ババロの話す基本言語)

動物達【】です。

第113話 帰るために


 家の中へ戻ると、囲炉裏の火が二人を暖かく迎えてくれた。

 石垣に囲まれたこの場所は、外の異常な吹雪が嘘のように穏やかだった。

 家の周りには、いつもの森の気配がある。木々には雪が積もり、静かな冬の空気が流れていた。

 けれど、石垣の向こうには、今も白い風が渦巻いている。

 あの黒い影は、まだあの吹雪の中にいるのだろうか。

 紬は石垣の方を振り返り、少しだけ不安そうに目を細めた。


 けれど、いつまでも外を気にしていても仕方がない。

 まずは、体を温めよう。

 紬はババロに座るよう身振りで伝えると、食事の支度を始めた。


 今日の献立は、

スタンプボアの燻製。

 それから、ネギとキノコをたっぷり入れた具だくさんのスープに、パーコロの蒸し焼き。


 寒い冬には、温かいものが一番だ。

 鍋を火にかけると、やがてスープがことことと音を立て始めた。

 ネギの香りとキノコの旨味が混ざり合い、部屋の中に広がっていく。

 ババロは、漂ってきた香りに気づいたのか、鍋の方へ顔を向けた。

 その様子を見て、紬はくすりと笑う。


『もう少しだよ』

 もちろん、ババロにはまだ意味が分からない。

 それでも紬は、言葉を添えることを忘れなかった。

 いつか、もっとたくさんの言葉が通じるようになったら。

 そうすれば、伝えられることも増えるはずだ。

 紬はそんなことを考えながら、料理を器へと盛りつけていった。


 やがて、みんなの前に食事が並んだ。

 燻製の香ばしい匂い。

 湯気の立つスープ。

 ほくほくに蒸し上がったパーコロ。

 紬はスープを指さし、ババロの顔を覗き込んだ。

「おいちぃ?」

 覚えたばかりの言葉を、ゆっくりと口にする。

 ババロは一瞬きょとんとしたあと、スープをひと口飲んだ。

 そして、目を細めて笑った。

 「うむ。美味しいぞ」

 その言葉の意味は分からない。

 けれど、ババロの表情を見れば、気に入ってくれたことは十分に伝わってきた。

 紬は嬉しそうに頷いた。

「おいちぃ!」

 もう一度、覚えた言葉を口にする。

 ババロはそんな紬を見て、楽しそうに肩を揺らした。

 言葉が分からなくても、笑顔は伝わる。

 同じものを食べて、美味しいと感じる。

 それだけでも、二人の間には小さなつながりが生まれていた。

 紬は燻製をひと切れ取り、ババロの皿へ置いた。

「これ、おいしぃ?」

 今度は燻製を指さして尋ねる。

 ババロはそれを口に運び、満足そうに頷いた。

 「これもいいな。燻製よく作ったな」

 紬は首を傾げたものの、ババロが嬉しそうに食べているのを見て、ほっとした。

 食事の間、紬は何度もババロの言葉を口にした。

 知っている言葉を思い出しながら、目の前の食べ物を指さしてみる。

 発音はまだ上手ではない。

 意味を間違えていることだってあるかもしれない。

 それでも、少しずつ覚えていけばいい。

 言葉が通じるようになれば、きっと今よりもたくさんのことを伝えられる。

 紬はそう思っていた。

 食事が終わるころには、ババロの表情もずいぶん穏やかになっていた。

 けれど、ふとした瞬間に、その目が遠くを見つめる。

 紬はその変化を見逃さなかった。

 ババロのそばに腰を下ろし、そっと顔を覗き込む。

『……寂しいのかな?』

「ババロ、さみしぃ?かぞくあう」

少しババロは考えた後

「あぁ、寂しいなでもツムギ、お前も寂しくないか?」

部屋の中にいるルーチェやルリを指さし、最後に両手を広げてみせる。

 ここにいるみんな。

「わたしだいじょうぶ!みんないる!」

 自分にとって、大切な家族のような存在。

 それを伝えたかった。

 ババロは紬の仕草をじっと見つめたあと、静かに頷いた。

 「ああ。なら大丈夫だな」

 その声には、懐かしさと寂しさが混じっていた。

 ババロには、帰りを待つ家族がいる。

 妻のヨナ。

 娘のヨリ。

 息子のバルバロ。

 今ごろ、みんなはどうしているだろう。

 自分が帰らないことで、心配をかけているに違いない。

 早く帰りたい。

 その気持ちは、少しも薄れていなかった。

 紬はババロの表情を見つめ、それから小さく頷いた。

『……かえる』

 まだ、うまく言葉にはできない。

 けれど、伝えたいことは分かっていた。

 帰りたいのなら、帰れるようにしたい。

 紬は自分の胸に手を当て、それからババロを指さした。

 最後に、石垣の向こうを示す。

 帰る。

 そのために、どうにかしなければならないものがある。

 ババロも、ゆっくりと石垣の方へ目を向けた。

 その向こうには、白い吹雪が広がっている。

 先ほど見た、石垣を包み込む光の障壁。

 そして、その向こう側にいる何か。

 紬はアルブレーヴのそばへ歩み寄った。

『……あのね』

 言葉だけでは伝えきれない。

 紬は自分の頭の中に残っている光景を思い浮かべながら、手で形を描くように動かした。

 黒い影。

 吹雪の中を動く何か。

 そして、耳に残る不気味な音。

 ギリギリ。

 思い出すだけで、胸の奥がざわついた。

 アルブレーヴは、紬の様子を静かに見守っていた。

 やがて、その瞳がわずかに細められる。

 紬の頭の中に、ひとつの光景が流れ込んできた。

 石垣の外。

 荒れ狂う風と、舞い上がる雪。

 その中を、黒い影がゆっくりと動いている。

 何かを探すように、石垣の周囲をさまよっていた。

 ギリギリ。

 また、あの音が響く。

 紬は思わず肩を震わせた。

『……まだ、いる?』

 アルブレーヴは静かに頷いた。

 言葉は分からなくても、伝えられた光景の意味は分かった。

 あの黒い何かは、まだ外にいる。

 そして、この場所の周囲を離れていない。

 紬は石垣の向こうを見つめた。

 けれど、ここは守られている。

 今すぐ外へ出る必要はない。

 そう思うと、少しだけ心が落ち着いた。

 そのころ、紬には分からない言葉で、ルーチェたちの話し合いが始まっていた。

 【ギョェ。あれからずっと石垣の周りをうろついているわ】

 ルーチェが、外で見てきた様子を伝える。

 【吹雪に紛れているが、完全に消えたわけではない。こちらの様子を窺っているようだ】

 アルブレーヴも静かに言葉を続けた。

 【この場所はバレてるけど入れないから入口を探しているのかもしれないな】

 【でも、どうして?】

 ルリが首を傾げる。

 【偶然ここへたどり着いたのか、それとも……誰かを追ってきたのか】

 その言葉に、みんなの視線がババロへ向いた。

 ババロは、しばらく黙っていた。

 【俺を追ってきた可能性もある。だが、俺はここの道を知っていた訳ではない、祖先の言い伝えのみだ。】

 【この場所は、簡単に見つけられるところではないからな、魔物や人間には……】

 アルブレーヴの言葉に、ルーチェも頷いた。

 【そうよ。ここへ来るには、道を知る者の案内が必要になることもある】

 【うーん……アレはもしかしたら、ババロを利用して、ここまで来たんじゃないかな?】

 ルリの問いに、誰もすぐには答えなかった。

 まだ、何も確かなことは分からない。

 黒い影が何者なのか。

 なぜ、この場所に現れたのか。

 そして、なぜ石垣の周りを離れないのか。

 すべては、分からないままだった。

 ただ、ひとつだけ確かなことがある。

 今は、石垣の障壁がこの場所を守ってくれている。

 だからこそ、焦る必要はない。

 けれど、ババロが家族のもとへ帰るためには、いつかこの場所を出なければならない。

 そのとき、あの黒い影が道を塞いでいるのなら。

 まずは、あれをどうにかしなければならないだろう。

 紬はそんなことを知らないまま、空になった器を片づけていた。

 時折、ババロの方を振り返りながら、いつか彼が家族と再会する日のことを思う。

 その日が来るまで、ここでできることを少しずつ。

 窓の向こう、石垣の外では、吹雪が止む気配を見せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。