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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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第111話 暦・寿命

今回人間の年齢に関して変更する為

設定上蒼き風の年齢も変更します。(閑話、冒険者の秋)


第111話 暦・寿命


 ババロは、身体を休めながら、改めて部屋の中を見回していた。石を積み上げた壁に、必要最低限の家具。飾り気はなく、どこか殺風景な室内だった。


 けれど、壁際や棚には、暮らしの中で使うために工夫された手作りの道具がいくつも置かれている。

 どれも素朴なものばかりだ。

 それなのに、どうにも気になるものがあった。


 ババロは、寝台に掛けられた毛布へ視線を落とした。

 柔らかく、しなやかな手触り。光を受けると、糸の一本一本が淡く艶めいている。

 そっと指先で編み目をなぞった瞬間、ババロの目が見開かれた。


 ……これは、まさか。


 タイタンサーモンの産卵糸。

 水の主に連なる巨大な魚から得られる、極めて希少な素材だ。

 手に入れる機会そのものが限られ、糸として利用できる状態にするにも手間がかかる。


 それを、これほど大量に使って毛布を編んでいる。

 ババロは、しばらく毛布を見つめた。

 いったい、どういうことなのだろう。

 家そのものは素朴だ。家具も必要最低限で、手作りらしい道具が目立つ。


 なのに、使われている素材は一級品どころか、滅多に目にすることさえないものばかりだった。

 ふと、視線を壁際へ移す。

 そこには、淡い光を宿した石が置かれていた。


 晶花石。


 魔力を宿す希少な石で、採れる場所も限られている。扱い方によっては、周囲の環境に影響を与えることもある。

 それが、この家では特別な飾りというわけでもなく、暮らしの一部のように使われていた。


 暖炉には火が入っている。

 けれど、この家の温かさは、それだけではないように感じられた。

 火のそばを離れても、室内には穏やかな温もりがある。

 晶花石の影響なのだろうか。

 それとも、ほかにも理由があるのだろうか。

 ババロには分からなかった。


 そのとき、部屋の入口から小さな足音が聞こえた。

 紬が器を手にして入ってくる。

 器からは湯気が立ち上り、柔らかな薬草の香りが漂っていた。


 ババロは、思わず鼻を動かした。

 ……この香りにも覚えがある。


 深い森の、限られた環境でしか育たない薬草。

 採取できる時期が短く、群生地を見つけることさえ難しいものもある。


 それが、いくつも使われているようだった。

 けれど、紬は特別なものを使っているという様子もなく、いつも通りに器を差し出している。


 ババロはスープを受け取り、ゆっくりと口に運んだ。

 温かな味が、身体の奥へ染み込んでいく。

 傷ついた身体に負担を掛けないよう、細かく煮込んでくれたのだろう。


 ありがたい。

 そう思いながらも、疑問は増えるばかりだった。

 食事を終えると、ババロは寝台に掛けられた毛布の端をつまみ、紬に見せた。


「これは?」

 紬は指先を追い、毛布を見下ろした。

『えーと……』

 知っている言葉を探すように、少し考え込む。

 それから、たどたどしい発音で口を開いた。


「……もらうぅ、したぁ」


 ババロは目を瞬かせた。

「もらった?」


 確かめるように聞き返す。

 紬は、こくこくと頷いた。

 どうやら、伝わったと思っているらしい。

 いや、そうではない。


 ババロが知りたいのは、誰から、どうやって、これほど希少な糸を手に入れたのかということだ。

 彼は毛布を指さし、それから誰かから受け取るような身振りをしてみせた。

 紬はその動きを見つめ、困ったように首を傾げる。


「……もらうぅ、したぁ」


 同じ答えが返ってきた。

 ババロは、思わず額に手を当てた。

 ……いや、何も分からないではないか。

 紬は一生懸命に答えている。

 けれど、まだ言葉を覚え始めたばかりだ。詳しい説明などできるはずもなかった。


 ババロは小さく息を吐いた。

 この家の不思議を知るには、まず言葉を覚えるところから始める必要がありそうだった。


     ◇


 その後、ババロは紬に、身近な言葉から教えていた。

 物の名前や、短い挨拶。

 簡単な言葉でも、紬にとっては新しく覚えることばかりだ。


 ババロがゆっくりと発音すると、紬は口元を見つめ、一生懸命に真似をする。

 うまく言えなければ、もう一度。

 言えたときには、ババロが頷く。


 そんなやり取りを繰り返しているうちに、紬も少しずつ慣れてきたようだった。

 やがて、ババロは自分の指を一本立てた。


「一」


 紬は、その指を見つめた。


「いち……?」


 ババロは首を横に振り、ゆっくりと発音し直す。

「一」

 紬も、もう一度口を動かした。

「いち」

 今度は、ババロが頷いた。

 続けて、指を二本立てる。

「二」

 紬は真剣な顔で真似をした。

「に」

 その後も、ババロは指を使いながら、ひとつずつ数字を教えていった。

 一、二、三、四、五。

 そこから先も、指を折ったり、両手を使ったりしながら、ゆっくりと進めていく。

 紬は何度も言い間違えた。

 それでも、諦めずに口を動かす。

 数字を数えること自体は、紬にとって難しいことではない。


 ただ、世界共通語での呼び方を覚えるのが大変だった。

 ひと通り教え終わると、ババロは満足そうに頷いた。


「よく覚えたな」


 紬には言葉の意味までは分からなかったが、褒められているらしいことは表情で伝わった。

 少し照れながら、紬は笑った。

 その様子を見て、ババロもまた、柔らかく目を細めた。


     ◇


 数字を覚えたあと、ババロは窓の外へ目を向けた。

 静かに雪が降っている。

 ババロは外を指さした。


「冬」

 紬は、窓の外を見つめる。

「ふゆ」

 今度は、比較的はっきりと発音できた。

 ババロは頷き、続けて言った。

「春」

 少し間を置いて、

「夏」

 さらに、

「秋」

 最後に、もう一度。

「冬」

 紬は、それぞれの言葉を繰り返した。

 春、夏、秋、冬。


 季節の呼び方は、紬の知っているものと同じだった。

 ババロは、今度は両手の指を折りながら説明を始めた。


「一年。十二ヶ月」

 紬の動きが止まった。

『……十二ヶ月?』

 思わず日本語が口からこぼれる。

 地球と同じだ。

 一年は十二ヶ月。

 春夏秋冬の四季があり、季節が巡って一年になる。

 暦の仕組みそのものは、自分の知っている世界と変わらないらしい。


 紬は、少し安心したように頷いた。

 ババロは、指を使いながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「春が来て、夏になる。それから秋、冬。そうして、また春が来る」

 身振りを交えた説明は、紬にも分かりやすかった。

 紬は窓の外を見てから、ゆっくりと頷く。

『同じなんだ……』

 小さな呟きは、ババロには伝わらなかった。

 けれど、季節の話はここまでだと思ったのか、ババロは次に自分の胸を指さした。


「二百五十」

 紬は首を傾げる。

 ババロは、もう一度ゆっくりと伝えた。

「二百五十歳」

 紬は、教わった数字を思い返しながら、彼の口元を見つめた。

「にひゃく……ごじゅう?」

 ババロは頷いた。

 紬の顔が、少しずつ驚きに変わっていく。

『二百五十歳……?』

 人間なら、とても長い年月だ。

 けれど、ババロは特別なことを言ったつもりもないらしい。

 紬は、しばらく考え込んでいた。

 そして、ふと思い出したように顔を上げた。

『あっ、ちょっと待って』

 そばに置いてあった《知識と生存》を手に取る。

 ページを開き、ババロの情報を確かめるように目を落とした。

 そこには、見慣れた文字が浮かんでいた。


 種族:ノーム

 名前:ババロ

 年齢:250


 紬は、ひとつずつ指で追っていく。

『種族、ノーム……名前、ババロ。年齢、二百五十……』

 先ほど教えてもらったことと同じだった。

『ほんとに、二百五十歳なんだ……』

 紬が本を見つめていると、ババロもその様子が気になったのか、そっと身を乗り出した。

 紬の手元にある本を覗き込む。

 けれど、ババロの目に映ったのは、何も書かれていない白いページだった。

 彼は目を細め、ページをじっと見つめた。

 確かに、紬は何かを読んでいるようだった。

 なのに、そこには文字も絵もない。

 ババロは、ページと紬の顔を交互に見た。


「それは……何の本だ?」


 紬には、まだその言葉の意味が分からない。

 彼女は本を指さし、それから自分を指さした。


『本。わたしの、大事な本』


 もちろん、ババロには伝わらなかった。

 それでも、紬が本を大切にしていることは、その仕草から何となく感じ取れた。

 ババロは、もう一度ページへ目を落とす。

 やはり、白紙だ。

 紬が何を見ているのか、まったく分からない。

 不思議な本だ。


 そう思いながらも、ババロはそれ以上尋ねなかった。

 今は、言葉を教えている途中だ。

 疑問は増えるばかりだが、ひとつずつ解いていくしかないだろう。


     ◇


 紬が本を閉じると、ババロは話を続けた。

「人間も、二百年や三百年生きる者は珍しくない」

 紬は、聞き取れた数字に反応して顔を上げた。

『……にひゃく……さんびゃく?』

 ババロは頷いた。

 そして、指を三本立てた。

「三十歳は、まだ子供のようなものだ」

 紬は、思わず目を丸くした。


『三十歳で、子供……?』


 日本語で呟いても、ババロには意味が伝わらない。

 けれど、驚いていることは表情から分かったらしい。

 ババロは、さらに説明を続けた。


「ノームは、五百年から八百年ほど生きる者が多い」

 五百年。

 八百年。

 紬は、教わった数字を頭の中で繰り返した。

 この世界の一年は、自分の知っている一年と同じだ。


 季節も、月の数も同じ。

 なのに、命が過ごす時間は、まるで違っていた。

 紬は、改めてババロを見つめた。

 二百五十歳。

 それほど長く生きているのに、ババロにとっては、まだ人生の途中なのだ。

 ババロは、紬の驚いた顔を見て首を傾げた。


「そんなに驚くことか?人間の場合はもっと生きる人間もおるぞ。」

 もちろん、その言葉はまだ紬には分からない。

 けれど、不思議そうにしていることは伝わった。

 紬は慌てて首を横に振り、それから、もう一度考え込んだ。

『……すごい』

 小さく呟く。

 その言葉が通じなくても、紬の表情には驚きが残っていた。

 窓の外では、雪が静かに降り続いている。

 季節は冬。

 この世界にも春が来て、夏が来て、秋が巡り、また冬が訪れる。

 けれど、そこで生きる者たちの時間は、紬が知っているものとは違っていた。

 知らない言葉。

 知らない暮らし。

 そして、知らなかった命の長さ。

 紬は、ひとつずつ覚えていこうと思った。

 いつか、もっとたくさんの言葉を話せるようになったら。

 この世界のことを、もっと知ることができるかもしれない。

 まずは、一つずつ。

 紬は、ババロの口元を見つめ、次の言葉を待った。

今回この世界の年齢について大幅に変更します。人生が100年弱だとあまりにも短くかんじるので……世界観のための変更です。





さいごまでお読み頂き、ありがとうございます。

この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や☆で評価して下さると執筆の励みになります。

ほんとにあると嬉しいです!

どうぞこれからも紬の物語を楽しんでください!


よろしくお願いします!



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