第101話 フルエールポーション
第101話 フルエールポーション
家に戻った紬は、暖炉のそばに材料を並べた。
スケルトンマッシュ、ウォーターグラス、妖精雪結晶、ウォーターストーン。それから、クロトゲノキの透明な花。
フルエールポーションを作るために集めた、大切な材料たちだ。
どれも、ここまでの暮らしの中で見つけてきたものだった。
けれど、今の紬には、ひとつ大きな問題がある。
「……作り方が、よく分からないんだよね」
材料がそろっても、調合の仕方が分からなければ意味がない。
しかも、妖精雪結晶には時間制限がある。
手に入れてから一日が経てば、形を保てずに消えてしまう。せっかく見つけた材料を無駄にしたくはなかった。
《知識と生存》を開き、フルエールポーションについて確認した。材料の名前は分かる。けれど、どの材料を刻み、どれをすり潰し、どんな順番で混ぜればいいのか。
肝心なところが、はっきりしない。
「うーん……」
思わず、うなってしまった。
適当に混ぜれば完成する、なんて都合のいい話はないだろう。
順番を間違えたり、材料の扱い方を間違えたりすれば、失敗してしまうかもしれない。
紬は材料を見つめたまま、しばらく考え込んだ。
そのとき、隣にいたルーチェが動いた。
「ギョ」
ルーチェは用意しておいた大木の水に近づくと、くちばしの先で容器をちょん、とつついた。
「……水?」
「ギョエ」
もう一度、こつん。
どうやら、大木の水を使うらしい。
「そっか。水を用意するんだね」
うなずき、容器を手元に引き寄せた。
大木の水は、普段の暮らしでも使っている大切な水だ。今回の調合にも必要かもしれないと思い、あらかじめ用意しておいてよかった。
でも、水を用意しただけでは、まだ先に進めない。
「それで……次はどうするの?」
ルーチェに尋ねてみたものの、返ってきたのは「ギョ」という鳴き声だけだった。
言葉で教えてもらうのは難しいらしい。
紬が困っていると、今度はルリが動き出した。
「るはこれー!」
小さな体で、ウォーターグラスを引っ張ってくる。
両手で抱えるようにして運んでくる姿は、見ているだけでも微笑ましい。
「ありがとう、ルリ。これを使うんだね?」
「うん!」
ルリはウォーターグラスを指さしたあと、両手を少しだけ離した。
そして、指先をちょこちょこと動かす。
「……小さくするの?」
「ちいさく!」
ルリは何度もうなずいた。
なるほど。ウォーターグラスは小さく刻むらしい。
わたしは道具を用意し、慎重に刻み始めた。
すると、ルリがわたしの手元をのぞき込む。
小さな手を広げたり、指先を寄せたりしながら、一生懸命に大きさを伝えてくれた。
「このくらい?」
「もーちょっと!」
「これくらいかな?」
「それー!」
ようやく満足したらしいルリが、両手をぱっと上げた。
「ありがとう。これでいいんだね」
「いいー!」
わたしは刻んだウォーターグラスを別の器に移した。
次はスケルトンマッシュ。
透明なキノコを手に取り、しばらく眺める。
「これは……刻むのかな。それとも、すり潰す?」
ルリとルーチェを見比べながら尋ねてみた。
ふたりは顔を見合わせたあと、そろって首を横に振った。
「えっ、違うの?」
「ギョ……」
ルーチェが小さく鳴く。
どうやら、この方法ではないらしい。
「じゃあ、すり潰す?」
今度は、ふたりとも首を傾げた。
……うーん。
分からない。
でも、ふたりとも、わたしを困らせたいわけではないのだろう。
ルリは材料を指さしながら、両手を動かして一生懸命に伝えようとしてくれる。ルーチェも、わたしが迷うたびに、くちばしや翼で合図を送ってくれた。
言葉で説明してもらえなくても、助けようとしてくれていることは伝わってくる。
「ありがとう。もう少し、よく見てみるね」
わたしは焦る気持ちを抑え、材料をひとつずつ確認していった。
刻むもの。
すり潰すもの。
それぞれを分けて準備する。
ウォーターストーンも、慎重に扱った。
ほとんど水と同化している石だから、普通なら見つけることすら難しい。けれど、今は手元にある。
わたしは、ルリが両手で示してくれる小さな大きさを確かめながら、調合の準備を進めた。
やがて、ようやく材料を混ぜ合わせられるところまでたどり着いた。
「……これで、いいのかな」
準備した材料を前に、わたしはもう一度《知識と生存》を開いた。
でも、詳しい手順は分からない。
ここまできたのだから、できることをひとつずつ確かめていくしかなかった。
わたしは大木の水を用意し、準備した材料を慎重に合わせていった。
少しずつ、様子を見ながら。
焦って一度に混ぜてしまわないように。
そして、最後に残ったのは、クロトゲノキの透明な花だった。
花びらは透き通っていて、角度を変えると、そこにあるのかさえ分からなくなる。
わたしは花を手に取り、首を傾げた。
「……これは、どうすればいいんだろう」
刻む?
すり潰す?
それとも、ほかの材料と一緒に混ぜるのだろうか。
わたしが迷っていると、ルリが小さな手を伸ばした。
そして、花を指さしたあと、器の中を指さす。
「……ここに入れるの?」
「うん!」
ルリは元気よくうなずいた。
「でも、潰さなくていいの?」
尋ねても、ルリは花を指さして、もう一度器を指さすだけだった。
ルーチェも、静かに見守っている。透明な花を、そっと器の上へ運んだ。壊さないように。花びらを傷つけないように。そして、ほかの材料を混ぜ合わせた液体の上に、静かに浮かべ入れた。
その瞬間だった。
しゅわしゅわしゅわ……。
「わっ!」
花の周囲から、小さな泡が次々と浮かび上がった。
透明な花が、泡に包まれていく。
花びらの輪郭が少しずつ薄れ、まるで液体に溶け込むように、その姿が消えていった。
しゅわしゅわと泡立つ音が続く。
やがて、最後の花びらまで見えなくなった。
「……溶けちゃった」
紬は、思わず器をのぞき込んだ。
透明な花は、もうどこにも見当たらない。
けれど、失敗したようには見えなかった。
ルリが、嬉しそうに両手を上げる。
「できたー?」
「うーん……まだ、かな?」
まだ分からない。けれど、材料はすべて混ざり合った。あとは、完成までたどり着けるかどうか。
そう思ったとき、ルーチェがふいに立ち上がった。
「ギョ」
「ルーチェ?」
ルーチェは少し離れた場所へ歩いていくと、床に落ちていた自分の抜け羽をくわえて戻ってきた。
そして、それをわたしの目の前にそっと置いた。
「……羽?」
「ギョエ!」
ルーチェは抜け羽を示し、それから器をつついた。
わたしは目を見開いた。
「もしかして……これを入れるの?」
「ギョ!」
ルーチェが力強く鳴いた。
隣にいたルリも、ぱっと抜け羽を持ち上げる。
「いれるー!」
「えっ、これを入れたらいいの?」
「いれるー!」
ルリは小さな手で抜け羽を抱え、器の中へと放り込んだ。
ふわり。
羽が液体に触れた瞬間、淡い光が広がった。
「わぁ……!」
光は器の中を満たし、刻んだ材料も、すり潰した材料も、すべてが溶け込むように姿を変えていく。
それぞれの形がなくなり、ひとつになっていく。
やがて、器の中に残ったのは、白く、とろりとした液体だった。
小さな欠片も、花びらも、抜け羽も見当たらない。
すべてが溶け混じり、ひとつの液体になっていた。しばらくその様子を見つめていた。
「……できた、の?」
ルーチェが、くちばしでブルーバンブーの容器をこちらへ押し出した。ルリも隣で、期待に満ちた目を向けている。
「そっか。これに入れるんだね」
わたしは白い液体を、慎重にブルーバンブーの容器へ移した。
こぼさないように。
少しも無駄にしないように。
最後の一滴まで入れ終えると、容器の中で白い液体がゆっくりと揺れた。
これで、本当に完成なのだろうか。
わたしは《知識と生存》を開いた。
すると、白いページに新しい文字が浮かび上がった。
【名称】フルエールポーション(アルカンシエル特別仕様)
【分類】希少治癒薬
【属性】光・水
【状態】良好
【特徴】白く、とろみのある液体。
【性質】極めて高い治癒力を持つ。
【能力】一滴で全身を治癒する。
【備考】極めて希少なポーション。特殊な素材に加え、アルカンシエルの抜け羽を用いて調合された特別な一品。
「……えっ?」
思わず、文字を二度見した。
一滴で、全身を治癒する。
たった一滴で?
そんなことが、本当にあるのだろうか。
けれど、《知識と生存》に記された内容が間違っているとは思えなかった。手元のブルーバンブーの容器を見つめた。
中には、白く、とろりとしたポーションが入っている。
でも、ひとりでは完成出来なかっただろう、ルリがウォーターグラスを運んでくれたこと。小さな手で、刻む大きさを一生懸命伝えてくれたこと。ルーチェが大木の水をつつき、最後には自分の抜け羽まで持ってきてくれたこと。
そのひとつひとつがなければ、きっとここまでたどり着けなかった。
「……ありがとう、ふたりとも」
そう言うと、ルリは嬉しそうに笑った。
「できたー!」
「ギョエ!」
ルーチェも、誇らしげに胸を張った。
完成したポーションを、壊さないようにそっとしまった。
妖精雪結晶が消えてしまう前に、間に合った。
それだけでも、十分に嬉しかった。
けれど、今、手の中にあるものは、それ以上の意味を持っている。
自分ひとりの力ではなく、みんなで作り上げたもの。
この世界で出会った仲間たちと、少しずつ積み重ねてきた時間が形になったもの。
ブルーバンブーの容器を大切にしまった。
「大事にしようね」
「うん!」
ルリが元気よく返事をする。
ルーチェは「ギョ」と鳴いて、いつものようにわたしのそばに寄り添った。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。
外は寒い冬。
けれど、家の中には温かな光が満ちていた。
そして、その温もりの中で。
紬たちの手によって、新しい薬がひとつ生まれたのだった。




