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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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第101話 フルエールポーション

第101話 フルエールポーション


 家に戻った紬は、暖炉のそばに材料を並べた。


 スケルトンマッシュ、ウォーターグラス、妖精雪結晶、ウォーターストーン。それから、クロトゲノキの透明な花。


 フルエールポーションを作るために集めた、大切な材料たちだ。


 どれも、ここまでの暮らしの中で見つけてきたものだった。


 けれど、今の紬には、ひとつ大きな問題がある。


「……作り方が、よく分からないんだよね」


 材料がそろっても、調合の仕方が分からなければ意味がない。


 しかも、妖精雪結晶には時間制限がある。


 手に入れてから一日が経てば、形を保てずに消えてしまう。せっかく見つけた材料を無駄にしたくはなかった。


 《知識と生存》を開き、フルエールポーションについて確認した。材料の名前は分かる。けれど、どの材料を刻み、どれをすり潰し、どんな順番で混ぜればいいのか。


 肝心なところが、はっきりしない。


「うーん……」


 思わず、うなってしまった。


 適当に混ぜれば完成する、なんて都合のいい話はないだろう。


 順番を間違えたり、材料の扱い方を間違えたりすれば、失敗してしまうかもしれない。


 紬は材料を見つめたまま、しばらく考え込んだ。


 そのとき、隣にいたルーチェが動いた。


「ギョ」


 ルーチェは用意しておいた大木の水に近づくと、くちばしの先で容器をちょん、とつついた。


「……水?」


「ギョエ」


 もう一度、こつん。


 どうやら、大木の水を使うらしい。


「そっか。水を用意するんだね」


 うなずき、容器を手元に引き寄せた。

大木の水は、普段の暮らしでも使っている大切な水だ。今回の調合にも必要かもしれないと思い、あらかじめ用意しておいてよかった。


 でも、水を用意しただけでは、まだ先に進めない。


「それで……次はどうするの?」


 ルーチェに尋ねてみたものの、返ってきたのは「ギョ」という鳴き声だけだった。


 言葉で教えてもらうのは難しいらしい。


 紬が困っていると、今度はルリが動き出した。


「るはこれー!」


 小さな体で、ウォーターグラスを引っ張ってくる。


 両手で抱えるようにして運んでくる姿は、見ているだけでも微笑ましい。


「ありがとう、ルリ。これを使うんだね?」


「うん!」


 ルリはウォーターグラスを指さしたあと、両手を少しだけ離した。


 そして、指先をちょこちょこと動かす。


「……小さくするの?」


「ちいさく!」


 ルリは何度もうなずいた。


 なるほど。ウォーターグラスは小さく刻むらしい。


 わたしは道具を用意し、慎重に刻み始めた。


 すると、ルリがわたしの手元をのぞき込む。


 小さな手を広げたり、指先を寄せたりしながら、一生懸命に大きさを伝えてくれた。


「このくらい?」


「もーちょっと!」


「これくらいかな?」


「それー!」


 ようやく満足したらしいルリが、両手をぱっと上げた。


「ありがとう。これでいいんだね」


「いいー!」


 わたしは刻んだウォーターグラスを別の器に移した。


 次はスケルトンマッシュ。


 透明なキノコを手に取り、しばらく眺める。


「これは……刻むのかな。それとも、すり潰す?」


 ルリとルーチェを見比べながら尋ねてみた。


 ふたりは顔を見合わせたあと、そろって首を横に振った。


「えっ、違うの?」


「ギョ……」


 ルーチェが小さく鳴く。

どうやら、この方法ではないらしい。


「じゃあ、すり潰す?」


 今度は、ふたりとも首を傾げた。


 ……うーん。


 分からない。


 でも、ふたりとも、わたしを困らせたいわけではないのだろう。


 ルリは材料を指さしながら、両手を動かして一生懸命に伝えようとしてくれる。ルーチェも、わたしが迷うたびに、くちばしや翼で合図を送ってくれた。


 言葉で説明してもらえなくても、助けようとしてくれていることは伝わってくる。


「ありがとう。もう少し、よく見てみるね」


 わたしは焦る気持ちを抑え、材料をひとつずつ確認していった。


 刻むもの。


 すり潰すもの。


 それぞれを分けて準備する。


 ウォーターストーンも、慎重に扱った。


 ほとんど水と同化している石だから、普通なら見つけることすら難しい。けれど、今は手元にある。


 わたしは、ルリが両手で示してくれる小さな大きさを確かめながら、調合の準備を進めた。


 やがて、ようやく材料を混ぜ合わせられるところまでたどり着いた。


「……これで、いいのかな」


 準備した材料を前に、わたしはもう一度《知識と生存》を開いた。


 でも、詳しい手順は分からない。


 ここまできたのだから、できることをひとつずつ確かめていくしかなかった。


 わたしは大木の水を用意し、準備した材料を慎重に合わせていった。


 少しずつ、様子を見ながら。


 焦って一度に混ぜてしまわないように。


 そして、最後に残ったのは、クロトゲノキの透明な花だった。


 花びらは透き通っていて、角度を変えると、そこにあるのかさえ分からなくなる。


 わたしは花を手に取り、首を傾げた。


「……これは、どうすればいいんだろう」


 刻む?


 すり潰す?


 それとも、ほかの材料と一緒に混ぜるのだろうか。


 わたしが迷っていると、ルリが小さな手を伸ばした。


 そして、花を指さしたあと、器の中を指さす。


「……ここに入れるの?」


「うん!」


 ルリは元気よくうなずいた。


「でも、潰さなくていいの?」


 尋ねても、ルリは花を指さして、もう一度器を指さすだけだった。


 ルーチェも、静かに見守っている。透明な花を、そっと器の上へ運んだ。壊さないように。花びらを傷つけないように。そして、ほかの材料を混ぜ合わせた液体の上に、静かに浮かべ入れた。


 その瞬間だった。


 しゅわしゅわしゅわ……。


「わっ!」


 花の周囲から、小さな泡が次々と浮かび上がった。


 透明な花が、泡に包まれていく。


 花びらの輪郭が少しずつ薄れ、まるで液体に溶け込むように、その姿が消えていった。


 しゅわしゅわと泡立つ音が続く。


 やがて、最後の花びらまで見えなくなった。


「……溶けちゃった」


 紬は、思わず器をのぞき込んだ。


 透明な花は、もうどこにも見当たらない。


 けれど、失敗したようには見えなかった。


 ルリが、嬉しそうに両手を上げる。


「できたー?」


「うーん……まだ、かな?」


 まだ分からない。けれど、材料はすべて混ざり合った。あとは、完成までたどり着けるかどうか。

そう思ったとき、ルーチェがふいに立ち上がった。


「ギョ」


「ルーチェ?」


 ルーチェは少し離れた場所へ歩いていくと、床に落ちていた自分の抜け羽をくわえて戻ってきた。


 そして、それをわたしの目の前にそっと置いた。


「……羽?」


「ギョエ!」


 ルーチェは抜け羽を示し、それから器をつついた。


 わたしは目を見開いた。


「もしかして……これを入れるの?」


「ギョ!」


 ルーチェが力強く鳴いた。


 隣にいたルリも、ぱっと抜け羽を持ち上げる。


「いれるー!」


「えっ、これを入れたらいいの?」


「いれるー!」


 ルリは小さな手で抜け羽を抱え、器の中へと放り込んだ。


 ふわり。


 羽が液体に触れた瞬間、淡い光が広がった。


「わぁ……!」


 光は器の中を満たし、刻んだ材料も、すり潰した材料も、すべてが溶け込むように姿を変えていく。


 それぞれの形がなくなり、ひとつになっていく。


 やがて、器の中に残ったのは、白く、とろりとした液体だった。


 小さな欠片も、花びらも、抜け羽も見当たらない。


 すべてが溶け混じり、ひとつの液体になっていた。しばらくその様子を見つめていた。


「……できた、の?」


 ルーチェが、くちばしでブルーバンブーの容器をこちらへ押し出した。ルリも隣で、期待に満ちた目を向けている。


「そっか。これに入れるんだね」


 わたしは白い液体を、慎重にブルーバンブーの容器へ移した。


 こぼさないように。


 少しも無駄にしないように。


 最後の一滴まで入れ終えると、容器の中で白い液体がゆっくりと揺れた。


 これで、本当に完成なのだろうか。


 わたしは《知識と生存》を開いた。


 すると、白いページに新しい文字が浮かび上がった。


【名称】フルエールポーション(アルカンシエル特別仕様)


【分類】希少治癒薬


【属性】光・水


【状態】良好


【特徴】白く、とろみのある液体。


【性質】極めて高い治癒力を持つ。


【能力】一滴で全身を治癒する。


【備考】極めて希少なポーション。特殊な素材に加え、アルカンシエルの抜け羽を用いて調合された特別な一品。


「……えっ?」


 思わず、文字を二度見した。


 一滴で、全身を治癒する。


 たった一滴で?


 そんなことが、本当にあるのだろうか。


 けれど、《知識と生存》に記された内容が間違っているとは思えなかった。手元のブルーバンブーの容器を見つめた。

中には、白く、とろりとしたポーションが入っている。


 でも、ひとりでは完成出来なかっただろう、ルリがウォーターグラスを運んでくれたこと。小さな手で、刻む大きさを一生懸命伝えてくれたこと。ルーチェが大木の水をつつき、最後には自分の抜け羽まで持ってきてくれたこと。


 そのひとつひとつがなければ、きっとここまでたどり着けなかった。


「……ありがとう、ふたりとも」


 そう言うと、ルリは嬉しそうに笑った。


「できたー!」


「ギョエ!」


 ルーチェも、誇らしげに胸を張った。


 完成したポーションを、壊さないようにそっとしまった。


 妖精雪結晶が消えてしまう前に、間に合った。


 それだけでも、十分に嬉しかった。


 けれど、今、手の中にあるものは、それ以上の意味を持っている。


 自分ひとりの力ではなく、みんなで作り上げたもの。


 この世界で出会った仲間たちと、少しずつ積み重ねてきた時間が形になったもの。


 ブルーバンブーの容器を大切にしまった。


「大事にしようね」


「うん!」


 ルリが元気よく返事をする。


 ルーチェは「ギョ」と鳴いて、いつものようにわたしのそばに寄り添った。


 暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。


 外は寒い冬。


 けれど、家の中には温かな光が満ちていた。


 そして、その温もりの中で。


 紬たちの手によって、新しい薬がひとつ生まれたのだった。

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