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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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第98話 冬の沢と、透明なもの

第98話 冬の沢と、透明なもの


 冬の森をひと回りして、家に帰ってきた。


 扉を開けると、暖炉の残り火が部屋を暖めてくれていた。外の冷たい空気にさらされていた頬が、じんわりと緩んでいく。


「はぁー……あったかい」


 思わず声が漏れた。


 やっぱり、寒い日の暖かい部屋は最高だ。外を歩いている間は気持ちよくても、こうして帰ってくると、家のありがたさを改めて感じる。


 わたしは暖炉のそばに腰を下ろした。


 ルーチェも羽をふくらませながら、いつもの場所へと向かう。ルリはというと、わたしの肩から飛び立ち、部屋の中をふわふわと飛び回っていた。


「ルリ、寒くなかった?」


「だいじょーぶ!」


 元気な返事が返ってくる。


 ……うん。元気そうで何より。


 そう思って眺めていたときだった。


「あれ?」


 ルリの頭の上に、白くて大きなものが乗っているのに気づいた。


 雪の結晶だ。


 小さなルリの頭には少し大きすぎるくらいの、繊細な形をした雪の結晶。枝のように細かく分かれた先端まで、きれいな形を保っている。


 それなのに。


「……あれ? まだ溶けてないの?」


 外から帰ってきて、もうしばらく経っている。


 暖炉の火が燃える暖かい部屋なのに、雪の結晶は溶けるどころか、白く澄んだ輝きを保っていた。


 わたしは身を乗り出し、ルリの頭をそっと覗き込んだ。


「ルリ、それ、どうしたの?」


「ゆきー!」


 ルリは楽しそうに笑った。


「うん、雪なのはわかるんだけど……どうして頭に乗ってるの?」


「わたし、ふゆすきー!」


 質問の答えになっているような、なっていないような。


 でも、ルリが冬を好きなのはよくわかった。


「そっか。ルリは冬が好きなんだね」


「うん!」


 満面の笑みで頷くルリ。


 その頭の上では、雪の結晶が相変わらずきれいな形を保っていた。


 どうして溶けないんだろう?


 不思議に思ったわたしは、そばに置いていた《知識と生存》を手に取った。


 もしかしたら、この世界には普通の雪とは違うものがあるのかもしれない。


 そう思いながら本を開くと、ページの上に文字が浮かび始めた。


【名称】妖精雪結晶


【分類】特殊素材


【属性】不明


【状態】良好


【特徴】妖精が冬に気まぐれに作り出す、特殊な雪の結晶。


【性質】通常の雪とは異なり、一日が経過するまでは溶けずに形を保つ。一日が過ぎると消失する。


【用途】フルエールポーションの材料。


【備考】妖精の気まぐれによって生み出されるため、いつ、どこで手に入るかは定かではない。


「……えっ?」


 思わず声が出た。


 フルエールポーション。


 名前は知っている。透明なポーションで、傷ついた身体を癒やす薬……だったはず。


 でも、作るために何が必要なのか、わたしは知らなかった。


 それなのに、まさかこんなところで材料のひとつを見つけるなんて。


 しかも、一日が経つと消えてしまうらしい。


「これ、ルリが作ったの?」


 わたしは本を閉じ、ルリに尋ねた。


「うん!」


 ルリは元気よく頷いた。


「どうして作ったの?」


「たのしいからー!」


 ……なるほど。


 実にルリらしい理由だった。


 どうやら、冬が好きなルリは、雪の結晶を作ることそのものを楽しんでいるらしい。


「それで、わたしにくれたの?」


「つむぎ、あげる!」


 小さな手を広げ、ルリはにっこりと笑った。


「……ありがとう、ルリ」


 わたしは思わず微笑んだ。


 ルリにとっては、きれいなものができたから、仲良しのわたしにあげた。それだけなのだろう。


 けれど、その贈り物は、わたしにとって思いがけない発見になった。


 フルエールポーションの材料。


 せっかく見つけたのだから、ほかの材料も探してみたい。


 ただ、一日で消えてしまうのなら、あまりのんびりもしていられない。


「うーん……」


 わたしは本を開いたまま、考え込んだ。


 妖精雪結晶以外の材料について、何か手がかりはないだろうか。


 ページをめくってみても、今のわたしには、ほかに何が必要なのかまではわからなかった。


 なら、知っていそうな相手に聞いてみるのもいいかもしれない。


「ねえ、ルーチェ」


「ギョ?」


 呼びかけると、ルーチェがこちらを向いた。


「透明なものって、何か知らない?」


 ルーチェは首を傾げた。


「えっとね、スケスケのもの。向こう側が見えるようなものとか、透き通っているものとか……」


 自分で説明しながら、ずいぶん曖昧な聞き方だと思った。


 けれど、ほかにどう尋ねればいいのかわからない。


 フルエールポーションは透明だと聞いたことがある。なら、材料にも透明なものが関係しているのではないだろうか。


 ……ちょっと単純すぎるかな?


 それでも、手がかりがないよりはいい。


 ルーチェはしばらく考えるように黙っていた。


 すると、ルリもわたしの顔を覗き込んだ。


「すけすけ?」


「そう。スケスケのもの!」


 ルリは小さな腕を組み、首を傾げた。


 その姿がかわいらしくて、思わず頬が緩む。


 やがて、ルーチェがルリのほうを向いた。


「ギョエ、ギョギョ!」


【∅※◇……?】


【ЖКИЙЗ……♯ღ!】


「ギョエ!」


【……¿¿……!】


 ルーチェの鳴き声と、ルリのフェアリー語が交互に聞こえてくる。


 わたしには何を話しているのかわからないけれど、二人とも真剣に考えてくれているようだった。


「ギョ!」


 最後にルーチェが短く鳴くと、ルリがぱっと顔を輝かせた。


「そとー!」


「えっ、外?」


 ルリは元気よく頷き、扉のほうへ飛んでいった。


 ルーチェも立ち上がり、後に続く。


 どうやら、二人の中では行き先が決まったらしい。


「えっと……外に行くんだね?」


 わたしは暖炉のそばに置いていたレッドドリンクを手に取った。


 冬の森は寒い。セーターを着ているとはいえ、外の冷たさは身に染みる。紅暖晶華から作ったレッドドリンクは、飲めばしばらく身体を温めてくれる。冬の散歩には欠かせないものになっていた。


 温かい飲み物をゆっくりと飲み干す。


「よし、これで大丈夫!」


 カップを置き、セーターの襟元を整える。


 ルリは扉の前で、早く早くと言いたげにこちらを振り返っていた。


「はいはい、今行くよ」


 扉を開けると、ひやりとした冬の空気が頬を撫でた。


 わたしはルーチェとルリと一緒に、雪の残る森へと足を踏み出した。


 ルーチェについて森の中を歩いていく。


 向かう先は、いつも散歩の途中で立ち寄っていた沢だった。


 けれど、冬になってからは、あまり足を運んでいなかった。


 雪の積もった森を歩いていると、見慣れた木々も、いつも通る道も、どこか違って見える。


 枝先には雪が幾重にも重なり、細かな花が咲いたように白く染まっていた。風が吹くたび、枝に積もった雪がさらさらと落ち、木々の間をきらきらと舞っていく。


 地面も岩も、倒木の上にも雪が積もり、普段なら見えている土や枯れ葉は、すっかり白い覆いの下に隠れていた。


 やがて、聞き覚えのある水音が近づいてきた。


 さらさら、と。


 森の静けさの中で、その音だけが途切れることなく響いている。


 木立を抜けると、見慣れた沢が目の前に広がった。


 両岸には雪をまとった木々が並び、枝を垂らすようにして水面を覆っている。ところどころに顔を出した岩には厚く雪が積もり、その隙間を縫うように、澄んだ水が流れていた。


 水面は冷たい空気を映して、青みを帯びた灰色に見える。流れの緩やかな場所には薄い氷が張っているものの、水の勢いが強いところでは、氷の縁を揺らしながら透明な流れが続いていた。


 いつも見ていたはずの沢なのに、雪に覆われた森の中では、まるで別の場所のように感じられた。


 わたしは思わず足を止めた。


 冬の沢って、こんなにきれいだったんだ。


 肩に乗っていたルリが、身を乗り出すようにして沢を見つめた。


「あんなかー」


「あんなか?」


 わたしはルリの指先を追い、沢を見た。


 雪をかぶった岩。その間を勢いよく流れる水。水面には薄い氷が浮かび、流れに押されて、かすかな音を立てながら揺れている。


 ……あの中?


「えっ?」


 思わず、もう一度沢を見た。


 さらさらと流れる水は、どう見ても冷たい。いや、冷たいなんてものじゃないと思う。周囲の木々が真っ白に凍えるような場所なのだ。水に手を入れるだけでも、相当な覚悟がいるだろう。


「えっ、まじで……?」


 わたしの顔が、みるみる引きつっていく。


 ルリはそんなわたしの様子など気にすることもなく、楽しそうに羽をぱたぱたさせていた。


 ……いやいやいや。


 ちょっと待って。


 わたし、あの中に入るの?


 真冬の、雪に囲まれた沢に?


 想像しただけで、足先から寒気が駆け上がってくる。


「……ルーチェ?」


 助けを求めるように振り返ると、ルーチェはいつもの落ち着いた顔で、沢を見つめていた。


「ギョエ」


 ……うん。


 その返事だけじゃ、賛成なのか反対なのか、わからないんだけど。

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