第96話 冬の団欒
第96話 冬の団欒
朝、目を覚ますと、家の中には暖かな空気が満ちていた。
暖炉にはまだ赤い熾火が残っていて、時折、薪が小さく音を立てる。
毛布の中で身じろぎをして、わたしは小さく息を吐いた。
「……あったかい」
外はきっと、かなり冷え込んでいるのだろう。
窓の向こうに見える森は静まり返り、木々の枝も寒さに耐えるようにじっとしていた。
秋のうちに壁の隙間を塞いで、寝具を整え、薪を集めておいてよかった。
あの頃はまだ、こんなに寒くなるとは思っていなかったけれど、今になって準備の大切さを実感する。
暖かい家がある。火を使える。食べ物の蓄えもある。
それだけで、冬の朝がこんなにも安心できるものになるんだ。わたしは毛布から顔を出し、寝床で丸くなっているルーチェを見た。
ふわふわの羽毛に包まれて、気持ちよさそうに眠っている。
その羽の間から、小さな青い頭がひょこりと顔を出した。
「……んんー」
ルリだ。小さな口を開けてあくびをすると、透明な四枚の羽をゆっくり伸ばした。けれど、まだ眠かったらしい。
すぐにルーチェの羽の中へ、もぞもぞと潜り込んでしまった。
「ふふっ。ルリ、まだ眠いの?」
「ねむーい……」
羽の中から、くぐもった声が返ってくる。
ルーチェは片方の翼を少し持ち上げ、ルリが入りやすいようにしてあげた。
ルリは満足そうに丸くなる。
「仲良しだねぇ」
そう呟くと、ルーチェが片目を開けて、こちらを見た。
そして、またゆっくりと目を閉じた。
わたしも、もう少しだけ毛布にくるまっていたい気持ちを振り切り、起き上がることにした。
朝の支度を済ませ、暖炉に薪を足す。
火が大きくなり、部屋がさらに暖かくなったところで、ふと思った。
……外は、どのくらい寒いんだろう?
家の中がこんなに暖かいと、かえって気になってしまう。
わたしは上着を羽織り、扉の前へ向かった。
少しだけなら、大丈夫だよね。
そう思いながら扉を開けた瞬間――。
「つ、冷たいっ!」
冷気が一気に頬へ吹きつけた。
思わず肩をすくめ、慌てて家の中へ引き返す。
バタン!
扉を閉めて、わたしはその場でぶるりと震えた。
「……うん。今日はお家にいよう」
ほんの一瞬、外の空気に触れただけなのに、身体がすっかり冷えてしまった気がする。
暖炉の前へ戻ると、ほっと息が漏れた。
やっぱり、ここが一番だ。
今日は無理に外へ出る必要もない。
秋に集めた食料も、きちんと蓄えてある。
せっかくなら、今日はみんなでのんびり過ごそう。
わたしは保存しておいたアカツブとブルブルベリーを取り出した。
秋のうちに乾燥させておいた、ドライフルーツだ。
どちらも、ひとつひとつが大きい。
そのまま食べてもいいけれど、ひとつをみんなで分け合うくらいがちょうどいい。
暖炉のそばに集まり、わたしはアカツブを手に取った。
「今日はこれを食べようか」
まずは、みんなで分けやすいように割っていく。
乾燥して甘みが凝縮された果実は、秋に食べたときとはまた違った味わいがある。
ひとつずつ分けていくと、ラタとカーバンクルがそばへ寄ってきた。
シロエナガたちも、近くの枝からこちらを覗いている。
ルーチェは暖炉の前に腰を落ち着け、ルリはその羽のそばから顔を出していた。
「はい、どうぞ」
小さく分けたアカツブを渡すと、みんな思い思いに食べ始めた。
ラタは両手で持って、少しずつかじる。
カーバンクルは前足で器用に押さえながら、夢中で頬張っていた。
シロエナガたちは小さな嘴でつつき、ルーチェもゆっくりと味わっている。
ルリはというと、両手で果実を抱え、ぱくぱくと食べていた。
「ルリ、おいしい?」
「おいしー!」
元気な返事が返ってくる。
「よかった。これはアカツブだよ。こっちはブルブルベリー」
わたしは、もうひとつの果実を見せた。
「べりー?」
「そう。ブルブルベリー」
「べりー、すき!」
ルリは嬉しそうに頷いた。
「こっちも食べてみる?」
「たべる!」
小さく割ったブルブルベリーを渡すと、ルリはすぐに口へ運んだ。
甘さが気に入ったのか、目を細めて、もうひと口かじる。
「ふふっ。気に入ったんだね」
「すきー!」
短い言葉だけれど、ルリが何を伝えたいのかは、少しずつ分かるようになってきた。
もっとお話しできるようになったら、いろいろなことを聞いてみたいな。
そう考えていると、ルリがわたしの手元を覗き込んできた。
「つむぎ、これ、なに?」
「これはドライフルーツだよ。果物を乾燥させて、長く保存できるようにしたものなの」
「かんそー?」
「うん。水分を減らすと、傷みにくくなるんだよ」
ルリはしばらく果実を見つめていた。
「……ふしぎ!」
「そうだね。わたしも、最初に知ったときは不思議だと思ったよ」
ルリは納得したような、していないような顔をしてから、また果実をかじった。
その様子が可愛くて、思わず笑ってしまう。
しばらくみんなで食べていると、わたしはふと気になったことを思い出した。
「ねえ、ルリ」
「なぁに?」
「ルリのお家って、あるの?」
ルリは食べる手を止めた。
「おうち?」
「うん。ルリが前に住んでいたところ。どこから来たのかなって思って」
ルリは首を傾げ、少し考えるように目を動かした。
「……もり?」
「森?」
「もり! おはな!」
ルリは両手を広げ、何かを伝えようとする。
「お花がいっぱいある森なの?」
「うん!」
ルリは大きく頷いた。
けれど、それ以上のことは、まだうまく言葉にできないらしい。
わたしは急かさず、優しく頷いた。
「そっか。お花のある森なんだね」
「おはな!」
ルリは嬉しそうに繰り返した。
そのあと、ルリは隣にいるルーチェを振り返った。
【ギョエ、ギョ】
ルーチェが短く鳴く。
【ღ¿♯ЖКИЙЗ?】
ルリが答えると、ふたりはフェアリー語で会話を始めた。
聞いたことのない音と、不思議な文字のような言葉。
わたしには、何を話しているのか分からない。
けれど、ふたりの様子は自然で、長い間そうしてきたかのようだった。
ルーチェが何かを尋ねるように首を傾ける。
ルリは少しだけ考えてから、また答えた。
【……ღ¿、ЖКИЙЗ】
ルーチェはそれ以上、何も聞かなかった。
ただ、くちばしでルリの頭をそっと撫でる。
ルリは安心したように目を細めた。
「……ふたりとも、仲良しだねぇ」
わたしがそう言うと、ルリはぱっとこちらを向いた。
「なかよし!」
「うん。仲良しだね」
ルリは嬉しそうに笑い、またドライフルーツを食べ始めた。
ルーチェも、何事もなかったかのように羽を整えている。
ルリがどこから来たのか。
どんな場所で暮らしていたのか。
まだ分からないことはたくさんある。
でも、今は無理に聞かなくてもいい。
いつか、もっと言葉を覚えたら。
ルリが自分のことを話したくなったら。
そのときに、ゆっくり聞かせてもらえればいいと思う。
暖炉の火が、ぱちりと小さな音を立てた。
外は、きっとまだまだ寒い。
けれど、ここには暖かい家があって、食べ物があって、一緒に過ごす仲間たちがいる。
秋に頑張って準備しておいて、本当によかった。
わたしはブルブルベリーをひと口かじり、甘さをゆっくり味わった。
「……おいしいね」
その言葉に、ルリが顔を上げる。
「おいしー!」
みんなで分け合った果実は、ひとりで食べるよりも、ずっとおいしく感じられた。
外の寒さを忘れるような、暖炉の火と、甘い果実と、みんなのぬくもり。
そんな冬の一日が、ゆっくりと始まっていった。




