第94話 不思議なポーチと、広がる暮らし
第94話 不思議なポーチと、広がる暮らし
わたしは、手の中にあるポーチをじっと見つめていた。
見た目は、今までと何も変わらないスタンプボアの革でできたポーチだ。
けれど、その中には不思議な空間が広がっている。
さっき試してみた限りでは、入口を通る大きさのものなら、長い枝でもすっぽりと入ってしまう。中に壁や底がある様子もなく、手を入れてみても何かに触れることはなかった。
しかも、ラタやカーバンクル、シロエナガたちまで入ってしまったのだ。
みんな無事だったとはいえ、あれには驚いた。
「うーん……。これって、いわゆるマジックバッグってやつなのかな?」
前の世界で読んだファンタジー小説を思い出す。
見た目よりもずっとたくさんの物を収納できる、不思議な袋。
物語によって仕組みや性能は違っていたけれど、こういう道具には、たしかマジックバッグという名前がついていたはずだ。
ただ、わたしが読んだ物語では、生き物は入れられないという設定が多かった気がする。
でも、このポーチは違う。
生き物まで入ってしまうなんて、本当に不思議だ。
わたしは、ポーチを片手で持ち上げてみた。
「……あれ?」
そういえば、中に物が入っているはずなのに、重さをほとんど感じない。
ルーチェからもらった青い宝石と、スタンプボアの魔石。
それに、さっきはみんなまで入っていた。
それだけのものが入っていたのに、持った感覚はほとんど変わらない。
わたしはポーチを軽く揺らしてみた。
「もしかして、重量無効の効果もあるのかな?」
もしそうなら、ものすごく便利だ。
今までは、薬草や木の実をたくさん採取すると、持ち帰るだけでも大変だった。
薪を集めるときだって、一度に運べる量には限りがある。何度も往復しなければならないこともあった。
でも、このポーチがあれば、そんな苦労も減らせるかもしれない。
もちろん、入口を通らない大きさのものは入れられないみたいだから、何でも収納できるわけではない。
それでも、今のわたしにとっては十分すぎるほど便利な道具だった。
「すごいなぁ……。こんな道具が本当にあるなんて!」
わたしは、ポーチを両手で持って眺めた。
前の世界で読んでいたファンタジー小説では、こういう道具が出てくるたびに、いいなぁ、欲しいなぁと思っていた。
重たい荷物を持たなくてもいいし、たくさん買い物をしても困らない。
旅行にだって持っていけるし、きっと便利なことばかりだ。
「これ、前の世界で欲しかったなぁ……」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
あの頃のわたしは、まさか本当にこんな道具を手にする日が来るなんて、想像もしていなかった。
それが今では、目の前にある。
不思議なことも、驚くようなことも、この世界では珍しくない。
……いや、さすがに生き物まで入る袋は、そうそうないと思うけれど。
わたしは、くすっと笑った。
「でも、今だからこそ、こんなにありがたいのかも!」
そう。
この世界での暮らしは、何をするにも自分の手で工夫しなければならない。
食べ物を探して、道具を作って、寒い季節を乗り越える準備をする。
大変なこともあるけれど、だからこそ、こうした便利なものがあると、本当に助かるのだ。
これからの暮らしを想像していると、自然と頬が緩んできた。
そのとき、視界の端に小さな影が映った。
ポーチのすぐ横で、青い妖精さんが胸を張っていた。
四枚の透明な羽をぱたぱたと動かしながら、両手を腰に当てている。
その表情は、どう見ても得意げだった。
……なんだろう。
まるで、自分がすごいことをしたと言いたそうな顔だ。
わたしは、ポーチと妖精さんを交互に見た。
「……もしかして、あなたが作ってくれたの?」
妖精さんは、ぱっと顔を輝かせた。
そして、待ってましたと言わんばかりに、さらに胸を張る。
小さな身体いっぱいに、得意げな様子があふれていた。
「わぁ……! やっぱりそうなんだ!」
言葉は通じない。
それでも、こんなにわかりやすい反応をされると、なんとなく答えが伝わってきた気がする。
「すごいね! ありがとう!」
わたしが笑顔でお礼を言うと、妖精さんは満足そうに何度もうなずいた。
その姿がおかしくて、わたしはくすくすと笑った。
こんな小さな妖精さんが、こんなにすごいものを作ってくれたなんて。
不思議なこともあるものだ。
わたしは、改めて周りを見回した。
庭では、ラタとカーバンクルがネギの間をちょこちょこと走り回っている。
シロエナガたちは枝から枝へと飛び移り、楽しそうに鳴いていた。
ルーチェは少し離れたところから、そんなみんなの様子を眺めている。
そして、わたしのすぐそばには、得意げな青い妖精さん。
……気づけば、ずいぶん賑やかになったなぁ。
この世界に来たばかりの頃は、わからないことばかりだった。
食べられるものを探すのも、安心して眠れる場所を作るのも、何もかもが初めてで。
毎日を無事に過ごすことだけで精いっぱいだった。
それが今では、こんなにもたくさんの生き物たちに囲まれている。
言葉が通じない相手もいる。
どうして仲良くしてくれるのか、わからないことだってある。
それでも、一緒にご飯を食べたり、贈り物を交換したり、同じ場所でのんびり過ごしたり。
そんな時間が、いつの間にか当たり前になっていた。
前の世界にいた頃、わたしはこんなにたくさんの生き物たちと仲良くなれただろうか。
……ううん。
きっと、こんな毎日は想像もしていなかった。
もちろん、前の世界で過ごした時間が嫌だったわけじゃない。
大切な思い出も、忘れたくないこともある。
でも、この世界に来てから出会ったものも、わたしにとって大切なものになっていた。
新しい発見がある。
昨日までできなかったことが、今日はできるようになる。
知らなかった誰かと出会って、少しずつ仲良くなっていく。
そんな小さなことが、こんなにも嬉しい。わたしは、手の中のポーチを抱きしめた。これから、どんなものを見つけるのだろう。どんな生き物と出会うのだろう。
まだ知らないことが、きっとたくさんある。
そう考えるだけで、胸の奥がぽかぽかしてきた。
「……楽しい!」
気づけば、声に出していた。
自分でも驚くくらい、自然に出てきた言葉だった。
「わたし、この世界での生活が大好き!」
心から、そう思った。
わたしの声に反応したのか、ルーチェがこちらを振り向いた。
そして、いつものように小さく鳴く。
「ギョ」
青い妖精さんも、何かを返すように両手を広げた。
「◇※……!」
もちろん、何を言っているのかはわからない。
でも、今はそれでよかった。
みんながここにいて、わたしもここにいる。
それだけで、十分に嬉しかった。
わたしは笑いながら、もう一度ポーチを眺めた。
この小さな袋が、これからの暮らしをどんなふうに変えてくれるのか。
それも、今から楽しみだった。
冬の庭には、冷たい風が吹いていた。
それでも、わたしの心は、春を待つ庭のように明るかった。




