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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第3章 冬霞~森に広がる新たな縁~

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第92話 青い光と、妖精の日課

第92話 青い光と、妖精の日課


 森の朝は、静かだった。


 石壁に囲まれた場所にも、冬の冷たい空気が忍び込んでいる。暖炉の中では、昨夜くべた薪の残りが小さな赤い光を保っていた。


 そのそばでは、わたしが毛布にくるまって眠っている。


 少し離れた場所で、ルーチェもまた、体を丸めて目を閉じていた。


 そんな寝床の近くで、小さな影がもぞりと動いた。


 青い髪を揺らした妖精は、周囲を見回すと、眠っている二人を確かめるように眺めた。


 そして、何も言わずにふわりと飛び上がる。


 向かった先は、部屋の隅に置かれたスタンプボアの革袋だった。


 妖精は袋の口からするりと中へ潜り込む。


 その直後、革袋の内側から淡い青色の光が漏れ始めた。


 光は少しずつ強くなり、やがて袋の周囲に広がっていく。


 妖精の小さな体を取り囲むように、青く輝く魔法陣が次々と現れた。


 ひとつ、ふたつ。


 数える間もなく、大小さまざまな魔法陣が幾重にも重なっていく。


 円の内側には細かな紋様が浮かび、文字とも図形ともつかない記号が、ゆっくりと回転していた。


 妖精が指先を動かすと、それに応えるように魔法陣が輝きを増す。


 青い光が幾筋もの糸となって伸び、革袋の奥へと吸い込まれていった。


 その光は、袋の表面を通り抜けているだけではなかった。


 もっと深く、袋の内側に秘められたものへと流れ込んでいる。


 革袋の中にあるスタンプボアの核が、淡い光を帯びた。


 それに呼応するように、傍らの青い宝石も内側から輝き始める。


 二つの輝きは、まるで呼吸を合わせるように明滅していた。


 核からは力強い光が、青い宝石からは妖精の魔力と同じ色をした澄んだ光が引き出されていく。


 異なる二つの力が魔法陣を通じて重なり合い、革袋の奥深くへと流れ込んでいった。


 妖精はその様子を確かめるように目を細め、指先を動かす。


 魔法陣がゆっくりと回転し、紋様の一部が書き換わった。


 青い光がひときわ強く瞬く。


 次の瞬間、魔法陣は外側から順に、ひとつずつ革袋へと吸い込まれていった。


 最後のひとつが消えると、周囲には再び朝の静けさが戻った。


 革袋の口から漏れていた光も、少しずつ弱まっていく。


 妖精は袋の中から顔を出すと、その表面をじっと眺めた。


「うーん……あとちょいかなぁ」


 小さな声が、静かな部屋に落ちた。


 その様子を、ルーチェは寝床から片目だけ開けて見ていた。


【イタズラもほどほどにしなさいよ】


 妖精は振り返ると、悪びれもせずに笑った。


【いいじゃない! ここで暮らすにはこのくらいの物、必要よ!】


【あなたが楽しいだけでしょ?】


【そんなことないもん!】


 妖精は頬を膨らませるようにして、革袋をぽんぽんと叩いた。


【この子からごはんもらったし、そのお礼よ。ちゃんと役に立つものを作ってるんだから!】


 ルーチェは、革袋へ視線を向けた。


 確かに、これから森で暮らしていくうえで、役に立つものにはなるだろう。


 紬は少しずつ生活に必要なものを揃えてきた。食べ物を集め、道具を作り、寒い季節を越すための準備もしている。


 けれど、この森で生きていくには、まだ足りないものも多い。


 持ち歩ける荷物には限りがあるし、採取したものをすべて運べるわけでもない。


 だからこそ、今妖精が作っているものは、紬にとって助けになるはずだった。


【まぁ、あの子は特別だけど、強くはないしね。あると助かるかもね】


 ルーチェがそう言うと、妖精はぱっと顔を輝かせた。


【でしょでしょ? 私、天才!】


【はいはい】


 ルーチェは小さく息を吐き、再び目を細めた。


 妖精は気にする様子もなく、革袋の口から中を覗き込む。


 その瞳には、好奇心と楽しさが浮かんでいた。


【それにね、この中に私と同じ匂いのする石があるの。だから作るの、すっごく楽しいんだよねー】


【あなたが楽しいだけでしょ?】


【もう! ちゃんと役に立つんだからいいじゃない!】


 妖精はそう言い返すと、また革袋を見つめた。


 青い宝石は、もう光を放っていない。


 それでも妖精は、何かを確かめるようにしばらく眺めていた。


 やがて、ルーチェが静かに問いかけた。


【あなた、これからもここにいるの?】


 妖精は少しだけ首を傾げたあと、あっさりと答えた。


【まぁ、それもいいと思ってるよー! この子、面白いし!】


 そう言って、眠っているわたしのほうへ視線を向ける。


 毛布から少しだけはみ出した手が、寝返りに合わせて動いた。


 妖精はそれを眺めながら、不思議そうに首を傾げる。


【てか、この子って人間?】


【そうよ】


【ふーん……。そのうち私とも話せそうなんだよねー。なんか、縁ありそうだし!】


 ルーチェはすぐには答えなかった。


 ほんのわずかな間を置いてから、静かに口を開く。


【そうね】


 それ以上、二人は何も話さなかった。


 妖精は革袋のそばに腰を下ろし、ルーチェは再び目を閉じる。


 暖炉の残り火が、小さくぱちりと音を立てた。


 その音に誘われるように、毛布の中でわたしが身じろぎする。


「ん……」


 ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井があった。


 まだ少し眠たい。


 わたしは毛布を引き寄せ、隣にいるルーチェの姿を確かめた。


「おはよぉー」


 寝起きの声で挨拶すると、ルーチェが片目を開ける。


【おはよう】


 その近くで、青い妖精がぱっと顔を上げた。


【おはよー!】


 けれど、わたしには何を言っているのか分からない。


 小さな妖精は、楽しそうに笑っていた。


 今日も、いつもと変わらない朝が始まる。


 ――そう思っていたのは、わたしだけだったのかもしれない。



【名称】フェアリー

【分類】妖精

【属性】個体差あり

【状態】良好

【特徴】小さな人型の姿を持ち、背中に四枚の透明な羽がある。

【性質】好奇心旺盛で、イタズラを好む。動物と仲がよく、人間の前にはほとんど姿を現さない。

【能力】高度な魔法行使、魔力・調和の調整

【備考】色などによって属性が異なる。世界のさまざまな場所で起こる不思議な現象は、古くから「妖精のイタズラ」と呼ばれている。物がいつの間にか移動していたり、見慣れた景色に奇妙な変化が起きたり。その原因が本当に妖精なのか、人々には分からないことも多い。


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