おやすみなさいと約束②
彼女の可愛らしくて花のような笑顔に、俺は区切りをちゃんと付けようと心で誓う。
(俺がしっかりしなければ...)
「...じゃあ..そろそろいいかな?」
少し気恥ずかしく照れ笑いする彼女を見て俺はハッとした。
「え、ああ!ごめん...」
バッと手を離す俺に、彼女はいやいや、大丈夫だけど...と、すかさずフォローを施す。
やっぱり自分でも恥ずかしかったのか彼女の耳はまだ赤く照っていて。それは俺も同様だけど。
「それじゃあにーさん!おやすみなさい」
ほのかに赤い頬を俺に向け、口角を上げながら、彼女は立って律儀にお辞儀をした。
「うん、おやすみ」
さりげなく、それでいてさわやかに。
そんなかっこいい兄さんではいれないかもしれないけれど。
少なくとも彼女の前だけでは、優しいお兄さんでいれればいいな。と思った。
「じゃ、また明日ね!」
扉の前まで言っても彼女はこちらを振り向きわざわざ手を振る。
俺はそんな彼女に少し笑けながらも、わざとらしく手を振る。
そうすると彼女は、嬉しそうに自室に入っていた。
―――彼女は可愛らしい。いやものすごく愛おしい。
だからこそ、葉桜凪乃は完璧なヒロインなんだろう。
本物はどっちだとか偽りの姿だとか、決めつけるのは人の勝手だと思うけど、今日はまだ兄さん初日。当たり前だけど、彼女も妹初日。
そして俺と彼女は初対面。
第三者の視点で見ても、俺から見ても正直ここまで行くのは異常だ。
もちろんコミュ力は彼女の魅力だし、羨ましくもある。
だけど、同時に俺はそれに応えなければならない。
きっとこれは、学校と境界線を明確につけるためだけの手段のひとつに過ぎないんだろう。
たとえそうでなかったとしても、そういうマインドでいることが大事なんだ。
彼女に応える事こそ、お兄さんとしての役目を果たせる一番の手だ。
俺は自室に入ってベッドに飛び込む。
「はぁ...義妹かあ..」
さっきあんな決意をしたのに、その事実に思わずにやけてしまった。
上にあげた右手にはまださっきの暖かい感触が、痺れたように残っている。
「そうか..俺、今めっちゃ嬉しいんだ」
顔を手で抑えるだけではニヤけが止まらず、枕で顔を覆い被せる。
(おにーさん、ね...)
その日はそのまま眠りに落ちていた。
※
ダンボールが乱雑に積まれた薄暗い部屋。
少女、葉桜凪乃はベッドで足をバタつかせていた。
「やっばい....手ぇやっちゃったよおーーー」
まるで、こんな事をするのが予め決まっていたかのように、扉とその周辺の壁に見事に防音シートが貼られている。
彼女の脳内には彼の言葉が繰り返し流されていた。
「葉桜、さん?」
「もう少し、時間があればなあ」
「これは、俺が君の兄になる境界線だ」
思い返しては枕に悶え、名前が入る度に足をばたつかせる。
「おにーさん!いや...にーさん?...にいちゃん...」
開き直った演技を壁に向かって何回も繰り返す美少女な彼女。
それもまた愛らしく、ただ繰り返しては一人でキャッキャと恥ずかしくなっていた。
そんなのが15分ぐらい、ちょうど彼が眠りに落ちたくらいに彼女も疲れてベッドに仰向けになった。
そして、彼と同じようにまだ感覚の残る左手を掲げてこう呟いた。
「大好きだよ、亜樹にいさん!」
とっても乙女で、清楚可憐なヒロインとは思えない、愛くるしい顔をしていた。
ここまでは本でいう、プロローグの長い番のように思ってもらえれば結構です。
次からちゃんとした、というのもあれですが長い物語がしっかり、始まります。




