思いもよらぬ登場
その恋に落ちた日からというもの、僕の生活は目まぐるしく変わった。
夜、夢に出てくるのが彼の事ばかりになった。
それも、話すことは出来ずに彼が遠くに言ってしまう夢。
ご飯の時もシャワーの時も勉強の時も頭のどこかには彼の声や顔が浮かんだ。
ひまわりのように咲く笑顔は僕の心のプロテイン。
それでも僕は集中力が途切れたりはしない。
むしろ頑張ろうと思えたほどだ。
風呂は1.5倍、勉強は2倍、運動は2.5倍。
僕はいつもより長く続けた。
いつだって完璧だった僕の人生は、彼というパーツが新たに加わって更に光度を増していく。
肌がすべすべなのも毎日にモチベがあるのも彼のおかげ。鏡を見るのが前より好きになった。
そんな僕が僕も前より好き。いや大好きだ。
これは決してナルシストなんかじゃなくて、彼への一種の愛情表現。
見てもらえてないから頑張らないんじゃなくて、見てもらうために頑張る。
吹奏楽部のみんなも「なんか最近気合い入ってんね」って言ってくれたし、僕のファン達も「前よりかっこよくない?」とか言ってくれたりしてて。
慣れない恋も少しぐらい重くなったって僕は気にしないから、それを原動力に変えていく。
ギアは重ければ重いほど、進む距離が長くなるからさ。
そうやって僕は過ごし続けた。
だが、恋は情熱ばかりじゃないと神は僕に示唆した。
「あ゛ぁ〜疲れたあ」
そんな生活を二週間続けたある朝。
吹奏楽部の朝練が終わって館に戻ろうとしていた時だった。
「うわぁぁっ!!葉桜さん!?」
聞いてすぐに分かる声の主。
僕の知らない子の名前を呼んでいた。
女の勘が冴え、僕は咄嗟に自転車置き場の死角に隠れて様子を伺う。
僕すら...呼ばれたことないのに!!!!
心の奥で煮えたぎるのはとても激しい...嫉妬だ。
2週間努力してきた人間の目の前でそんな事するなんて、まじ許すまじ。
どれどれ...どんなやつなんだ??
ひょっこり顔を出して、相手の顔を見ようとすると....
(な!?)
マイダーリンが女子生徒Hに頭を垂れていた。
それも申し訳なさそうに。
あ、あいつ.....
名前呼びされるだけでなく...頭を下げさせるだと!!!!!
ダメージを受けて蓄積していた痛みは、やがてカウンターへと変わる準備が整っていた。
抑えきれなくなった感情がいよいよ出ようとして、前のめりに体が飛び出した―――その時。
「おい!お―――」
「はーいストップ〜」
いきなり口元を抑えられ、私は身動きが取れなくなった。
なかなかに強い力で、抵抗もしにくい。
結構やり手のものだ。
「あ〜ちょいちょい待ちなって、私じゃあんたに勝てないって」
心得ている合気道の構えに入ろうとすると、スっと手は離れ、行動主がそういった。
何となく聞いた事のある声に脳は混乱する。
構えを下ろし、後ろをむくと...
「はあ...何やってんだ君は」
「なんか面白い現場ですね!せんぱい!」
同吹奏楽部後輩の天須美日向がそこににっこりと立っていた。




