境界線は見慣れたドアから①
思考が停止していた。
言葉通りの意味をこんなにも実感できたのは初めてだ。
「...にーさん?」
今日も今日とてシャワー入ってご飯食べてさっさとゲームしようなどと考えていた俺の思考は一瞬にして跡形もなく消えた。
平日の夕方。入学式も終わっていつも以上にぐったりしていた俺。
今日はゲームのアプデがあるからとそんな気持ちをうやむやにさせながら頑張っていたのだけれど。
まさか、というか予想だに出来るはずなかった今の状態に驚きを隠せずにいた。
「葉桜、さん?一体、どういうこと?」
「名前覚えてくれてたんだ。ありがとう」
質問には答えてくれなかったが、彼女は嬉しそうに微笑む。
俺が今目にしている彼女の姿は俺の思う「ヒロイン」そのもので。
でも、どこか含まれている感情は生徒間のものではないような気がしてならなかった。
制服越しでもほんのり強調されている胸とそれに反して引き締まったお腹。そしてスラリと長い美脚。
男だからセクハラとかどうとか言われるかもしれないが、所謂モデル体型と言うやつだろうか。
そんな彼女はすっと近くに来るなり、手で擬似カメラをつくって片目を瞑り、俺を射程圏内に捉える。
そうして前置きも無く、はっきりとこう告げた。
「君はね、私のおにーさんになったんだよ。冬咲くん」
にひひ、と不埒に微笑む彼女はどこか楽しそうで、長い長いこれからの付き合いを見据えたかのような顔をしていた。
不甲斐ないけれど、そんな彼女の笑顔は、正直学校で見せてくれたものと比較にならないぐらい可愛いくて。
でもきっとそれは笑顔単体だけの事じゃなくて、近づいてくる所とか、子供っぽい素振りだとか、全部が全部彼女は出来上がっていて。
だから放たれた衝撃の言葉ですら、俺は驚嘆ではなく感銘で何も答えることが出来なかった。
〇
それからしばらく経った後、気持ちを整理させるために俺は一度シャワーに入ることにした。
シャワー中も何度も頭の中で「おにーさん」と呼ぶ彼女の声が共鳴していた。
別に悪夢だとか、反して天国だとかは思っていないけれど、憧れという言葉が遠いものに当てられているのが最も相応しい状態であることを理解できたような気がする。
何にしろ入学式の午後にしては情報量が多すぎた。
才色兼備の美少女に眼鏡を貸して貰って、帰ってきたらおにーさん呼び...どこの主人公なんだ?一体。
そんなどこか浮ついた状態でシャワーから上がると、既に着替えを済ませていた葉桜さんが、興奮気味にゲームのコントローラーを構えていた。
「ねえにーさん!このゲームやってたの!?」
テレビに表示されているのは、普通の高校生なら絶対知らないようなマイナーな格闘ゲーム。
名作が沢山生まれている格ゲー界で、埋もれるというのは致し方ないことなのだが俺はそういうものにこそ可能性を感じていた。
「...もしかして、葉桜さんもやってるの?」
「もちろんでしょ!神作だよこれー」
俺の質問に対して彼女は食い気味に答えた。
わかる、凄くわかる。同士が見つかった時の幸福感と胸の高鳴り。
それが同士の少ないものであればなおさら。
「ねね、一緒にやろーよにーさん!手加減はなしね!」
ソファに腰を下ろしていた彼女は、コントローラーと共に隣をとんとんと叩く。
「え、まあいいけど...」
彼女から向けられるわくわくした瞳に狩られ、俺は人生で初めて...いや何度目かになる、女の子とゲームをするという行為を始める。
隣に座る彼女の輝きと癖になるゲーム音のサウンド。
断続的に聞こえてくる音の響きと彼女から漏れ出る美しさが、いつしか私服で義妹とゲームをするという真新しい事象をそれはまるで友達同士のような柔いものに変えていた。
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