好きになっていいですか?
同じような毎日。
同じ時間に同じ電車に乗る。
地下鉄だ。
最初に気づいたのは、半年くらい前だったか。
俺と同じように、同じ時間の同じ電車に乗る彼女を見かけたのは。
何故だかわからないが、自然と視線が彼女に移ってしまった。
だが、それを俺にどうのこうのと出来るはずもなく今に至る。
今朝の通勤電車でも同じように彼女を見かけた。
名前も知らず、どうしてこの電車に乗るのかも知らない。
年恰好を見るに、会社勤めだろうことくらいは推察できる。
だが、その推察すら怪しいものだと俺にもわかっている。
『次は、〇△駅。〇◇にお越しの方は次でお降りください』
電車のいつものアナウンスだった。
彼女を見ると、席を立とうとしている。
これも同じで、彼女はいつもここで降りている。
この駅を降りてどこへ向かうのかも俺は知らないし、知りようもない。
俺は次の駅で降りるのだが、彼女がそれを知るはずもない。
駅を降りると、いつものように出口を目指して階段を上った。
階段を登り切っって、徒歩で10分くらい。
俺の勤める会社が入ったビルがある。
エレベーターに乗り込み、会社フロアを目指す。
今日は昼前に打ち合わせが入っていた。
新しい取引先の会社で、今後の発展が大きく望めるものでもあった。
気を落ち着かせて会議室の席に着いて待機していると、来客を告げる声がした。
耳を澄ますが、ここからはどんな人なのかはわかるはずもない。
会議室のドアが軽くノックされる。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
彼女だった。同じ電車の彼女だった。今朝見かけた服装のまんまの彼女だった。
手元の資料を確認する。
資料には、担当として、イタヤミツリと書かれていた。
イタヤさんか、初めて彼女の名前を知った。
対面の席を差して、
「どうぞ、お座り下さい」
「はい、失礼します」
そういや、彼女の声をはっきり聞いたのも初めてだった。
凛と澄んだ声。何となく、彼女らしい声だと思った。
打ち合わせは順調に進んだ。
何一つ問題無く、それに加えて、彼女…イタヤさんからは新たな提案があった。
こんな考えがあるものかと納得もさせられた。
打ち合わせは無事に終わろうとしていた。
このままでは、仕事はいいが、俺の彼女への気持ちが何一つ解決されないままだ。
「では、本日はここまでですね」
「そうですね。イタヤさん、お疲れ様でした」
「いえいえ、これから色々とお世話になります」
「こちらこそです」
「では、本日は失礼致します」
彼女は席を立とうとしていた。
まずい。このままではまずい。何とかしなければ。
そう思った時に、手元のメモ帳にメッセージを書き込んだ。
簡単に。
それを破って切り離して、渡す。
『この後、ランチでもいかがですか?』
彼女はメモを受け取ると、じっとそれを見詰めるようにしていたが、視線を俺に戻し、にっこり。
「私の行きつけのお店があるのですが、いかがですか?」
「是非、もちろん、是非にお願いします」
「はい、では、下のロビーでお待ちしていますね」
「ありがとうございます」
「お待ちしています」
「わかりました。直ぐに行きますね」
追いかけるようにエレベーターでロビーを目指す。
彼女は俺を見つけると、軽く手を振ってくれた。
「お待たせしました」
「いえいえ、実は私、お渡ししようと思っていたのですよ」
「えっ!?」
俺は何か渡されるようなことをしたのだろうか?
「こちらです」
彼女は鞄から一通の封筒を取り出していた。
何だろう?
「こちら、要らなくなりましたね」
「えっ!? 何ですか?」
「じゃあ、私がいない時に開けて下さい」
「わかりました」
にっこり微笑んだ彼女から封筒を受け取る。
封筒は、猫のイラストが散りばめられた可愛らしいものだった。
中身が気になるが、今はランチなので、封筒をスーツの内ポケットにしまった。
その後、ランチを楽しんだが、何か昔から知ってるかのような会話をしていたと思う。
どうしてかはわからない。
ただ、本当にお互いを昔から知っているような。
気持ち満たされて帰宅して、封筒を取り出す。
ドキドキしながら中身を確認すると、一通の便箋が入っていて、一言メッセージが書かれていた。
『いつもの電車のタカギ様、好きになっていいですか?』
これが俺と彼女の始まりだった。
好きになっていいですか?




