本屋の彼女は?
会社帰り、いつも立ち寄る本屋。
俺はこの本屋の匂いが好きだ。紙の匂いにインクの匂い。
活字離れが叫ばれ、デジタル化真っただ中だが。
しかし、最近になって、紙での本が本を読むという行為が見直されていると聞いた。
俺の贔屓の本屋は二階建てで、一階は雑誌と文房具。二階は小説とコミックが売られている。
最近本屋に入った彼女。
アルバイトなのか正社員かわからないが、多分、アルバイトなのではないかと思われる。
そんな彼女を一目見た時に、体中に電流が走ったかのようだった。
そうだ。これをきっと一目惚れというのだろう。
だが、俺はこの想いを彼女に打ち明けられないでいる。
客と店員の立場では、どうすればいいというのだろう。
彼女が「いらっしゃいませ」とニッコリ。
「こちらをお願いします」
俺は刊行されたばかりの人気シリーズの小説を差し出す。
ピッ
ピッ
彼女がバーコードをスキャンし、
「2,230円になります。カバーとレジ袋はどういたしますか?」
どちらも不要なので「い、要りません」
「かしこまりました」
俺は会計を済ませると、彼女が「ありがとうございました」
ダメだ。このままではダメだ。何も進展しそうにない。
ええい、当たって砕けろだ。
「あ、あの、ミヤシタさん」店の制服の上着には、カタカナで苗字がかかれていたのを知っていた。
「はい、どうか致しましたか?」
「えっと…何と言ったらいいのか。上手く言えないのですが、一目惚れしました、あなたに。それも随分前からで、俺、臆病で言えませんでした」
正直に想いを打ち明けた。
恐る恐る彼女の表情を伺うと、目をぱちくりしている。まあ、いきなりなので無理もないことだ。
そうだ。俺は自分の名前を名乗っていなかった。
「俺、ミヤベと言います」
「存じ上げておりますよ」
「へぇっ?」間抜けな声が出た。
「会員カードにお名前が書かれていますからね。私もあれなんですが、ちょっと気になってて…」
「じゃ、じゃあ」
「そうですね。お互い名前以外は何も知らないことですし、この後、お時間ありますか? 私、あと10分で上がりなので」
渡りに船とはこのことか。
俺は跳び上がって喜びたい気持ちを抑えて、
「もちろんです。本当に俺でいいのですか?」
「はい、では、少しお待ち下さいね」
彼女は俺の後ろに並んだ客の対応をてきぱきと難なく終えた。
そして、着替えるためか、店のバックヤードに消えた。
「お待たせしました」
「いえいえ、全然待っていません」などと、俺は自分の語彙の乏しさに自分で自分にガッカリした。
「では、行きましょうか」
「えっ!? どこに?」
「お話しするなら、ファミレスがいいかなと」
「そうですね。行きましょう」
俺は心の中で、ガッツポーズをした。
ファミレスは、本屋から歩いて10分くらいのところにある。
道中、何を話していいのかわからず、おどおどしていると、彼女が話を振ってくれた。
「ミヤベさん、お仕事は何をされているのですか?」
「IT関連です。ベンチャーですがね」
「それで小説だけではなく、IT系の専門誌も購入されているのですね」
「専門誌は仕事柄必要なので買いますが、小説は俺の数少ない趣味の一つです」
「小説はいいですよね。私も好きなので、時間があれば読んでいます」
「読むと想像力が刺激されるし、自分の知らない世界が知れて、それが本当に楽しいし、読めることが幸せなんだなと」
そんな会話を続けていたら、目的地のファミレスに到着した。
ドアを潜り、店員の案内で席に着く。
「ミヤベさん、私とお付き合い…」
「ちょ、ちょっと待った。それは俺に言わせて下さい。ミヤシタさん、俺と付き合って下さい」
ミヤシタさんはニッコリと「私でよろしければ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
「本の好きな人に悪い人はいないと言いますからね」
「それは俺も同意です」
そんな出会いから始まった俺たちだったが、付き合い始めて二年後に結婚することとなった。
「ケンジさん」ケンジとは俺の下の名前だ。
「うん、どうした? ミスズ」ミスズとはミヤシタさんの下の名前。
「幸せになろうね」
「もちろん、俺が幸せにするよ」
「じゃあ、私がケンジさんを幸せにするから」
「二人一緒にだな」
「うん」
「二人ならずっと幸せだから」
本屋の彼女は?




