漫画の続きは彼と一緒に
ぎゃ~、やばい、やばい、まずいよ。
急がないと。
締め切りなんだけど、それよりも大切なのは、約束。
彼とデートの約束をしていたから。
少年漫画誌で週間連載を勝ち取ったのは、もう何年前のことか。
浮き沈みの激しい業界だけど、私は何よりも漫画を描くことが好きだったから、苦に思った事は一度もない。
ただ、ちょっと…いや、かなり自分の時間が取れないことは大変だったけど。
でも、好きで選んだ仕事で人生で、好きを仕事に出来ているだけでも幸せなんだとも思う。
そんなことより、ネームがぁ…ネームに詰まって、大幅に予定が狂った。
壁の時計をチラ見すると、ああ、予定が、彼との約束の時間が、どうしよう?
いや、そんなことを気にしている場合でもないのもわかってる。
「先生! 先生! ギリギリですよ」
担当の編集さんに「うっせえ!」っと、言いたくなるのを我慢、我慢、偉いぞ私。
言われて出来たら誰も苦労しない。
わかってますよ、そんなこと考えるよりも手を動かさないと。
「先生!」って、今度はアシさんか。「黙ってろ!」っと、こっちにも言いたくなるのを我慢で堪える、本当に偉いな私。
カキカキカキ
シャシャシャ
シャシャシャ
カキカキカキ
シュッシュッ
終わった、ペン入れまでだけど。
残りは仕上げだよ。
でも、デートの時間には完全に遅刻。
ああ、恨めしい。
いや、急げ私。そんなでも、締め切りがギリギリで落としたら、それこそ漫画家として終わっちゃうから。
ペン入れ、終ワター。何か変なテンションになってる、急げ私。
残りは仕上げだ。スクリーントーン貼りとベタ。
そんな時に、『ピンポ~ン』、マンションのチャイムが鳴った。誰だ、こんな忙しい時に。
「あ、先生、私見てきます」
アシさんが出てくれるようだ。
「サンキュー」
仕上げ、仕上げ、急げ、私。
「先生?」
「うっせ…」危ない。編さんに危うく言うところだった、セーフ。
「先生?」
「大丈夫、仕上げだけだから、総力戦で何とか」
「そ、そうですか」
その時現れたのは、彼だった。
「ゴ、ゴメン、ユウヤ」
「いや、アキは頑張ってるからさ」
「うん、そうなんだけど、約束だったし…」
「いいんだ。それより、手伝おうか?」
「お願い」
「おう、任せてくれ」
残りがベタとスクリーントーン貼りだけだったのが幸いだった。
彼は以前にそれを手伝ってもらったこともあったので、戦力確定。
「じゃあ、ベタお願い」
「それなら俺にも出来るからな。任せてくれ」
「うん、ありがとう」
仕上げの終わった原稿を手渡す。彼は原稿を確認すると、
「急がないとだな」
「うん、お願い」
私とアシさんは、スクリーントーン貼りだ。
これなら締め切りに間に合いそうだ。
でも、油断大敵。何か不測の事態があっては、それを考えると恐ろしい。
総力戦のお陰で、無事に原稿が完成した。
後は印刷に回すだけなので、編さんに渡すと「印刷所に行って来ます。全力疾走すれば間に合うでしょう」
「よろしくお願いします」
「はい、そうだ。先生にツカハラ先生からこれを預かっていました」
一枚の茶封筒を手渡された。大きさから、何かの…何だろ? まさか、絶縁状とかではないよね。
ツカハラ先生は、私が先生のアシスタントの時からの縁で、大変にお世話になった。私が弟子で、ツカハラ先生が師匠みたいなものだった。
そんな私の心配をよそに編さんは飛び出すようにマンションを後にした。
アシさんは、「お疲れ様です、先生。私は今日はこれで帰らせていただきますね」
「お疲れ様」
「先生こそ、本当にお疲れ様でした」
ぐったり気味のアシさんは帰って行った。
私はというと、編さんに手渡された茶封筒をどうしたものかと考えて…ええいと開けた。
中には、原稿用紙が一枚入っていて、イラストが描かれ、ツカハラ先生の大人気漫画の主人公がセリフとして、『またトップ争いしようぜ』と一言。
横からそれを見た、ユウヤが「愛されてんな、ちょっと妬ける」
「ちょ、ちょっと、ユウヤ?」
「冗談、冗談。それよりさ、休み取れたんだろ?」
私は、今回の掲載で、休載というお休みをもらっている。紙面には今週号でそれが載る。
連載が始まって四年間、私はほぼ休みなしだった。
週間連載がどれほどに大変だったか。
今日から4週間の休みが長いのか短いのかわからないが、ユウヤとゆっくり温泉にでも行ければいいな。
「楽しみだな、アキ」
「うん、温泉がいいな」
「そうか、任せてくれ。宿とかの手配は全て俺がやるから、アキはゆっくりしておいて」
「うん、ありがとう。でも、ゴメンね。わたしがユウヤとの時間がそんなに取れなくて」
「気にしない、気にしない。俺はアキの漫画の大ファンでもあるからさ」
「うん」
「身体だけは壊さないで、健康でいてくれればそれだけでいいから。アキがいるだけでも幸せだよ」
「うん、私もユウヤがいてくれるだけで幸せ」
見つめ合う二人。
そっと、口づけを交わした。
「これからもずっと好きでいるから」
「私も」
漫画の続きは彼と一緒に




