内緒のあのね
何気ない日常。
駆け足で通り過ぎる季節。
焼けるような陽射しも陰り、晩夏を迎えようとしていた。
高校最後の夏休み。
これといった思い出もなかったな。それは私のせいかとちょっと自虐的になったり。
教壇のタナカ先生が夏休みの過ごし方について説明しようとしていた。小学生じゃあるまいしと思ったのは私だけではないはず。
心配性なんだよな、タナカ先生は。
「はい、いいか? 受験組は学業に専念だからな? 推薦組も油断するんじゃないぞ?」
ぱらぱらと「は~い」とか「はい」とか気の抜けた返事が先生に返る。
「心配させるんじゃないぞ?」
「先生、過保護過ぎませんか?」と言いたかったけど、私にそれを言う勇気はない。ただ、密かに先生に好意を寄せているというか、お慕いしています。
きゃ~っと心の中で軽く絶叫する。思っただけで照れますから。
そんな私は付属の大学へと進学が早々と決まっていた。来年の春には大学生か。大学生デビューだ。ちょっと大人に見えるようになったかな?
先生、私を見て下さいっと心の中で思うだけで、また、きゃ~っと絶叫する。大丈夫なのか、私と自分で自分を心配したり、しないでいたり…なんです。お年頃なんですよ、私は。
「よし、…まあ、大丈夫だな。俺もちょっと…」
先生、どうかしたのかな?
クラスの皆がちょっとザワザワし始めた。
「いや、何でもない。君たちが俺の初めての卒業生となるかと思うと何というか、感無量というか、ええい、では、本日は解散」
卒業式まではまだまだありますよ、先生。ただ、私もただただ大人しく引き下がるつもりもありませんからね。
教室を出る先生の後を追う。どうやら、職員室へ戻るみたいだ。
あ、どうしよう? 職員室へ入る用事が私にはなかった。でも、クラスの皆もいないし、夏休みに入っちゃうし、どうしよう? ええい、ままよ。
ドアをノックした。
コンコンコン
「失礼します」
職員室に突撃だ。
ドキドキドキドキ。
視線が自然と私に集まる。
「おう、ササキか。どうした?」
あ、先生だ。えっと、私、どうして…ら…「あの、大学のことをお聞きしたいのですが?」
先生は、この付属高校の大学の卒業生だった。
「そうだったな。ササキは高校の後輩で、大学でも後輩となるんだったな。いいぞ。何でも聞いてくれ」
「は、はい」
先生の視線が私の顔に集中して、顔から火が出そう。きゃ~照れますから。
「えっと、だぎがく…」
大学と言おうとして噛んだ。
ガ~ン。
気を取り直して。
「大学なのですが」よし、言えた。
「先生は何部に所属されてましたか? 私、運動とかはそんなに得意ではないので、あの、文化的なクラブとかサークルがいいかなと思いました」
「そうか? ササキは割と運動神経よかったはずだが、まあ、好きなクラブに所属するのが一番ではあるな」
そうだった。私は運動が苦手ではなかった。
「ええと…最近、ドラマとか映画とかで、天体観測が人気みたいなのですが、どうかなと思いまして…」
先生は、ちょっと思案したような顔をすると、「それなら、大学にちょうど良さそうなクラブがあるはずだ」
「そうなのですか?」
「ああ、確かクラブの勧誘のチラシがどこかにあって…すまん」
先生は自分の机に視線を彷徨わせると困った顔になった。
わかります、先生。散らかってますから、机の上。でも、そんなところも可愛い…はっ!? 先生に可愛いだなんて、私ったらどうしたんだろう?
「探しておくよ」
「…はい」
「どうした?」
「先生、これを受け取って下さい」
受け取った先生が困ったような? 戸惑ったような顔をしている。
「私が大学生になったら開けて下さい」
私から先生へのラブレターだった。
「う、うん? え、えええっ!?」
「あ、あのね?」
困ってる。先生、困ってます。それでいいんです。
「内緒です。では、失礼します」
「お、おう」
私は、職員室を逃げるように飛び出した。
渡せたよ、ラブレターを先生に。
それだけで、幸せ。
内緒のあのね




