炎の中の指揮官
補給場は、すでに地獄だった。
炎が天を舐め炸裂音が連続し、物資も、人も、区別なく吹き飛ばされていく。
「消火だ! 水を――」
「無理だ! 近づけねぇ!」
「どこから撃たれてる!?」
怒号と悲鳴が交錯する。
混乱は、頂点に達していた。
その中で――一人の男だけが、動きを止めていた。
「……違うな」
炎に照らされながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
耳を澄ますし爆音の“間”。
風の流れと音の方向。
「街道じゃない」
誰に言うでもなく、呟く。
次の瞬間に顔を上げた。視線は――海へ。
「……あそこか」
暗闇の中。
ほとんど見えないが、わずかに水面の揺れが、不自然だった。
「船だ」
その一言で、近くにいた兵が固まる。
「え……?」
「海からだ。攻撃は海上から来ている」
一瞬の沈黙。
「……は?」
皆は理解が追いつかないが男は構わず続ける。
「弓は届かん。だが、手はある」
周囲の兵に鋭く命じる。
「火の周囲に集まるな! 散れ!燃えてない物資を優先して後方へ移動!」
「は、はい!」
「それと――盾を持て。炸裂は直撃より破片が厄介だ」
混乱していた兵達の動きが、少しだけ変わる。
統制が戻り始め男はさらに声を張る。
「見張りを海側に回せ!敵の位置を目で確認しろ!」
「海側!?」
「いいから行け!」
怒鳴り兵が走る。
その背を見送りながら、男は歯を噛み締めた。
「……やってくれる」
補給場を焼く。
それだけならまだいい。
これは――
「完全に潰しに来ているな」
戦ではない。“戦う前に勝つ”動き。
その発想に、わずかな笑みが浮かぶ。
「面白い」
炎の中で、男は剣を抜いた。
「なら、こちらも――ただ焼かれる訳にはいかん」
視線は、再び海へ。
「距離を詰める」
小さく呟く。
それは、この戦場で初めての“反撃の意思”だった。
燃え盛る補給場の中で。ただ一人。
戦いを理解した男が、立っていた。




