準備という名の静かな異変
フェルナード領内は、かつてないほどの活気に包まれていた。
軍需物資生産のため、各地の工房や工場は昼夜を問わず稼働し、金属を打つ音、蒸気の唸り、指示を飛ばす声が途切れる事はない。
一見すれば、繁忙期を迎えただけにも見える。
だが――その“質”が違っていた。
流石のメイヤも、その異変には気付いていた。
「……多すぎる」
材料の流入量、完成品の数、搬出の頻度。
どれも、通常の増産という言葉では片付かない規模だ。
そんな折、機構からの連絡が入る。
短い報告文を読み終えたメイヤは、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「……また、戦いが始まるのかな」
口に出してみても、答えは返ってこない。
分かっている。分かってはいるのだ。
王都周辺の不穏な動き、物流の停滞、そして今のこの状況。
頭では理解しているのに、心が追いつかない。
その後、気分転換も兼ねて、姉――フェルナード領を預かる彼女の元で、訓練の様子を見学していた時だった。
「……え?」
メイヤは、思わず足を止めた。
訓練場に並ぶ兵士達。
その装備の中に、メイヤが“見たことのない武器”が混じっていたのだ。
形状も、構造も、明らかに従来のものと違う。扱い方を確認する兵士達の表情も、どこか緊張を帯びている。
「……いつの間に?」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、そう呟く。
自分が知らない間に、こんな物が配備され、
こんな準備が進められていた。
不安が、胸の奥にじわりと広がる。
でも……
視線を巡らせる。
兵士達の動きは無駄がなく、指示系統も整理されている。
以前の、慌ただしさだけが先行していた頃とは違う。
今回は……ある程度、準備が進んでる。
そう思いたい。いや、そう信じたい。
「……大丈夫、だよね?」
誰に問いかけるでもなく、メイヤは静かにそう呟いた。
活気に満ちた領内。
整えられていく装備と体制。
それは希望の証であると同時に、確実に近づいている“何か”の前触れでもあった。
メイヤは、胸の奥に残る不安を押し殺しながら、再び訓練場の様子を見つめ続けていた。
ふと、メイヤは訓練場を離れ、領内の通路を歩きながら考えていた。
「……そういえば……」
口に出しかけて、言葉を飲み込む。
奇術師としてこの領に引き抜いた――
リュミエル。
「最近……姿、見ないわね」
あれだけ騒がしかったはずだ。
訓練の合間に妙な手品を見せては兵士達を笑わせ、工房に顔を出しては職人達の手を止めさせていた。
良くも悪くも、存在感の塊みたいな人物だった。
「……急に、静かすぎる」
いなくなって初めて気付く違和感。
それが、今の状況と妙に重なって見える。
胸の奥が、ひやりとした。
まさか……関係ない、よね?
自分に言い聞かせるように首を振る。
奇術師が一人、姿を見せなくなっただけ。
それだけの事だ。
……本当に?
「……」
一瞬、足を止める。
嫌な予感、というほどはっきりしたものじゃない。
でも、見過ごしていい“気配”でもない。
「……様子、見に行こうか」
そう呟くと、メイヤは進路を変えた。
派手な異変は起きていない。
警鐘も鳴っていない。
それでも――
この静けさが、ただの偶然である事を祈りながら。
メイヤは、
“騒がしかったはずの場所”へと歩き出した。




